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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第一話 パーティ結成、そして事件発生
18/41

18

「俺はジンガ。君の名は?」

 その問いかけは、優しくありたいという願いから自然に零れた。


「アストレイ・ムールバウム」

 女はためらいもなく答える。そのあっさりとした調子が、ジンガには意外だった。


「……殺さないのか?」

 足掻きをやめたアストレイが、静かに彼の顔を見つめる。


「君を殺して、人の未来は良くなるのか?」

 この惨状を見れば、アストレイが罰せられるべき存在であることは、ジンガにも分かっていた。


 だが同時に、彼女を殺すことは無益で、道理に背き、そして何より優しさに反する――そう感じていた。


 ジンガの言葉を聞いて、ミササギは短く息を吐いた。だが口を挟むことはなかった。


「黒結晶のことを、教えてくれないか?」

 今なら答えが得られるかもしれない。そう思い、ジンガはもう一度問いかけた。


 アストレイはしばし黙した。鎖に縛られたまま、視線だけを天井に向ける。

 瞳の奥で、わずかな逡巡が揺れていた。


「黒結晶……」

 その名を唇に乗せたとき、声はかすかに震えていた。


 ミササギがわずかに身じろぎする。だが口を挟むことなく、じっとアストレイを見据えた。


「それは、人の手で触れてはならないもの」

 アストレイはゆっくりとジンガを見返した。


「流通までしてるのに?」

 ジンガの声音は静かだったが、その奥には疑念が滲んでいた。


 アストレイの瞳がわずかに揺れる。


「……黒結晶が、どう作られるかを知りたいのね」

 アストレイは短く息を吐き、目を伏せた。


「人がただ死ぬだけでは生まれない。

 後悔や怨み、絶望や憎しみ――そうした強い負の感情を抱いた者たちが、大勢一度に命を落としたとき……その痕跡が結晶となって現れるの」


 声には淡々とした響きがあった。だがその奥に滲む苦さを、ジンガもミササギも感じ取っていた。


「それを黒結晶と呼ぶ?」

 ジンガの声音は静かだったが、確かめるような響きを帯びていた。


 アストレイは小さく頷いた。


「この土地で、黒結晶が取れる理由は?」

 ジンガの問いに、ミササギもわずかに視線を動かす。


 アストレイはしばし口を閉ざした。やがて低く、押し殺すように言葉を吐く。

「……かつて、この地では無数の命が失われた。争いも、裏切りも、虐殺もあった。その負の遺骸が、いまも大地の底に眠っているのよ」


「流通している理由は?」

 ジンガはさらに問いを重ねた。


 アストレイの唇がわずかに歪む。

「それは……私には分からない。この国の者でありながら、この国のことを深くは知らないから」

 そう言って肩を竦め、鎖の音を鳴らした。

「ただ一つ言えるのは、人が求める限り、黒結晶はどこかで必ず値を持つ……ということだけ」


「つまり、戦争や殺し合いの副産物を、好んで取引しているわけだな」

 沈黙を守っていたミササギが、低く言葉を差し挟んだ。その声音には、冷ややかな皮肉が混じっていた。


 アストレイは目を細め、鎖の鳴る音とともに小さく肩を震わせる。


 そのときだった。

 アストレイの喉元に、墨を流したような黒い紋が浮かび上がった。


「……っ!」

 彼女の身体がびくりと震える。鎖を伝って、黒い靄がじわじわと広がっていく。


「呪い……!」

 ミササギが目を細める。鋭い声と同時に、ジンガは動いていた。


「《ディスペル》」


 ただ一言、静かに告げられた言葉が空気を震わせた。

 何の光も音もなく、しかし確かな力が部屋を満たし、黒い靄を削り取っていく。

 アストレイを覆い尽くそうとしていた呪詛は、まるで霧が陽に溶けるように形を失い、やがて消えていった。


「い……生きてる?」

 荒い呼吸の合間に、アストレイがかすれた声を漏らした。

 鎖に縛られた身体はまだ震えていたが、その瞳には一瞬だけ、安堵の光が宿っていた。


「まだ他にも聞きたいことがある。答えてくれるか?」

 ジンガは静かに言葉を継いだ。声音に威圧はなく、ただ確かめるような響きがあった。


 アストレイは視線を伏せ、唇を噛む。鎖の音がかすかに鳴り、やがて小さく頷いた。


「召喚に使っている術式、あれはどこで知ったんだ?」

 ジンガの問いかけに、ミササギが僅かに眉を寄せる。


 アストレイは乾いた笑みを浮かべた。

「……欲していたのよ。王国に報いを与える力を」


 瞳に滲むのは、怒りとも悔恨ともつかない光だった。

「だから、差し出された手を取った。術式を望んだのは、紛れもなく私自身。

 けれど与えられるのは力だけじゃなかった……呪いという鎖も一緒についてきたの」


「さっき発動したのが、その呪いだと思う」

 アストレイの声は掠れ、鎖のきしむ音にかき消されそうに震えていた。


「こんな形で終わるなら、無駄だったわね」

 唇に浮かんだのは、笑みとも嘲りともつかない色。

 怒りも悔恨もすべて呑み込んだその言葉は、かえって静かに響いた。


「まだ死んでないだろ。俺と一緒に来いよ」

 ジンガの声は柔らかくも揺るぎなく、まるで拒絶を許さぬほどの真っ直ぐさを帯びていた。


「生きている価値もない。資格も……捨てた」

 アストレイはかすれた声で吐き出すように言った。

 その瞳には憤りも涙もなく、ただ深い虚無だけが滲んでいた。


「俺は彼女を救うのは反対だ」

 静かな声が割り込む。ミササギだった。

「だが、うちのリーダーは助けてやりたいと思ってる。お前にすら優しく在りたいと思ってる」


 一拍の間を置き、彼は淡々と続けた。

「……きっと、お前が前を向けるかもしれない、最後のチャンスだ。

 幸せになれる、最後のチャンスかもしれないぞ」


 ミササギの言葉に、アストレイは目を見開いた。

 揺らぐ視線がジンガとミササギの間を行き来し、やがて震える声が漏れる。


「なんで……殺さないの?」

 それは疑問というより、心の底からの戸惑いだった。

 これまでの彼女にとって、与えられるはずのなかった選択肢が突きつけられていた。


「今日の俺は、昨日の俺より優しくなりたいからだよ」

 ジンガは迷いなく答えた。声音は穏やかで、しかしその言葉は強く、アストレイの暗がりにひとつ火を灯した。


 ジンガはアストレイを縛り付けていた術式を解除して、彼女に手を差し出す。


 アストレイは彼の手を取った。

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