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「結局、この子だけだったな」
建物を後にしたミササギが、短くそう告げた。
「そうらしいな。……アストレイが本当に危険な人間だって、今さら実感してきたよ」
ジンガの腕に抱かれているのは、かろうじて息を繋ぐ幼い体。
その他に、生命の気配は感じられなかった。
「……」
冷たい風に頬をなぶられながら、アストレイはその光景に視線を落とす。
小さく震える肩は、外気のせいか、それとも別の理由か。
「……じゃあ、証拠隠滅する」
ジンガは念のためにミササギへ視線を送った。実戦経験では、彼の方がはるかに上だ。
「構わんさ。国からすればたまったものじゃないだろうがな」
腕を組んだまま、ミササギが小さく頷いた。
「――《ロックオン・エリア・エクスプロージョン・エクステンシブ》」
低く、普段より長い詠唱とともに空気が張り詰める。
次の瞬間、眩い閃光が敷地全体を覆い尽くした。
轟音が大地を揺さぶり、衝撃波が砂塵と熱風を巻き上げる。
稲妻のような光条が地面を奔り、赤熱が一瞬で広がった。
「――っ!」
アストレイは思わず目を覆い、喉の奥からかすかな悲鳴が漏れた。
閃光と轟音の余韻が耳を打ち続け、全身が強張ったまま呼吸が浅くなる。
次の瞬間、膝から力が抜け、その場に尻もちをついた。
震える視線の先で、建物は影も形もなく消え失せていた。
黒煙を噴き上げる巨大なクレーターだけが残り、その異様な光景に彼女の肩は止めどなく震え続けた。
自然とジンガに視線が向いたとき、胸の奥を冷たいものが締め付けた。
――こんな力を持つ人間が隣にいる。
恐怖は、廃墟ではなく彼自身へと向かいつつあった。
「じゃあ、付いてこい。逃げるなよ?」
ジンガがそう言って歩き出す。ミササギも後に続き、街の外で待つ仲間のもとへ帰ろうとする。
だがアストレイはその場から動けなかった。
恐怖で足に力が入らず、膝が地面に崩れ落ちる。震える手で地面を押さえ、体を支えるのがやっとで、とても立ち上がれる状態ではない。
「ま……待ってっ!」
縋るような声が、砂塵に揺れて消えた。
ジンガが足を止めて振り返ると、アストレイの表情が目に入った。
恐怖に押し潰され、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「……どうしたんだ?」
ジンガには、その表情の意味がまるで理解できなかった。なぜそんな顔をするのか、本気で分からなかった。
「あー……お前さ、怖がられてんだよ」
ミササギは片手で眉間を押さえ、深くため息をつく。
「普通の人間はな、大都市で一番大きな建物を、しかも一撃で吹き飛ばす奴を……恐ろしく思うもんなんだよ」
「……エリシアは怖がらないけどな」
ジンガの素直すぎる一言に、ミササギはさらに頭を抱え込むしかなかった。
「急に惚気るな」
呆れを隠さず吐き捨てると、ジンガは思わず声を荒げる。
「普段からイチャついてるお前らに言われたくねえ!」
向きになった調子に、ミササギは片眉をひそめ、アストレイは目を瞬かせて二人を見比べていた。
「そんなに彼女欲しいなら、気持ちに応えてやれよ」
「んぐっ……」
図星を突かれたジンガは言葉に詰まり、顔を背けるしかなかった。
横でそのやり取りを見ていたアストレイは、恐怖も忘れたように口を半開きにしていた。
「……なにを、してるの?」
ぽかんとした声が、砂塵の中に響いた。
「もう立てるだろ。行くぞ、お前もだ」
ミササギが短く言い放ち、アストレイに視線を向ける。
声音は淡々としていたが、待つ気はないと告げていた。
アストレイは唇を噛み、震える手を地面についてどうにか身を起こす。足はまだ力が入らず、よろめきながらも二人の後を追うしかなかった。
日の光は既に傾いていた。
この街に着いたときはまだ高かったなと、ジンガは思う。
彼とミササギの──その後ろに、アストレイの足音が鳴っていることを意識しながら、静まり返った街を進んだ。
綺麗に整えられている石畳を歩く。
人の気配はないが、落ち葉も塵もなく、異様なほど清潔さが保たれている。それらはやはり、二度目である光景でも、とても異常な空間に感じられた。
「アストレイ、この街の住民はまだ生きているのか?」
ふと気になって、ジンガは背後の危険人物に問いかける。
「知らない」
返ってきた声は硬質だった。
「この街がこんなに静まり返ってるのは、直接的にも間接的にも、君の実験は全く関係ないのか?」
その言葉は、声色は柔らかいが、彼女の首元に刃を突きつけているようだった。
「……知らないわ」
生唾をのみ、首を横に振る。
「知らないでは済まないだろ」
「私の知ったことではないわ」
アストレイは敗北し、従わされている身である。
最初から最後まで、街の行く末に興味はない。持てるはずがない。ただの大きな実験場だとしか思っていなかったのだから。
「……何人攫った?」
「数え切れないほど」
「……そうか」
「私を連れて帰るのは、やっぱりおすすめしないわ」
「知ってるよ」
何を今さら――ジンガはそう思った。
「この街の復興は国の仕事だ。……俺の知ったことじゃない」
見て見ぬふりが優しさではない。だが、無理に介入することもまた優しさではない。
それでも行く末を気にかけてしまうのは、きっと自分の性分なのだろう。
その性分を押し殺してでも、ジンガはこの件に手を出すつもりはなかった。
やがて一行は街を抜け、城門を出る。
そこには、王都から連れてきた従者と馬車が待っていた。




