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王都の冒険者ギルドは、石造りの堂々とした建物だった。
扉を押し開けた瞬間、酒場のようなざわめきと、人の体温がぶつかってくる。
昼間から依頼を探す者、仲間を募る者、戦利品を持ち込む者で、広間はごった返していた。
剣や鎧の擦れる音、紙のめくれる音、そして焼き肉や香辛料の匂いまでもが混じり合い、ここが生きた冒険者たちの巣窟であることを否応なく伝えてくる。
カウンターの奥では、受付嬢たちが手際よく依頼の処理を進めており、その声がざわめきの中でもはっきりと響いていた。
血の匂いも金の匂いも、ここでは等しく日常。
この空間に足を踏み入れた者は、嫌でも「冒険者」という生き方を思い知らされるのだ。
「じゃあ、よろしく」
ミササギはジンガから託された依頼達成の証拠品を、冒険者ギルドの窓口に提出した。
受付係が品を受け取り、後ろに控える鑑定班へと手渡す。しばらく待たされたのち、確認の印を押された書類が戻ってきた。
「確かにお預かりしました。内容に不備がなければ、後日、王国騎士団に正式な報告をいたします」
受付の言葉に、ミササギは短く頷く。
ギルドを通して依頼主に伝われば、それで任務は完了だ。
――その時だった。
広間の空気が、ふっと変わった。
最初は誰かが落とした椅子の音がきっかけだったのかもしれない。だが次の瞬間には、酒場のように賑わっていたざわめきが、別の色を帯びて膨れあがっていた。
視線が一斉に入口へと集まる。
鎧の擦れる音も談笑の声も消え、広間は落ち着かないざわめきに包まれていた。
「……何かあったのか?」
ミササギは受付に身を寄せ、低く問いかけた。
「ここ最近のことですが――『剣聖』の二つ名を持つ冒険者が現れたのです」
受付嬢は声を落としながら告げる。その表情にはわずかな緊張があった。
「へえ……知らない人物だ」
ミササギは肩をすくめて小さく呟く。
「ミササギ様は《ブラックランク》という特殊枠ですので、一般的にはあまり知られておりません。
ですが、その『剣聖』は――ここ最近、急速に名が広まっているのです」
受付嬢は淡々と答えた。
「目立つのも嫌いだしな」
知名度がないことは、ミササギにとってむしろ得だった。
冒険者ギルドには、表向き九つのランクが存在する。
《スタート》《ストーン》《アイアン》《ブロンズ》《シルバー》《ゴールド》《ダマスカス》《ミスリル》《オリハルコン》
以上が冒険者としての階級である。
だがミササギはそこに含まれない《ブラック》ランクの保持者だった。
この称号は、冒険者ギルドが「制御できない」と判断した者に与える、特別かつ異質な階級なのだ。
「その剣聖ってやつは、目立ちたがりなのか?」
ミササギが淡々と問いかける。
「剣を競うことが好きなようでして、よく人前で腕を振るうのだそうです」
受付嬢は小さく息をつきながら答えた。
「なんだ、よくいる冒険者らしい問題児か」
ミササギは鼻で笑うように言い放った。
己の強さを誇示したい者など、冒険者の中にはいくらでもいる。
「なんにせよ、情報をありがとう。これで美味い飯でも食ってくれ」
ミササギは軽く笑みを浮かべ、銀貨一枚を受付嬢へ差し出した。
受付嬢が驚いたように目を瞬かせるのを背に、彼はそれ以上言葉を交わすことなく、足を翻して冒険者ギルドの玄関口へと向かう。
そのすぐ横を、一人の女がすれ違っていった。
周囲の冒険者たちが息をのむ気配が広がる。彼女こそが『剣聖』と呼ばれる存在だった。
だがミササギは全く気付かない。
もし他人の視線に、その意味に敏感であれば、すぐに理解できただろう。けれど、そんなことに興味を向ける男ではなかった。
ギルドの扉を閉めると、ミササギは仲間の待つ屋敷へと足を進めていった。




