27
石畳の庭を横切り、静かな玄関を抜ける。
廊下は朝の光を取り込み、窓から差し込む陽が床板に帯を描いていた。
足音を忍ばせて階段を上がり、扉を押し開ける。
「良かったの?」
寝室に戻ってきたミササギに、ベッドの上で腰を下ろしたミレイが、下から覗き込むように問いかけた。
「いいんだよ。一緒に過ごせる時間も、そう多くはないんだから」
ミササギはそう答え、彼女の隣に腰を下ろした。
「……ふたりきりって、あんまり無いよね」
ミレイはそっとミササギの肩に頭を預ける。
完全にふたりきりになれるのは、共に眠るときくらいだった。
「まあ、そうかもな」
ミササギは彼女の肩にそっと腕を回した。
互いの体温が伝わり合い、この時間が少しでも長く続くことを、心の底から願った。
「いつも、ありがとう」
ミレイは彼に体を預けながら、はっきりと、けれどゆっくりと、噛みしめるように言葉を重ねた。
「俺も、いつも助かってる。ありがとう」
その気持ちに差はなく、ミササギもまた彼女に体を預ける。
「ミササギ――陵がいるから、私はやっていける」
それは能力の話ではない。
この世を生きていく価値があるのかどうか――そういう話だった。
「ミレイ――美玲は、俺がいなくてもやっていけるだろ」
ミレイの真意に気づきながらも、ミササギはそう口にした。
自分が愛する相手が、自分ありきの存在でないことを、彼自身が誰よりも理解していたからだ。
「そういうこと、言わないでよ」
ミレイは、気がついたときには泣きそうになっていた。
「良くない冗談だったな。悪い」
ミササギは、真面目にもぶっきらぼうにも聞こえる声で、そう言った。
「居なくならないでよ」
「居なくならないよ」
何があったとしても、ミレイと一緒にいる。共に在りたいと思う。その心だけは本物で、それ以外はむしろ偽物にすら置き換わってしまう。そんな熱がここにはあった。
「ねえ、陵?」
「んー?」
「私のこと、抱いてよ」
「もちろん、いいよ」
ミササギは静かに身体を寄せ、ミレイを強く抱きしめた。ふたりは寝具に身体を沈め、互いの温もりを確かめ合う。
寝具の中に広がる温もりは、言葉よりも雄弁に二人の距離を埋めていった。
窓の外で朝の光がゆっくりと差し込み、室内は柔らかな静寂に包まれていった。
「──ガ様っ! ジンガ様っ!」
遠くから響く声が、ジンガの意識を強制的に引き戻した。
「……んっ?」
寝ぼけ眼のまま、声の主へと視線を向ける。
「ジンガ様っ! 眠るなら、ちゃんと寝室で休んでください!
こんなところで横になっていたら、お身体に悪いですよ!」
声の主はエリシアだった。
彼女はとても心配そうに、真っ直ぐこちらを見つめながら言った。
「……あぁ、ごめん」
ジンガは周囲を見回し、自分が研究室で眠り込んでいたことを悟った。
壁際には大きな槽が据えられている。
透明な溶媒液に浸された子供の姿がそこにあり、かろうじて小さな胸が上下しているのが見て取れた。
「私やアストレイさんには『ちゃんと寝ろ』って言ったのに……自分はこんな雑なところで寝るんですか?」
エリシアは眉をひそめ、責めるというより呆れたような声を投げた。
「ほんと……ごめんて。俺だって寝室で、ゆっくり寝たかったんだけどな」
ジンガは苦笑して頭をかきながら答えた。
「……寝直しますか?」
エリシアは不安げに問いかけながら、ちらりと部屋の外へ視線を向けた。
「いや、もう朝だし、起きるよ」
ジンガは軽く頭を掻き、苦笑まじりにそう答える。そのまま腰を上げて立ち上がった。
「他の方もまだ起きていないので……おそらく、問題はないかと」
遠慮がちに続けたエリシアの声音には、心配が隠しきれなかった。
「ミササギは起きてるだろ?」
ジンガは肩を竦める。
彼が毎日かかさずに鍛錬を続けていることは、誰もが知っている事実だった。
「そういえば……ミササギ様、見てないですね」
エリシアは小首を傾げ、少し意外そうに呟いた。
「まあ、どうせ庭で木刀でも振ってるんだろ」
ジンガは気にも留めず、軽く肩をすくめる。
「それより、教えた術式はもう使えるようになったか?」
続けて、話題を切り替えるように問いかけた。
「はい。特に問題はないと思います」
エリシアは小さく頷き、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「お、いいじゃん。頑張ってるな」
ジンガが軽く笑うと、エリシアの頬がほんのり赤く染まった。
「今日一日は、教えた術式を色々と組み合わせてみな」
ジンガは軽い口調で言いながらも、その眼差しは真剣だった。
「はい、やってみます!」
エリシアは力強く頷き、ぱっと顔を明るくした。
「俺はちょっと庭に出てくる。眠気覚ましに」
ジンガは肩を回し、軽く伸びをする。外に向かって足を向けた。
「私も行きますっ」
エリシアは勢いよく立ち上がり、ジンガの後を追った。




