23-日記
私――エリシアは、久しぶりに日記に手を伸ばした。
この日記は、ミレイさんが毎日書いているのを見て、真似して始めたものだ。
王都から辺境都市までの道のりは、おおよそ七日間。
そのあいだに盗賊に襲われたり、野獣に出くわしたりして、馬車は何度も止まった。
けれどジンガ様もミササギ様も、あっという間に敵を叩きのめしてしまう。
ジンガ様は普段、無闇に命を奪わない。
でも盗賊は、放っておけば別の人の命を奪う。だからこそ、ミササギ様が切り捨てるのを止めなかったんだと思う。
ジンガ様の術式は、人のものよりもずっと鮮やかに見える。
私が知っている魔術師なんて比べものにならないくらい、多彩で、速くて。
……すごいなぁ。
日記なのに、それ以上の言葉が出てこない。
こうして書いていると、やっぱり私は子供っぽいんだと思う。だから、ジンガ様に好意を受け流されるんだろうな。
ジンガ様と出会ってから二年。
背だって少しは伸びたはずなのに、それでも振り向いてはくれない。
辺境都市に着いたとき、私たちは馬車でお留守番になった。
本当は一緒に行きたかったのに、「待っていろ」と言われてしまった。
「どうしたの? むすっとして」
馬車で大人しくしていたら、ミレイさんにそう言われた。怒ってはいないんだけど……落胆はあった。
「……怒ってないです」
もっと上手い言い方があったはず。
「誰もエリシアが怒ってるなんて言ってないよ? ……さては、怒ってるな?」
こう言われた時、あ、言い方を間違えたって思った。
「怒ってないです。ごめんなさい。そうじゃないんです」
これ以上、空気を悪くしたくなかった。
「どうどう、そんなに焦らない」
でも、ミレイさんは落ち着いたままだった。焦っていたのは私だけ。
「なんか、色々と難しいなって思ったんです」
「へえ?」
「振り向いて貰えないし」
「あーね」
ミレイさんはそれ以上、何も言わなかった。今思えば、面倒に感じたんだと思う。
「私は、諦めずにアタックし続けることをオススメするけどね」
……諦めずに、か。
それからはクルスやレイラと喋って、気がつけば夕暮れ時になっていた。
「あ、帰ってきたみたい」
ミレイさんの声に外を見る。
「な、な、なんで……」
私は愕然とした。ジンガ様が、とても美しい女性を連れていたから。
「これは……ライバル登場?」
なんでミレイさんは、いつも焦らせることばかり言うんだろう!
話を聞いてみると、アストレイという女性にその気はないとわかって、安心した。
でも、二人きりにしてはいけないと思った。
抱えていたボロボロの幼子のこともあるし、ジンガ様に聞きたいこともたくさんあった。
詳細は屋敷に帰ってから、と言われた。
長い旅を終えて王都に戻ると、ミササギ様のいない円卓で、ジンガ様はアストレイの素性や、ツギハギだらけの子供の話をしてくれた。
アストレイがたくさんの人を殺してきたと知って、私は嫌悪感を覚えた。
でも同時に、ジンガ様が彼女を処刑しなかった理由も少しはわかった。
アストレイは優秀な魔術師。だからこそ、ジンガ様は「殺すだけ無駄」と考えているのかもしれない。
二人で旅をしていた時、ジンガ様は「殺して終わりは優しくない」って言っていたから。
ジンガ様が書斎──自室に引きこもろうとしているのは、すぐにわかった。
だから私は、もっと一緒に時間を過ごしたくて、思い切って言った。
「私も、お手伝いしたいです!」
そんなことを言われるなんて、ジンガ様は思っていなかったんだと思う。
ちょっと驚いた顔をしていたから。
「わかった。──けど、今のエリシアは俺の力にはなれない」
そう言われた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるように痛んだ。
いつものジンガ様なら、厳しいことなんてほとんど言わない。
促してくれることはあっても、人を傷つけるような正論は口にしない。
だからこそ、その言葉は強く胸に刺さった。
……けれど同時に、私のことをちゃんと見てくれているんだとも思った。
「だから、色々と教えるよ」
その言葉を聞いたとき、胸の痛みがすっと和らいだ。
厳しいだけじゃなく、ちゃんと希望をくれる。
「……それでもいいか?」
「はいっ!」
一瞬の迷いもなく、私は答えていた。
今日はクルスが抱えていた子供を受け取り、ジンガ様の自室まで運んだ。
それでおしまい。特にそれ以上することはなかった。
今は自分の部屋で、こうして日記を書いている。普段は一日に一行くらいしか書かないけど、日記を置いていったから今日はたくさん書けた。
うん、満足。
やっぱり私は、ジンガ様のことが好き。




