17
「化け物はどうした?」
ミササギは、突然現れたジンガに問いかける。
「倒した」
ジンガは淡々と答えた。
鎖に縛られた女は、なお逃れようともがいていた。
静まり返った部屋に、金属の擦れる音だけが響く。ジンガは一歩近づき、声を落とした。
「なんでこんなことをしてる?」
短い問いかけが冷たい空気を切り裂いた。
女は顔を上げ、かすかに口元を歪める。
その瞳には怯えの色はなく、試すような光が宿っていた。
「理由? そんなの、あなたに話す義理はないわ」
掠れた声に挑発がにじみ、室内の緊張がさらに強まる。
ミササギは黙してその様子を観察していた。
女の言葉よりも、その声音の揺らぎや鎖の抵抗音に意識を向けている。
ジンガは目を細め、わずかに息を吐いた。
「……義理なんてどうでもいい。ただ、理由もなくこんなことをするとは思えない」
女は鼻で笑い、鎖を揺らす。
「理解できると思ってるの? あなたのような者に」
ミササギが静かに口を開いた。
「随分と感情的になったな。隠したいなら、もっとうまくやるんだな」
女の瞳が細く光を帯びる。
その視線は挑発から一転し、淡々とした硬質な冷ややかさを宿していた。
「……いいでしょう。聞きたいのなら教えてあげる。
この王国が立つ前に、ここには別の国があった。
その国は滅ぼされ、王族は皆処刑され、名は歴史から抹消された。
けれど私は生き残った。血を絶やそうとした王国の手を逃れてね。
家族は殺され、誇りは踏みにじられ、残ったのは恨みだけ。
だから私は術を求めた。屍を重ねてでも、偽りの王国に証を刻むために。
王国の栄光は偽り。屍の上に立つ王など、いずれ腐り落ちる。
その日を、この身で示す……それが、私の理由よ」
女の唇に浮かんだ笑みは、硬さと同時に諦観を帯びていた。
張り詰めた静寂を破ったのは、ミササギの低い声だった。
「歴史の敗者だな。自然の摂理だ」
女の瞳がかすかに揺れる。
しかしすぐに薄く笑みを浮かべて言い返した。
「摂理に従って消えるだけなら、私はここにいない」
ジンガは一歩踏み込み、真っ直ぐに見据える。
「……ってことは、この外見通りではないのか」
そう呟くと女の頭に手を伸ばし、フードを静かに捲り上げた。
露わになったのは、血色の良い肌と艶やかな黒髪。
若さを残す整った顔立ちに、異様な光を宿した瞳だけが異質だった。
捕らわれながらも薄く笑むその表情は、哀しみと憎悪が絡み合った仮面のようだった。
ミササギが視線を細める。
「見た目に惑わされるな。言葉と目だけを見ろ」
ジンガは小さく肩をすくめた。
「こんな見え透いた仕掛けに惑わされるかよ。……それより、実際いつから生きてるんだ?」
女は薄く笑みを浮かべ、鎖に縛られたまま首を傾ける。
「どれくらいだと思う?」
掠れた声は冗談めいていながら、底に冷たい響きを帯びていた。
ジンガは答えず、その瞳をじっと見据える。
女の視線は怯まず返され、まるで彼を試すかのように光を宿していた。
沈黙を破ったのは、ミササギの低い声だった。
「戯言に構うな。事実だけを言わせろ」
「ミササギもそうカリカリすんなよ。可哀想な人間に怒って何の意味があるんだよ」
ジンガの言葉に、女の表情が一変した。
冷たい笑みは消え、瞳が怒りに燃える。
「可哀想……? 誰にそんなことを言われる筋合いがある!」
鎖が激しく軋み、女の体が暴れるたびに音が響く。
「私が哀れだと? 屍を積み上げてまでここまで来た私が――!」
声は掠れていったが、憎悪の光だけはなお強かった。
ジンガはその怒声を正面から受け止め、静かに言葉を落とした。
「……彼女もしんどいんだろ。しんどくないわけがないんだから」
怒りも嘲りもなく、淡い哀しみを帯びた声音だった。
女の胸が一瞬だけ上下し、息が詰まる。だがすぐに唇を歪め、憎悪の光を取り戻した。
「同情など要らない!」
縫合痕を走る血が赤く光り、床に描かれた紋様が淡く脈動を始める。
女は鎖に縛られたまま、低い呟きを紡いだ。
空気が震え、鉄と硫黄の匂いが広がる。
魔力が集中し、術式が完成しようとした刹那――。
「《ディスラプト》」
ジンガの声が鋭く響き、放たれた衝撃が魔法陣の一点を打ち砕いた。
編まれていた紋様は連鎖的に崩壊し、赤光は霧散する。
女の呪文は完成する前に虚空へと掻き消えた。
鎖の軋む音だけが残り、部屋は再び静まり返った。
女は目を見開き、息を荒くする。
「なっ……どうして……」
ジンガはわずかに眉を寄せ、冷たく答えた。
「しんどいからって、これ以上誰かを巻き込んでいい理由にはならない。君の復讐を許してやれるほど、この世界は優しくないんだよ」
女は悔しげに歯を噛み、鎖に縛られた手を震わせた。
「……世界が優しくない? そんなことは……とうに知っている!」
怒りに満ちた吐き捨てだったが、底に覗いたのは絶望だった。
ミササギが刀をわずかに構える。
ジンガは視線を落とし、言葉を探すように一瞬沈黙した。
そして、迷いを振り切るように口を開いた。
「俺だって知ってるさ。世界が優しくないなんて。
……だからこそ、今日の自分よりも明日の自分が優しく在れるように生きるんだよ」
女は睨み返したが、その瞳の奥には一瞬だけ揺らぎが走った。
「なら……私は何のために生き残ったの……?」
憎悪に覆われながらも、押し殺した哀切が確かに滲んでいた。




