酒とつまみ
このカモリには、自然の音がよく聞こえてくる。例えば水の流れる音、風に揺られる草
の音。それから鳥の鳴く声。しかし、その朝に聞こえてきた音は、明らかに自然の音では
なかった。
ふて寝した翌日、俺は何かを打ちつける音に目を覚ました。
カンカンと響き渡るその音は、おそらく誰かが斧で木を伐採する音だろう。
……そうだ。いいことを考えた。
音を辿って樵の所へやって来た。
五十代くらいのおじさんと、二十代くらいの若い男性が斧を持って、木を伐採してい
る。が、俺を認識した瞬間、伐採をしていた手が止まる。そして、斧を捨てて一目散に
走し始めた。
若い男性が言う。
「本当に居た! あいつの言っていたことは、本当だったんだ!」
一緒に逃げるおじさんが言う。
「うるせぇ! いいからとっとと逃げるぞ!」
俺は飛び、逃げる二人の前に通せんぼした。すると逃げていた二人は、尻餅をついた。
二人は小さく悲鳴を漏らし、顔が引きつる。そんな二人に、俺は話しかけた。
「木材が必要なのか」
おじいさんが答える。
「えっ……。ああ。そうだが……」
「家は建てられるか」
「……建てられる」
「それなら俺の家を建ててくれ。その代わりに、俺が木を好きなだけ取ってやる。運搬
もしよう」
若い男性が言う。
「食べないでくれます?」
食べないです。
二人を背中に乗せ、山の上へ。
山上へやって来ると、おじさんが言う。
「この掘っ立て小屋みたいのは……」
「俺が建てたんだが、素人ができるのは、そんなもんだ」
そう。昨日俺が建てたのは、掘っ立て小屋。いや、それにすら満たない、小屋紛いの、
木の集合体だ。
屋根も壁も隙間だらけ。これでは雨も風を防ぐことはできない。
若い男性が言う。
「しかし、ドラゴンが住む家なんて……。俺ら、人の住む家しか建てたことないっすよ。
どうします?」
おじさんは唸る。そんな二人に俺は言った。
「いや、家は人間用で構わない」
ニ、三日前、俺は高さ二メートルほどの洞穴を見つけた。中に入ってみようとしたが、
洞穴の大きさが俺より小さかったので、入れそうになかった。しかし、俺がもう少し小
さかったらと思うと、本当に俺の体は小さくなった。つまり、俺は自分の体の大きさを
変化させられるようだ。
この能力を使えば、家のサイズはそんなに気にしなくていい。どのくらい体のサイズ
を変えられるかまだ試してはいないが、小屋ぐらいのサイズでも、体のサイズを変えれ
ば、十分住めるだろう。
おじさんは了承した。
「わかった。早くても三か月ほどかかるが、それでもいいか」
「ああ。問題ない」
「わかった。引き受けよう」
こうして、俺の家の建築が始まった。
結果から言うと、建築にかかった時間は、予定より早く、二か月ほどで終わった。
早く終わった理由は、建築に必要な木材はほとんど俺が用意したこと。それと、必要
な資材を町の外まで運んでもらい、そこから俺が運んだことだ。そして、おじさんが町
から応援を呼んだことも、大きな原因となった。
それから、あくまで俺一人(一体)で住むための家なので、家がそんなに大きくなか
ったのも大きな理由だろう。
俺は玄関、リビング、寝室があればいいと言ったが、気合が入ったおじさんは、客室
にトイレ、風呂場まで付けてくれた。
建築に取りかかっている間、おじさんたちとは、色々なことを話した。話したといっ
ても、ほとんど世間話のようなものだが。
おじさんの名前はゲバン。プリモの町で大工をしているそうだ。そして、若い男性は
ゲバンの息子で、バオロというそうだ。
プリモの町では大きな工場を構え、木材を取ったり、家を建てたり、家屋の修理した
りして、生計を立てているそうだ。
ゲバンに促され、早速家を見て回る。
まず家の外なのだが、ウッドデッキがある。結構なスペースがあり、バーベキューや
家庭菜園とかできそうだ
玄関にはシューズボックスがあり、リビングには四人掛けのテーブルと長椅子が置い
てある。
キッチンには、調理台にかまど。戸棚の中には木製のコップやお皿、食器類が入って
いる。
寝室と客室には、ベッドが置いてあった。
家具や食器について聞くと、おじさんは言った。
「ああ。木材が余ったんで、ついでに作ったんだ。良かったら使ってくれ」
てっきり床で寝る予定だったが、これは助かる。有難く使わせてもらおう。
家の中を見終わり、外に出ると夕方だった。
ゲバンたちはそろそろ帰宅の時間だ。作業も今日で終わり。少し寂しくもあるが、今
日からは、屋根のある家で生活できる。
俺は工具が入った袋と、木材を持つ。
「これは俺が運ぼう」
「助かる。修理や新しい家が必要になったら、いつでも言ってくれ」
「ああ」
工具と木材をプリモの町に運び、家へ帰る。
家に入ると、シューズボックスの上には、瓶と紙の切れ端が置いてあった。
紙を見ると、そこには『新築祝いにどうぞ』と書かれていた。
俺は瓶を見た。瓶には何かの液体が入っている。栓を抜き、ニオイを嗅いでみる。
こ……このにおいは……。……これはお酒だ!
俺は豚猪をつまみに、いただいたお酒を飲むことにした。
酒は、美味かった。これのために生きてると言う人がいるのも、わかる気がする。
つまみの豚猪の肉との組み合わせだが、なかなかこれが合う。がしかし……塩気が足
りない……。どこかで調味料が手に入らないだろうか。