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「な、なんでお前がここに……」
ミササギは思わず足を止め、声を漏らした。
食堂の円卓には、剣聖オルトリアの姿があった。
整然と椅子に腰掛けた彼女は、迷いのない眼差しでミササギを見据えている。
「……お前の仕業か?」
既に円卓には、クルスとレイラ、エリシアの姿があった。
それでもミササギの鋭い視線は、ただ一人ジンガに注がれていた。
「まあまあ、とりあえず話を聞こうよ」
ミササギと共に食堂に入ってきたミレイは、軽く彼の腕を押し、宥めるように促した。
その落ち着いた声音は、張り詰めた空気をわずかに緩める。
「……むう」
渋い息を吐き、ミササギは視線を逸らした。
それでもミレイにそう言われては、一度は耳を傾けねばならないと感じ、しぶしぶ椅子を引く。
円卓の木が小さく軋み、彼が腰を下ろすと、当たり前のようにミレイも隣へ腰掛けた。
「ミササギが嫌がることをしてるんだから……ちゃんと意味のあることなんだよね?」
ミレイは首をかしげつつも、にこりと微笑んだ。
柔らかな声音の奥に、問いかけの確かな重みが潜んでいた。
「どうしても嫌だって言うなら、それでいいんだ」
ジンガは肩を竦め、あくまで軽い調子で言葉を継いだ。
「ただ……これなら、ミササギも少しくらいは得を感じられると思ってさ」
「……得?」
ミササギが低く呟いた。訝しげな視線がジンガに向けられる。
「ミササギがオルトリアさんを圧倒できたら、彼女をパーティメンバーに迎え入れるって話だ」
ジンガはわずかに口元を歪め、視線をオルトリアに流す。
「そして、基本的にミササギの指示に従わせる予定。……どうだ?」
それから再び、ミササギに視線を戻した。
「ジンガは……彼女が戦力になると思ってるんだな?」
ミササギの声音には探るような色が混じっていた。
「《ミスリル》ランクだし、俺はそう思ってるけどな」
ジンガは軽く肩を竦めて言った。
「……ミササギから見たら、どうなんだ?」
《ミスリル》は冒険者ギルドで《オリハルコン》に次ぐ階級だ。
そこに辿り着くまでに、数えきれない修羅場を潜り抜けてきたはず。
なら、弱いわけがない――ジンガはそう考えていた。
「んー……わからないな」
ミササギは腕を組み、しばし考えるように目を細めた。
「俺には、彼女が世間一般で強いのか弱いのかなんて、さっぱり分からない」
少なくとも彼は、オルトリアを脅威に感じていない。
「ただ……ジンガの術は、人と比べるまでもなく桁違いだと思うけどな」
彼自身が脅威を感じる物と比べても、やはり、剣聖という存在は脅威には感じなかった。
「あー……まあ、そうだな」
ジンガはバツが悪そうに視線を逸らした。
「ちなみに、俺も剣で戦ってみたんだけど、勝てなかったよ」
そして、話を逸らすように、新たな情報を付け足した。
ジンガは、剣で自分に勝てない彼女を、ミササギに紹介する意味はないと考えていた。
だからこそ、紹介する前に、自分の手で彼女の腕を確かめたのだ。
「必要最低限の腕はあるはず……と」
ミササギは右手を顎に添え、深く思案するような表情を作った。
「……ああ、わかった」
短く息を吐き、彼はゆっくりと頷く。
「俺にも……いや、俺たちにもメリットはありそうだな。いいよ、相手をしよう」
どこか納得したような表情を浮かべながら、ミササギはオルトリアを真正面から見据えた。
オルトリアの瞳が大きく見開かれる。
「……本当に、受けてくれるのか?」
彼女の声には、口元には、抑えきれぬ昂ぶりが混じっていた。
「ああ、庭に行こう」
ミササギは椅子を押し引きし、静かに立ち上がった。視線はまっすぐジンガへと向けられる。
「審判はお前がやれ。……言い出したのはお前なんだからな」
その瞳には、冗談を許さぬ鋭さと、決して逃さないという強い意思が込められていた。
「わかってるよ」
ジンガは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「オルトリアさん、外に出てくれるか?」
そう言って、視線を件の剣聖に向ける。
彼らの呼びかけに応じるように、オルトリアの瞳がぱっと輝きを帯びた。
彼女は椅子を静かに引き、余計な音を立てぬように立ち上がると、真っすぐに二人を見据えた。




