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ラウ・ファミリア  作者: 言ノ悠
第一話 パーティー結成、そして事件発生
2/4

02

 扉を出ると、冷たい朝の空気が肌を刺した。

 屋敷を囲む石塀は朝日に照らされ、濡れた草から白い光がきらめいている。

 二階建ての建物は古びてはいるものの、広い中庭を備え、静かな街並みに落ち着いた影を落としていた。


 その静けさを嘲笑うかのように――轟音。

 地面がわずかに震え、鳥の群れがざわめきながら飛び立つ。

 遠くでは土埃が舞い上がり、黒い煙がゆっくりと空へ伸びていた。

 街角からは慌ただしい人々の声も漏れ始めている。


 ジンガは眉をひそめ、煙の方角へ視線を定めた。

 ただの鍛錬や事故ではない。そこには明らかに――誰かの襲撃の痕跡があった。


(エリシアを置いてきて正解だったな)

 小さく息を吐き、眉間に皺を寄せる。

「《メニュー》」

 呟きに応じて視界の端で淡い光が走り、半透明のウィンドウが展開された。

 そこには五つの大項目が並んでいる。


《ステータス》

《所持品》

《装備》

《マップ》

《システム》


 それは、かつてVRMMO 《ワールド・クロス・オンライン》で使っていた機能が、この世界に残されたものだった。

 ジンガは迷うことなく《装備》を選び、寝間着姿から戦闘用の装備へと切り替える。


 瞬間、青白い光が身体を包み、衣服の感触が変わった。

 濃紺と漆黒を基調とした装備が形を成し、銀と蒼の光沢が差し色のように瞬く。

 静かで冷たい色合いが全体を支配し、夜空を思わせる気配がジンガの周囲に広がる。


「相変わらず魔術師っぽい格好だな。……ってことは、行くのか?」

 背後から不意に声がかかった。


 振り返ると、黒い半袖に七分丈のハーフパンツを身に着けたミササギが立っていた。

 黒髪黒目のその姿は、全身が闇に溶けるように見える。片手には刀を握っていた。


「ミササギも見に行くつもりだろ?」

「まあな。真昼間から騒がれちゃ、放ってはおけないし」


 二人は目を合わせると、迷うことなく屋敷を飛び出した。

「遅れるなよ!」

「ミササギの足が速すぎるんだよっ!」

 ジンガの足の速さを一とすれば、ミササギは十――まるで比べものにならない。

「ちっ、《エア・ダッシュ》!」

 風を足に纏い、ジンガは何とか彼を追い掛ける。


 石畳を蹴り、朝の市場へ続く大通りを駆け抜けた。

 そこはいつもなら露店の掛け声と行き交う人々で賑わうはずだった。だが今日は違う。

 慌ただしく駆ける人影、泣き叫ぶ子どもを抱える母親、戸口から不安げに外を覗く老人たち。日常の喧騒は、恐怖のざわめきへと変わっていた。


 石造りの家々の間を抜けると、焦げた匂いが風に混じった。

 遠くの屋根から黒煙が立ち上り、陽光を遮って灰色の影を落としている。

 道端には転がった木箱や破れた布袋が散乱し、つい先ほどまで人々が逃げ惑った痕跡が生々しく残っていた。


 ジンガは息を整えつつ、煙の方角を確かめる。

「……中心部か」

「だな。嫌な匂いもする」

 ミササギは刀を肩に担ぎ直し、視線を鋭くした。


 二人の足音が石畳を打つ。

 その乾いた響きに混じって、前方からざわめきが届いてきた。

 大通りの先で人だかりができていた。近づけば、崩れた石壁の下に若い女性が足を挟まれている。

 周囲の住民たちが必死に石をどけていたが、びくともしない。


「ミササギ、先に行け」

「……やっぱりな」

 苦笑まじりに吐き捨て、ミササギは崩れた石壁を踏み台に跳び上がった。

 軽やかに屋根へ移り、そのまま煙の立つ方角へ駆けていく。


 ジンガはその背を見送り、女性へと向き直った。

「意識はあるか」

 女性は痛みに顔を歪めながらも、小さく頷く。


(この大きさ……この術式でいけるか)

 ジンガは片手をかざし、静かに詠唱する。

「《ウィンド・リフト》」

 風の魔力が隙間に吹き込み、瓦礫が軋みを上げながら持ち上がった。


 その瞬間、大岩の一部が音もなく二つに裂け、軽々と浮かび上がる。

(……ミササギ、行きがけに斬っていったのか)

 広がった隙間を見て、ジンガは声を張った。

「今だ、引き抜け!」


 住民たちが力を合わせ、女性を抱き出す。

 だが解放された脚は不自然に曲がり、血に濡れていた。


「動かない」

 ジンガは膝をつき、手をそっと脚へかざす。

「《リストア》」


 淡い光が広がり、血が引き、砕けた骨も音もなく形を戻す。

 まるで時間が逆流するかのように、傷は瞬く間に消えていった。


「……これが……」

 呆然と自分の足を見下ろし、女性は震える声で呟いた。

「最初から傷などなかったみたいに……」


 ジンガは視線を逸らし、短く告げる。

「もう大丈夫だから。すぐに避難して」


 女性は頬を赤らめ、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます!」

 彼女はためらいがちに顔を上げ、声を震わせた。

「あの……お名前を――」


「気にするな」

 ジンガは短く遮り、すでに背を向けていた。

 裾が風に揺れ、足音ひとつ立てずに石畳を進んでいく。


 残された女性は胸に手を当て、熱のこもった瞳でその背を見送った。

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