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城門は開かれていた。
そこには見張りの兵士すらいなかった。
ジンガはちらりとミササギに視線を送る。
ミササギは無言で頷き返す。
「気を抜くなよ」
その一言を合図に、二人はオルガウスト辺境都市へ足を踏み入れた。
「大きい都市だな」
ジンガが低く呟く。
「静か過ぎる」
ミササギが応じる。
二人の言葉は似ているようで、まったく違っていた。
だがどちらも、この都市の異様さを言い当てていた。
大通りは王都に匹敵するほど広く、石畳も整えられている。
しかし歩く人影は一つもなく、両脇に並ぶ商店も窓も扉も固く閉ざされていた。
人気のないはずの街路には、落ち葉も塵もなく、異様なほど清潔さが保たれている。
それがかえって、ここが「今も人が住んでいる都市」であることを突きつけていた。
「気味が悪い」
ジンガが息を潜める。
「気色が悪いな」
ミササギは周囲を見渡しながら、柄に手を添える。
「領主のところに行ってみるか」
ジンガが提案する。
「会えるかはわからないけどな」
ミササギは肩をわずかにすくめた。
二人の視線は、街の中央にそびえる建物へと向かう。
城のように見えて、城ではない。だが間違いなく、この都市の中心を示すかのように豪奢な造りを誇っていた。
「あれに居ると思っていいのか?」
ジンガが問いかける。
「俺もこの街は初めてだ。詳しくはわからん」
ミササギが吐き捨てるように言った。
「とりあえず、行ってみるか」
ジンガが結論を出し、背筋を伸ばして歩き出す。
件の豪奢な建物に着くまで、二人が住民の姿を見ることはなかった。
門柱の間には鉄の柵が伸び、広い敷地を囲っている。
その向こうに建物が静まり返って佇み、白い壁が夕陽を鈍く反射していた。
「入るぞ」
ジンガが足を踏み出す。
だが次の瞬間、透明な壁に叩きつけられたような衝撃が走った。
空気が弾ける音とともに、二人の身体は敷地の外へ押し返される。
「……結界か」
ミササギが刀の柄に手を添え、低く呟いた。
ジンガは眉を寄せ、目の前の空間を指先でなぞる。
見えない膜が確かにそこにあり、指先を押し返してきた。
無人の都市、豪奢な建物、そして侵入を拒む結界。
その不気味さが三重に重なり、場の空気は一層張り詰めていく。
「壊していいよな?」
ジンガが確認するように言う。
「壊すなら、俺がやる」
ミササギは即答し、静かに刀を抜いた。
刃が振り下ろされると同時に、結界は軋むような音を立てて裂け、亀裂が走る。
次の瞬間、砕け散る硝子のように割れ、そこから吹き出したのは冷たい瘴気だった。
「……なんか、めちゃくちゃ寒気がする」
ジンガが思わず肩をすくめる。吐く息さえ白くなりそうなほど、ぞわりとした冷気が肌を這い上がってきた。
「不気味だな」
ミササギも眉をひそめ、嫌悪を隠さなかった。
「不法侵入にはなるけど、このまま帰るわけにはいかない。……門を飛び越えるぞ」
ジンガの声は硬い。住民の姿が消えた街並みと、この異様な屋敷を前にして、何もせず引き返すという選択肢は彼にはなかった。
「俺もその気だ。行こう」
ミササギの即答を合図に、二人は高さ三メートルほどもある鉄柵へと取りついた。筋肉の動きだけで難なくよじ登り、そのまま強引に飛び越える。
「よっと」
ジンガは軽やかに敷地内へと飛び降りた。続いてミササギも、息一つ乱さず隣に着地する。
その瞬間だった。呻き声にも似た低い音が、敷地全体に響き渡る。
「……これ、罠か?」
ジンガが声を落とす。
次の刹那、一気に光が走った。地面に幾重もの紋様が浮かび上がり、無数の魔法陣が照明のように点灯していく。
「押して通る」
ミササギは抜いた刀をそのままに、腰を沈めて戦闘態勢へと移行した。鋭い視線が周囲を掃き、いつでも斬り払えるよう全身に力が漲っている。
やがて、無数の魔法陣から影が這い出すように姿を現した。
ひとつ、またひとつと数を増やし、やがて敷地全体を覆い尽くすほどの数になる。
現れたのはゴブリン、オーク、そしてゾンビ。
いずれも人型ばかりで、その歪んだ輪郭が一層の嫌悪感をかき立てた。
濁った眼、よだれを垂らす口、膨れ上がった四肢――。
それが数え切れないほど並び立つ光景は、理性を持つ者にとって悪夢そのものだった。
「俺がやる」
ジンガは一歩前に出た。
「《インフェルノ・サークル》」
右手を大地に叩きつけるように置いた瞬間、炎を帯びた光の円が周囲へと走り広がる。
地表に刻まれた円環は灼熱の輪となり、触れた魔物を片端から蒸発させていく。
線が駆け抜けた跡には、黒く抉られた大地と赤々と燃え盛る火柱が残り、敷地全体を炎の檻のように包み込んだ。
「やっぱり、この手の話で、ジンガ以上に優秀なやつはいないな」
ミササギは、ジンガの行動がいかに効率的かを改めて実感していた。
広範囲の魔物を殲滅すると同時に、それらを召喚していた地面の魔法陣ごと、まとめて消し去ったのだから。
「褒めても何も出ないよ」
ジンガは軽く言い放ち、建物へ向かって足を踏み出した。
「待て!」
ミササギが鋭く声を上げ、ジンガの首根っこを掴んで一気に後ろへ引き戻す。
その瞬間、ジンガが立っていた石畳が爆ぜるように砕け散り、巨大な影が地中から飛び出した。
漆黒の鉤爪が空を裂き、石屑を撒き散らす。
あと一歩でも遅れていれば、胸を貫かれて即死していたに違いない。
現れたのは、背丈三メートルを超える異形の魔物だった。
硬質な鱗に覆われた体躯、血のように赤い双眼、そして両腕に備えた鎌のような爪。
それはこの敷地を守護する番犬のように、咆哮を上げて二人を睨み据えていた。




