13
《ラウ・ファミリア》の一行は、拠点のある王都を離れ、オルガウスト辺境都市へ向かっていた。
「家、買ったばかりなのになぁ……」
馬車に揺られながら、ジンガが不満をこぼす。
「仕方ないですよ。依頼が依頼ですから」
隣の席のエリシアが、柔らかな笑みを浮かべて励ました。
王国騎士団から《ラウ・ファミリア》に正式な指名依頼が届けられたのだ。
その内容は三つ。
一つ、黒結晶の正体を突き止めること。
二つ、魔法陣の出所と術者を割り出すこと。
三つ、再び同じ被害が出ぬよう、原因を排除すること。
達成報酬はオルファリオン白金貨三十枚。
今の屋敷を二十軒は買える額であり、成功すれば一生遊んで暮らせるほどの大金だった。
屋敷は敷地五百平方メートルに堂々とした建物が構える。そう思えば、この報酬がいかに常軌を逸しているかは明白だった。
先日は《ブラック》ランクに依頼は出せないと言われた。
それなのに、なぜ今回は指名依頼が可能だったのか。
王国の仕組みは理解できない――それがジンガの偽らざる本音だった。
「ジンガが解析した黒結晶って、そのオルガウストって場所で採れるんでしょ?」
向かいの席のミレイが問いかける。隣ではミササギが心地よさげに揺られ、目を閉じていた。
「そうですね。
念のために、王立図書館でも調べましたけど、オルファリオン王国内ではオルガウスト辺境都市以外ではほとんど流通していないようです」
エリシアが静かに頷いて答える。
「何かしら手掛かりが見つかればいいんだけどな……」
ジンガは少し不安げにこぼした。オルガウスト辺境都市で何も得られなければ、また一から振り出しに戻るしかない。
「その時はその時だよ。使われていたのは、異世界召喚の術式と似てるんでしょ?」
ミレイが軽く言葉を返す。
「前にミレイから見せてもらった術式と似てる……というか、ほとんど同じだったかな」
ジンガの脳裏に、かつてのやり取りがよみがえる。
同郷だと知り合って間もない頃、ミレイからこの世界に来る原因となった術式を見せてもらったことがあったのだ。異世界召喚の術式に興味を抱き、ジンガが持っていないかと尋ねてみたところ、偶然にも彼女が資料を所持していた――それがきっかけだった。
「それって……嫌な感じ」
ミササギの反対側、ミレイの膝にごろりと横たわっていたレイラが、ぽつりと呟いた。
ミササギとミレイは、レイラにとって命の恩人だ。
彼らが異世界に召喚され、そこで背負ってきた苦悩も知っている。
だからこそ、この話はレイラにとって面白いものではなかった。
「そんな辛気くさい顔しないの」
ミレイはレイラの銀の髪をそっと梳いた。
「だって……」
レイラは唇を尖らせたまま、ムスッとした表情を崩さない。
「この世界に召喚されなかったら、私たちはレイラに出会わなかったんだから」
ミレイの声音は、柔らかさの中に確かな温もりを含んでいた。
「う……羨ましいっ」
エリシアが思わず声を上げる。
恨めしそうにミレイとレイラへ視線を送り、それからじりじりとジンガへ視線を移した。
「そんなことしてるから、ジンガに意識されないんじゃん」
今までの話にほとんど関心を示さなかったクルスが、つまらなそうにぼそりと呟く。
「うるさいですっ!」
エリシアは歯噛みしながら、即座に言い返した。
「……俺を挟んで言い合いするのやめて」
左にエリシア、右にクルス。挟まれているジンガは、げんなりしたように疲れた声を漏らした。
「わ、悪いのはクルスですっ!」
エリシアは勢いよく言い返し、ジンガに向かって身を乗り出す。
「はあ? 俺のせい?」
クルスは肩をすくめ、むっとした表情を浮かべた。
ジンガは何も言わず、視線を窓の外へ逸らした。
その横で、エリシアとクルスの口喧嘩がどんどん熱を帯びていく。
馬車の揺れに合わせるように、二人の声が小さな車内に響き続けた。
長い街道を越えた先に、灰色の城壁がそびえていた。
王都とは違い、オルガウスト辺境都市の城門には、誰一人として並んでいなかった。
交易都市であれば行商人や旅人で列ができているのが常だ。
それなのに、ここには荷車も馬もなく、人のざわめきも一切聞こえない。
ただ、無音のまま冷たい石壁が立ちはだかっているだけだった。
「……おかしいな」
ジンガが低くつぶやく。
「確かに、おかしい」
ミササギも同調するように視線を細めた。
「これ、入ったら襲われるとかある?」
「……ありそうだな。俺たちだけで行った方がいいかも」
二人は顔を見合わせ、短く頷き合った。
「御者さん。ここで止めてください」
ジンガがそう告げると、馬車の車輪がぎしりと音を立てて止まった。
「ミレイ」
ミササギは視線を向ける。
「うん、任せて」
ミレイは頷いた。
「じゃあ、行くぞ」
ジンガの言葉を皮切りに、彼らは馬車から飛び降りた。




