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ラウ・ファミリア ~正しさよりも、共にある温もりと優しさを~  作者: 言ノ悠
第一話 パーティ結成、そして事件発生
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 そのころ、ジンガはすでに廊下を駆け抜けていた。

 耳を打つ怒号。金属の打ち合う音。石畳を震わせる衝撃。

 一歩進むごとにそれらは大きくなり、ただの小競り合いではないと告げていた。


 角を曲がった先、開け放たれた大扉から焦げ臭い匂いが流れ込んでくる。

 踏み込んだ瞬間、視界に飛び込んできたのは混乱そのものだった。


「盾隊、前へ! 槍は間合いを保て、退くな!」

 最前で剣を抜き放ち、叱咤を飛ばしているのは騎士団長だった。


 崩れた石壁の前で、数人の兵士が必死に槍を突き出している。

 だが、その先に立ちはだかっていたのは人ではない。

 濁った目を光らせ、狼のような影が唸りを上げながら兵士たちを押し返していた。


 爪と剣が衝突し、甲冑を砕く乾いた破音が響く。

 兵の一人が弾き飛ばされ、床を転がりながら血を吐いた。


(見たことのない化け物だ)

 体躯は人の倍。獣の脚で石床を抉るたび、鋭い破片が四方に散る。

 煤けた毛並みに覆われた体。だが目だけはぎらつくように光っている。

 吐き出す息は焦げた臭気を帯び、兵たちは顔をしかめながら必死に槍を構えていた。


(狼……ではないしな)

 ジンガの知る限り、どの魔物にも当てはまらない。

 その得体の知れなさに、気色の悪さを感じた。


「押し返せ! 列を崩すな!」

 騎士団長の号令が飛ぶ。だが獣が前脚を振り払うと、槍の列が大きく揺らいだ。

 ひとりの兵士が体勢を崩し、背中から床へ叩きつけられる。落ちた槍が石畳を転がり、甲高い音を響かせた。


「ぐっ……!」

 息を詰まらせる兵士の上へ、巨体がのしかかる。裂けた口が開き、喉笛へ牙が迫る。


「《アイアン・バインド》」

 巨獣の四つ足と首が、鉄の鎖に縛りつけられ、地面へ叩きつけられる。


「下がれ、救護を回せ!」

 騎士団長が即座に指示を飛ばし、押し潰されていた兵士は這うように後退した。


 床石が軋み、亀裂が走る。

 拘束された獣は耳をつんざく咆哮を上げ、筋肉を震わせて必死にもがいた。

 仲間の兵士たちは一瞬呆然とし、次いでざわめく。


「今の術は……」

 槍を構え直しながらも、目だけがジンガへ向く。


「ぼさっとするな、間合いを詰めろ!」

 騎士団長の叱声が飛ぶ。だが巨獣はなお鎖を引き千切らんばかりに暴れ、砕けた床石が弾け散った。

 拘束は効いている――だが、長くはもたない。


 鎖がきしむたび、巨獣の筋肉が盛り上がり、床石に亀裂が広がっていく。

 咆哮が室内を揺さぶり、兵士たちの足はすくんでいた。


「誰かが仕留めねば、ここは持たん!」

 騎士団長は一歩前に出て、剣を構えた。

 その眼差しは揺らがず、巨獣を真っ直ぐに見据えている。


 その横で、ジンガの瞳がわずかに細められる。

(あれに近付くのは下策だろ――)


「《フロスト・エクスプロージョン》」

 詠唱と同時に白い霧が弾け、凍てつく風が巨獣を包み込む。

 咆哮は氷の結晶に呑み込まれ、筋肉が震えるたびに鎖と共に凍りついていく。

 やがて、ひとつの大きな氷像が大地に聳え立った。


「……なに、を……」

 騎士団長は剣を構えたまま動けず、ただその光景を凝視していた。

 氷像と化した巨獣よりも、その術を放った少年のような顔立ちの者に目を奪われている。

 どう見ても未熟にしか見えない姿が、常識を覆す力を振るった現実に、言葉を失っていた。


「ありえない……」「今のを、本当に……」

 兵士たちも息を呑み、ざわめきが広がる。


 だが、当のジンガは周囲の視線を意に介さなかった。

 一歩、また一歩と氷像へ近づき、その姿を確かめていく。

 煤けた毛並みの流れ、凍りついた爪の角度、牙の根元に走るひび――。

 どれも彼の知る魔物の特徴とは噛み合わなかった。


(……やはり、普通の魔物じゃない。体の造りも、どこかおかしい)


 氷像を見つめていたその時だった。

 凍りついたはずの毛並みが、わずかに震えたように見えた。


(……今のは――)


 次の瞬間、鋭い亀裂音が耳を打つ。

 氷に閉ざされた巨獣の胴体に、蜘蛛の巣のようなひびが走った。


「下がれっ!」

 騎士団長の叫びが飛ぶより早く、氷が弾け飛んだ。

 凄まじい衝撃波と共に、巨獣の前脚が氷の殻を突き破る。


 間近で観察していたジンガは反応が遅れた。

 跳び退くには距離が近すぎる。振り下ろされる爪が視界を覆い尽くし、逃げ場はどこにもなかった。


 その瞬間。


 轟音が室内を切り裂いた。

 甲高い金属音と共に、遠くから放たれた弾丸が巨獣の頭部らしき箇所を正確に貫通する。


 血と氷片が飛び散り、巨体が痙攣した。

 振り下ろされかけた爪は途中で止まり、そのまま力なく床へと崩れ落ちる。


「危なっかしいなぁ、ジンガ」

 軽やかな声が響いた。


 振り返れば、廊下の奥にミレイの姿があった。

 巨大な対戦車ライフルが二脚で床に据えられ、硝煙が風に流れていた。

 銃身はまだ熱を帯び、微かな残響が空気を震わせていた。


「せっかく氷漬けにしたのに、近寄ってやられそうになるなんて、油断し過ぎでしょ?」

 茶化すように言いながら、彼女は照準から視線を外した。


 兵士たちは轟音に身をすくませ、次の瞬間には呆然とその場に立ち尽くしていた。

 騎士団長もまた剣を構えたまま動けず、口を開きかけては言葉を失い、ただその光景を凝視していた。

 沈黙だけが、その驚愕を雄弁に物語っていた。

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