電話などない
ヒランヤと共に受付にやって来た。カウンター内にはギルドの制服を着た受付嬢が、
下を見ながら作業をしている。
ヒランヤは言った。
「マリー、ライセンスの発行をお願いしたいんだけど、頼めるかしら」
マリーと言われた受付嬢は、顔を上げた。そして驚く。
「わっ! ……ビックリした。まさか魔女様がいらっしゃるなんて」
どうやらヒランヤは有名人らしい。兵士たちが頭を下げていたし、今も周りから視線
を感じる。
ヒランヤはいつもの様子で返答した。
「いえいえ。わたしだってここのハンターなのですから、たまには顔を出しますよ。そ
れより、この方のハンター登録をしたいのですが」
ヒランヤは俺を指して言った。
俺がマリーに「頼む」と言うと、受付嬢は快く「了解しました」と、一枚の紙と羽ペ
ンを差し出した。紙には『ハンターライセンス申請書』と書かれてある。
「氏名、年齢、住所、電話番号を書いてください」
「電話番号?」
「えっ? なんですかデンワバンゴウって?」
ん……気のせいか。
名前は……なんて書こう。『龍崎誠』でもいいが、この世界には合わない気がする。
俺を使いにしていた神は、俺のことをなんと呼んでいたのだろうか。
ヒランヤに訊いてみた。
「俺が使えていた神は俺のことをなんて呼んでいたのか、わかるか」
「知らないんですか、自分の名前」
「寝てたんだから、知るはずがないだろ」
「そうだったんですね。わたしもおかしいと思ったんです。ずっと名前を名乗らないか
ら。まさか知らないなんて思いませんでした」
悪かったな。人と関わりがない生活をしていると、名前がなくても問題ないんだよ。
受付嬢が不振な顔をしている中、俺は言った。
「そんなことより、早く名前を教えてくれ。このままじゃ登録できない」
「わかりました。名前は『ドルミル』です」
なんだその名前。まんまじゃねーか。
まぁ、ここでとやかく言っても始まらない。
俺は氏名のところに『ドルミリ』と書いた。
年齢は、四十五億歳と書いても信じてもらえないだろう。なので、俺の享年『二十九
歳』と書いた。
次に住所なのだが、詳しい決まりとかあるのだろうか。この世界の決まり事などわか
らないので、ヒランヤに訊くことにした。
「住所に決まりごとはあるか」
「町中に住んでいればありますけど、わたしたちが住んでいる所にはないです。わたし
は『カモリの森』と書いています。
そういえば、あの場所は『カモリの森』という、聖域と云われている場所だったな。俺
もそう書くことにしよう。
最後に電話番号……という項目はなかった。
俺は羽ペンと『ハンターライセンス申請書』を、マリーに返した。
「これでいいか」
「……はい、問題ありません。それでは次にスキル診断をしますので、わたしに付いて
きて下さい」
マリーは『ハンターライセンス申請書』をバインダーに挟むと、受付を出て奥のドア
を開けた。そして、俺を「どうぞ」とドアの奥へ促した。
マリーの後を追ってドアの奥へ進むと、部屋の中には長テーブルに椅子、それと幾つ
もの本棚が置いてあり、そこにはたくさんの本が並んでいた。どうやらこの部屋は資料
室のようだ。
そして部屋の中央。何やら水晶玉の様な物が置いてある。
マリーが言う。
「それでは、その水晶玉に触れてみて下さい。触ればあなたが持っているスキルがわか
りますよ」
「わかった」
これもいわゆる定番であり、必ずというわけではないが、異世界転生した者の通過儀礼
みたいな物なのである。
俺は早速水晶玉に触れてみることにした。定番だとスキル名が表示されたり、水晶玉
が破裂したりするのだが、そんなことはなかった。
水晶玉は輝き始めた。その色は七色だったり、白だったり、黒だったり、青だったり、
赤だったり。
正直俺には何が何だかわからないが、それを見たマリーが様々なリアクションをした。
「あーっ……えーっ! ……おおーっ……えーっ! あーっ……えーっ!」
いったいマリーには何が見えているのだろうか……。
水晶玉が光り終わると、マリーは、
「少し待ってください」と本棚から一冊の本を取り、長テーブルの上で開いた。
少し待っていると、マリーは「わかりました」と言った。
「ドルミルさんのスキルは、二つだけしかないですね。しかもほとんど見たことがない
スキルです。これはギルド長に相談しなければ」
マリーがそう言った直後、資料室のドアが閉まった。ドアの方を見ると、ヒランヤが
立っていた。
「マリー。ここで見た物は口外しないように。ギルド長には後で、わたしの方から話し
ておきますから」
「えっ、なんで……」
「後でギルド長に怒られても、わたし知りませんよ」
「うっ……」
圧で黙らせたぞ。怖っ。
しかしどうしても気になるので、俺は言った。
「それで、俺の持っているスキルはなんのスキルだったんだ」
「あっ、はい。ドルミルさんが持っているスキルは、『女神の加護(真)』と『竜特性
(神)』です。
なんだそれ、パッと聞いただけだと、いったいなんのスキルか全くわからないな。そし
て、このスキルは表沙汰にしてはいけないらしい。
マリーは困り顔だ。
「それにしても、『ハンターライセンス申請書』にはなんて書いたら……」
そんなマリーにヒランヤは言った。
「そうね……。取り敢えず『格闘(並)』とでも書いておきなさい。後の判断は、ギル
ド長に委ねましょう」
「わかりました。そうします」
おれたちは資料室を出た。
マリーが、
「手続しますので、ギルド内で待っていてください」と言うので、俺とヒランヤは依頼
書を眺めながら、待つことにした。