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ラウ・ファミリア  作者: 言ノ悠
第一話 パーティー結成、そして事件発生
3/4

03

 屋根伝いに駆け抜けたミササギは、街の中心部へと躍り出た。

 黒煙が空を覆い、炎が石造りの建物を舐め尽くしている。

 悲鳴と怒号が渦を巻き、広場は地獄そのものと化していた。


「……数が多いな」

 視線の先では、巨躯の魔物たちが粗末な武器を振り回し、住民を追い立てていた。

 崩れた壁や砕けた舗石は、彼らが放つ怪力の証。

 人々の叫びが絶望の色を濃くしていく。


「仕方ない」

 ミササギは刀を抜き、わずかに息を吐く。

 ふわりと屋根から飛び降りた。


 その姿を見つけ、全長三メートルを優に超える魔物が咆哮を上げる。

 岩のように盛り上がった肩、丸太の腕。

 握られた棍棒は大人の胴を粉砕できる太さで、鉄の輪で補強されていた。


 振り下ろされた瞬間、空気が裂ける轟音が広場を震わせた。

 石畳が粉砕され、人を呑み込むほどの大穴が穿たれる。

 近くの壁が揺れ、瓦が崩れ落ちる。


 ――だが、そこにミササギの姿はない。


「遅い」


 静かな声とともに、豚顔の首が宙を舞い、巨体が音もなく崩れ落ちた。


 その死骸が沈む間もなく、二体目が突進する。

 錆びた斧が振り下ろされるより先に、ミササギの刃が閃き、喉笛を断つ。

 巨体は前のめりに崩れ、石畳を揺らした。


 三体目が咆哮し、背後から棍棒を振るう。

 振り返りもせずに身を沈め、すれ違いざまに袈裟斬りを浴びせる。

 肉と骨を裂く音が遅れて響き、血が弧を描いた。


 さらに一体、また一体。

 迫るたびに、刀は迷いなく振るわれる。

 振り上げる腕を斬り落とし、踏み込む脚を断ち切り、巨躯が倒れるより早く次の敵へと移る。


 群れに囲まれながらも、ミササギの動きは淀みなく続く。

 一太刀ごとに確実に屍が積み重なり、咆哮が断末魔へと変わっていく。


 最後の一体が突進してきた。

 棍棒を振り下ろすその瞬間、ミササギは一歩だけ踏み込み、刃を上段から振り下ろした。

 巨体は胸から肩口へと斜めに裂け、そのまま膝をついて崩れ落ちた。


 広場に残ったのは、血と煙に染まった石畳と、半袖に七分丈のハーフパンツを纏った若者の姿だけ。

 その軽装は戦場に似つかわしくない。

 だが彼の足元には、都市を揺るがすはずだった怪物の屍が折り重なっていた。


 ――その光景に、駆けつけたジンガは足を止めた。


 つい先ほどまで街を揺るがしていた咆哮は消え失せ、残るのは炎のはぜる音と、血が滴る音だけだった。

 鉄の匂いが鼻を刺し、焼けた瓦礫の熱気が肌を灼く。

 ジンガは短く息を吐き、ただ目の前の現実を受け入れた。


「……やっぱり、終わってるよな」

 驚きはなく、確認するような声音だった。


 ミササギは刀を払って血を散らし、無造作に鞘へ収める。

 そこに昂ぶりの気配はなく、戦闘が呼吸と同じ日常の一部であるかのようだった。


「いや、まだだ」

 短くそう告げ、ミササギは煙の立ちこめる方角へ視線を向けた。


 ジンガも同じ方角を見る。

 黒煙を割って、ひときわ巨大な影が姿を現した。

 その身の丈は五メートル近く、筋肉は岩塊のように盛り上がり、握られた大斧は建物ごと粉砕できるほどの質量を誇る。

 赤黒い瞳がぎらつき、咆哮が空気を震わせた。


 ただのオークではない。群れを従え、知性を持ち、戦場を支配する上位種。

 ――オークジェネラル。


 その存在だけで、人ならざる恐怖が広場を支配した。

 だが、ミササギは一瞥を与えただけで刀を抜いた。


 オークジェネラルが大斧を振りかぶる。

 轟音とともに石畳が割れ、地響きが街を揺らした。

 建物の壁が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。

 常人なら、それだけで戦意を喪う光景。


 だが、ミササギの姿はそこになかった。


「遅い」

 オークジェネラルの首元から、静かな声が落ちる。


 次の瞬間、巨体の首が宙を舞い、血飛沫が炎に照らされて散った。

 オークジェネラルは咆哮を残す間もなく崩れ落ち、地面を揺らして沈んでいった。


 ミササギが軽やかに地面へ着地すると同時に、ジンガは煙の中へ向かって駆け出した。


「待て!」

 鋭い声が背を射抜いた。

 だがジンガは振り返らない。足を止めれば、それだけで手掛かりを失う――その確信があった。


 ――おかしい。

 街中に突如としてオークやオークジェネラルが現れるなど、本来ありえない。

 森や山に棲むはずの魔物が、これほどの規模で侵入してくる理由は一つしかない。


(誰かが……意図的に導いた)


 胸の奥で冷たい予感が膨らむ。

 ジンガは眉をひそめ、さらに足を速めた。


 煙の中を進むと、崩れ落ちた建物の陰に、不自然な跡が残っていた。

 石畳は円形に焼け焦げ、地表には黒い線が幾重にも刻まれている。

 魔法陣の残滓――魔力の痕がまだ燻っていた。


 ジンガは膝をつき、指先で砕けた石片をつまむ。

 ひび割れの奥に、黒ずんだ結晶の欠片が埋まっていた。

 明らかに自然にできたものではない。


(……やっぱり)

 偶然ではない。誰かが意図して、この街へオークを引き入れた。


 ジンガが視線を細めたその瞬間――


「そこで何をしている!」


 背後から甲冑の軋む音と鋭い声が響いた。

 振り返ると、数名の騎士が剣を構えて立っていた。

 煤と血に濡れた現場に、一人で跪くジンガ。

 魔法の痕跡を前にしたその姿は、疑いを招くに十分だった。


「まさか……この男が」

「魔物を呼び寄せたのか?」


 視線が鋭さを増し、刃先が向けられる。

 ジンガは黙したまま立ち上がり、静かに息を吐いた。

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