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ラウ・ファミリア  作者: 言ノ悠
第一話 パーティー結成、そして事件発生
1/4

01

「うっ……」

 ジンガは鈍く痛む頭を押さえた。

 胃の底にはまだ酒が残っているようで、口の中は不快なほど乾いている。


 昨日は《ラウ・ファミリア》結成の祝宴だった。

 たった六人の小さなパーティなのに、同郷の顔ぶれもあって夜は思いのほか賑やかになり、気づけば酒に呑まれていた。

 笑い声や杯を打ち鳴らす音が、今も耳の奥に残っている。



 ゆっくりと身を起こし、周囲を見回す。

 散らかった卓と空のジョッキばかりが目に入り、仲間の姿はどこにもなかった。

 この場に残っているのは、彼ひとりだけだった。


(……まじかよ)

 同郷の二人は、ジンガの記憶が正しければ、自分よりも遥かに多くの量の酒を飲んでいたはずだ。


「《キュア》」

 低く呟き、ジンガは未だにふらつく身体へ回復術を施す。

 淡い光が頭痛を和らげ、乾き切った喉にもわずかな潤いが戻っていく。

 それを確認すると、彼は息を吐き、次の行動を考え始め──


「ジンガ様、お目覚めですか?」

 ひょこっと背後から金色の影が顔を出した。

 朝の光を受けて輝く髪が、いたずらっぽく揺れる。


「おわっ!?」

 あまりにも突然のことで、ジンガは反射的に飛び跳ねてしまった。


「いつも冷静なジンガ様も、そういう反応をされることがあるのですね。ふふっ」

 その少女の名はエリシア・オルフェール。

 ジンガがこの世界で最初に言葉を交わした相手。

 金髪金眼。その名に恥じない美貌を兼ね備えた十六歳だ。


「はは、ごめん。昨日は浮かれ過ぎてたみたいだ」

 自分より年下の、しかも年端もいかない少女に言われて、恥ずかしくて頭をかいた。


「そんなジンガ様も、新鮮でよろしいですよ」

 エリシアは唇に笑みを浮かべ、散らかった卓を見やった。


「そう言われると余計に恥ずかしいな。さて……掃除から始めるか」

 この惨状の共犯者を呼び付ける気にもならず、ジンガはひとりで片付けを始めようとした。


「私もお手伝いしますね」

 エリシアは胸元で力強く掌を握った。


「いや、こういう大人の残骸は子供に任せられないよ。クルスやレイラと一緒にいた方がいいんじゃないか?」

 この六人パーティは、大人三人と子供三人という、少し歪な組み合わせで構成されている。


「まだ子供扱いですか?」

 エリシアはジンガの顔を下からずいっと覗き込んだ。


「……まだ子供だよ」

 ジンガは思わず視線を逸らした。


「むぅ……」

 エリシアは小さく唸り、ジンガの横顔をじっと睨む。


 そのとき、軋む音とともに扉が押し開けられた。

 冷たい朝の空気が差し込み、散らかった卓上の皿やジョッキを微かに揺らす。


「ジンガ、また逃げてるの?」

 落ち着いた声にわずかな笑みが混じる。

 同郷の一人、ミレイだった。

 肩までの栗色の髪をざっくりと後ろでまとめ、無造作さの中に大人らしい余裕が漂っている。


「に、逃げてはない。それより……ミササギは?」

 ジンガは言葉を選ぶように視線をそらした。


 ミササギ――最強の名を欲しいままにする存在。

 彼もまた同郷の一人であり、そしてミレイの夫でもあった。


「ミササギは外で鍛錬してる。私は掃除しに戻ってきたの。そろそろ起きてるかなって」


 彼らが拠点にしているのは、街の一角に構えられた古い屋敷だった。

 広い中庭と二階建ての居住棟を備え、六人で暮らすには余りあるほどの広さがある。

 かつては商家の所有だったらしく、天井の高い食堂や客間が並び、今も豪奢な調度が所々に残っていた。

 もっとも年月を経た床や扉は軋み、手入れには骨が折れる。それでも、彼らが稼ぎで手に入れた「居場所」として、この上ない拠点だった。


「そ……それは、ごめん」

 酔い潰れていたのが自分だけだった罪悪感が、ジンガの胸を重くした。

 だがミレイは肩をすくめて言った。

「気にしすぎ。あんたが潰れるのは珍しいし、みんな笑ってただけだよ」

 エリシアも慌てて首を振る。

「ジンガ様のせいじゃありませんよ。皆さんも同じくらい楽しんでましたから」


「そこまで慰められると、それはそれで居た堪れないんだけど……」

 ジンガは肩をがっくりと落とした。

「はあ……」

 自分の情けなさを誤魔化すように、床に散らばるジョッキを拾い集め、隅へ寄せる。

「ため息は幸せが逃げるよ?」

「知ってる」

 ミレイの的確なツッコミに、ジンガは何も言い返せなかった。


 エリシアは慣れない手つきで皿を運び、時折カチャリと危なっかしい音を立てた。

「割るなよ?」

「わ、割りません!」


 ミレイはそんな二人を横目に、落ち着いた手つきでテーブルを拭き上げている。


「結成祝いでこの有様なら、先が思いやられるね」

「始まりは賑やかな方がいいんですよ」

 エリシアは皿を抱え、子供らしい笑みを浮かべた。


「その発言は、年相応の子供とは思えないね」

 ミレイは柔らかく微笑んだ。


「ほらっ! ミレイさんも私のことを大人だって言ってますよっ!」

 エリシアは得意げに胸を張り、言葉を強調する。


「本当の大人は、自分のことを大人なんて言わないよ」

 ジンガは呆れた声音で答え、はいはいと手を振って流した。


 そんな他愛のない やり取りを交わしながらも、手は動き続けた。

 散らばった皿やジョッキが片付き、食堂の床も拭かれていく。

 窓から差し込む朝の光が強まり、昨夜の宴の残り香も薄れていった。


 ほどなくして卓上は元の静けさを取り戻し、三人は揃って息をつく。


 そのとき――轟音が屋敷を揺らした。

 窓硝子がびりびりと震え、椅子が小さく軋む。


「な、何ですかっ!?」

 エリシアが慌てて声を上げ、ジンガとミレイも同時に顔を見合わせる。


「外にはミササギがいるから、そんなに気にしなくて良いと思うけどね」

 ミレイは肩を竦めてみせた。


「……そうかもしれないけど、気になったから見てくるよ」

 ジンガは言い残すと、椅子を引いて立ち上がった。


「わ、私も行きますっ!」

 エリシアが慌てて立ち上がるが、ジンガは首を振った。


「戦闘してたら怖いから、ミレイと一緒にいてくれ」

 そう言い残すと、ジンガは扉の取っ手に手をかけた。

 きしむ音とともに押し開け、足音ひとつ立てずに部屋を後にする。


 エリシアは唇を尖らせ、不満げに俯いた。

「ま、大事にされてるってことでいいんじゃない?」

 そんなミレイの言葉に、エリシアは口を開きかけて、結局黙り込んだ。


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