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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第一話 パーティ結成、そして事件発生
16/41

16

(……どこに行った?)


 ミササギは歩みを止め、刀を構えたまま静止した。

 廊下は不気味なほど静まり返り、耳に残るのは靴音の余韻だけ。


 両側には同じ形の扉が際限なく並んでいる。

 奥の闇に溶けるまで続き、すべて閉ざされ、取っ手は沈黙していた。

 血の跡も、引きずられた痕もここで途切れている。

 まるで術者が、この扉のどれかに溶け込んだかのようだった。


 呼吸を整え、足先に力を込める。

 いつでも斬れる構えを崩さぬまま、廊下と扉の列を睨み据えた。


 最も手前の扉に立ち、取っ手を回す。

 軋む音とともに冷気が頬を撫でた。


 そこは狭い一室。

 窓は閉ざされ、灯具は壊れ、床には赤黒い染みが広がっている。

 中央には犬型の動物の死骸。皮膚は剥がれ、腹は裂かれ、粗雑な縫合痕が幾重にも走っていた。

 机には血に汚れた器具が散乱し、棚には獣骨や薬品の瓶。

 床には描きかけの魔法陣が、かすかに光を残していた。


(研究施設か?)


 鉄と腐臭に眉を寄せ、扉を閉じて隣へ移る。


 二つ目の部屋には猫に似た小動物。

 四肢は不自然に折れ、背には魔法陣の痕跡が刻まれていた。


 三つ目の部屋には鳥の死骸。

 翼は切断され、羽毛は焦げ、白い羽根が床を覆っている。


 さらに隣の部屋ではトカゲの死骸が棚に整然と並んでいた。

 瓶詰めの眼球、切り離された尾、湿り気を残す鱗の山。

 整然とした配置がかえって不気味さを増していた。


 犬、猫、鳥、トカゲ――あらゆる生き物が実験に使われ、捨てられていた。


(屠殺場のようにも見える)


 息を整え、廊下の奥へ視線を送る。

 まだ幾つもの扉が残っていた。


 次の扉を押し開けた瞬間、鉄の匂いが一層濃くなる。


 中は他より広く、薄闇に浮かび上がったのは人の形。


 床に横たわる男、椅子に座らされた女、壁際に寄り添う小さな体。

 すでに息絶え、青白く乾き、見開いた目は虚空を映していた。


 胸や腹には縫合痕が走り、切り裂かれた跡には乾いた血がこびりつく。

 机の上には人骨や臓器の瓶が無造作に並んでいた。


(人間まで……)


 奥に視線を送る。


(今、動いたか?)


 壁際の小さな体のひとつ。

 死体のように青白いが、胸がかすかに上下している。


 耳を澄ますと、掠れる呼吸音が微かに届いた。

 今にも途切れそうなほど弱い。


 近づくと、縫合痕が幾筋も走る幼い顔。

 唇は乾き、目は閉じたまま――それでも生きていた。


(生存者か。けど、実験に使われた後だな……)


 警戒を強めた刹那、床の魔法陣が脈動した。

 血の線が蠢き、空気がねじれる。

 鉄と硫黄の匂いが広がった。


 魔法陣の中心から異形の腕が突き出る。

 頭部、背骨、脚が次々と現れ、部屋いっぱいを占める魔物が立ち上がった。


 皮膚は黒く焼け、眼窩には赤い光。

 咆哮とともに部屋が震え、棚の瓶が砕け散った。


 その轟きに重なるように、部屋の奥の暗がりから声が響く。


「よく来たな。獲物を追って、罠にかかる獣のようだ」


 声は男とも女ともつかず、乾いた笑いを含んでいる。

 姿は見えないが、この建物の主が挑発しているのは明らかだった。


(あいつが黒幕か)


 ミササギは刀を構え直し、迫り来る魔物を見据えた。


 声は余裕に満ちていた。

 だが術者にとって唯一の誤算は、この建物に踏み込んだのがミササギだったことだろう。


「この程度で、俺を止められると思ったか」

 言葉と同時に刃が閃き、魔物は木っ端微塵に斬り裂かれた。


「な、なんでっ!」

 声が裏返り、余裕は一瞬で崩れ去った。


 ミササギの視線が鋭く動く。

 揺れる灯火の影、その奥――崩れた本棚の隙間から黒い外套が覗いていた。


(そこか)


 判断は一瞬。

 ミササギは床を蹴り、矢のように突っ込む。

 風を裂く音とともに距離が一気に詰まった。


「っ……来るな!」

 術者が慌てて詠唱を始めるより早く、刃がその間合いへ迫る。


 その瞬間、ミササギの上着が淡く光を帯びた。

 胸元に縫い込まれた魔法陣が脈動し、布地を透かして複雑な紋様が浮かぶ。


「……転移の術式か」

 ミササギが低く呟いた。


 光は床に広がり、円陣を描いて空気を震わせる。

 次の瞬間、その中心にジンガの姿が現れた。


「間に合ったな!」

 魔力の残滓を振り払いながら軽やかに着地し、ミササギの隣へ並ぶ。

 それは、あらかじめジンガがミササギの上着に仕込んでおいた転移の術式だった。


「《アイアン・バインド》!」

 ジンガは降り立つや否や詠唱を放つ。

 床に走った魔法陣から鉄の鎖が迸り、四方八方から術者を絡め取った。


「くっ……!」

 鎖に捕らえられたのは若い女だった。

 血色の良い肌に引き締まった体つき、決して病的ではない健康的な容姿。

 だが、彼女のまとう外套は漆黒で、裾や袖口に赤い糸で奇妙な文様が縫い込まれている。

 まるで何かの儀式に使う衣服のようで、不吉な印象を強めていた。

 深く被ったフードの影から覗くのは艶やかな黒髪と整った横顔。

 その瞳だけが異様に輝き、捕らわれながらも冷たい笑みを浮かべている。


 女術者が抗うたび、鎖は軋みを上げ、さらに締め付けた。


 ミササギは刀を下げ、鋭い眼差しで相手を見据える。

 冷たい空気の中、金属音だけが長く響いていた。

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