小竜の行方
神龍の山から帰った次の日。昼食を食べて少し経ったころ。
俺はプリモの町で鍬とスコップを買って来た。それと手頃な石もその辺から拾ってき
た。これらは、持て余している庭に畑を作るためだ。
俺は畑など作ったことがない初心者だ。初心者が背伸びして大きな畑を作っても、お
そらく失敗する可能性が高いだろう。それに俺は農家になりたいわけではない。なので、
畑の広さは十畳くらいでいいだろう。
俺はなんとなく決めた場所に石を囲むように置き、その内側を鍬で耕す。そして、耕
した所に種を植える。
……種買うの忘れた。
俺は鍬を放った。そして横になった。
「はぁ……」
どこからか「見通しが甘い!」と聞こえてくる。いや、俺の脳内からか。
もう今日は畑はいいやと思い、なんとなく空を見上げる。
空を見上げていると、一昨日見たのと同じく、雲に龍の影が見えた。しかし一昨日見
たのとは違って、龍は雲を突き抜け、こちらへやって来た。
その龍は白竜だ。この世界に白竜は二体しかいないらしい。ということは、あの龍は
エテルニアだろう。
エテルニアは俺の目の前に降り立った。
自宅周辺にいる時は、俺は自分の体のサイズを人間と同じくらいにしている。なので
今俺の前には巨大なドラゴンが目の前にいることになる。しかし、エテルニアはすぐに
姿を変え、人化した。
人化したエテルニアは、黒いワンピースのような服装をしていた。髪はロングボブで、
白髪。どこか穏やかで、落ち着いた雰囲気を感じる。
「初めまして。わたしはエテルニアという者だ。少し訊きたいことがあるのだが」
俺は立ち上がった。
「ああ、なんだ」
「青色の肌の小竜を探しているのだが、見かけなかったか」
……それってもしかして。
俺はエテルニアを家に招き、リビングのテーブルで何があったのか訊くことにした。
エテルニアが人の姿をしているので、合わせて俺も人の姿になった。そしてキッチン
でお茶を淹れる。
「すまんが、お茶菓子はない。干し肉ならあるぞ」
「いや、気を遣わないでくれ。それと昨日は何も言わず、いなくなってしまってすまな
かった」
「ずっと寝ていた俺が起きていたから、驚いたのだろう。気にしていない」
「ああ。とても驚いた。ずっと起きなかったから……」
その話は今度ゆっくりするとして、今は小竜の話しだ。
俺は淹れたお茶を出した。
「それで、あの小竜がどうしたんだ。またいなくなったのか」
「ああ。昨日の夜まで居たのは確認できた。しかし、今朝になってからは誰も見ていな
いという。小竜の母が、『またあなたの所に行ったのでは』と言うので、確認しに来た
んだ」
「なるほど。だが残念ながら、俺は見ていないぞ」
「そうか。いったいどこに……」
それは俺にもわからない。
俺の脳裏に嫌な予感がよぎる。それは昨日神龍の山に向かっている時、ヒランヤが話
していた『龍を売ると城が買えるくらい儲かる』という話だ。
ヒランヤのことだ。どうせもう少ししたら……。
「こんにちはー。お邪魔しますね」
ほら、やっぱり来た。
俺はお茶を飲む。エテルニアはそんな俺を見て言う。
「客のようだが、出なくていいのか」
「大丈夫だ。我が物顔で勝手に入ってくる」
「……それは大丈夫なのか」
駄目だ。しかも玄関には鍵がかかっているが、魔法か何かで開けてくる。しかし悪意は
ないし今のところ脅威でもないので、放置している。それになんだかんだ言って、色々
とお世話になっているので……。
「まぁ……悪い奴じゃない」
「そう。ならいいのだが……」
エテルニアと話していると、ヒランヤがリビングにやって来た。ヒランヤはリビング
に来るや否や、固まった。少し様子を見てみると、急に泣き出した。もちろん嘘泣きだ。
「わ……わたしという者がありながら……早速浮気だなんて……」
「お前とそんな関係になった覚えはないぞ」
ヒランヤは嘘泣きをやめた。
「ところで、こちらのかたは?」
エテルニアが挨拶する。
「わたしはエテルニア。普段は神龍の山に住んでいる」
「まぁ、あなたがエテルニアさんでしたか。お会いしたいと思っていたんです。ぜひあ
なたの思い出話を聞きたいと思っていたんです」
エテルニアが「思い出話?」と疑問を投げかけると、ヒランヤは言った。
「はい。ドルミルさんの話しとか、寝て起きない龍の話しとか。あと寝息がうるさい龍
の話しとかです」
俺じゃねーか。
俺はヒランヤを制止した。
「今その話はいい。それより、昨日の小竜を見かけなかったか」
「小竜ですか。いえ、見ていません。何かあったんですか」
「今朝から見えないんだそうだ。それでまた俺のところに来たんじゃないかと思って、
エテルニアが探しにきたんだ」
ヒランヤは「そうなんですねー」と言いながら、キッチンに行った。そして急須の中に
先ほど俺が沸かしたやかんのお湯を入れた。俺は気にせず続けた。
「それで、昨日神龍の山に向かうときに話していたことなんだが……」
「なるほど、ドルミルさんは誰かが小竜を捕まえて、その小竜を売ろうとしている可能
性があると思ったわけですね」
魔女であるヒランヤは、これがなかなか頭がいい。そんな彼女はお茶を淹れ、エテル
ニアの隣に座ると言った。
「そうですね。もしそうだとしても聖域の奥までは行かないでしょう。成体の龍に見つ
かったら、人間は生き残れるとは思えません。もし小竜がこの家を目指しているとした
ら、捕らえる場所はこの周辺でしょう。わたしが探知の魔法で、周辺を索敵してみまし
ょう……これを飲み終わったら」
ヒランヤはお茶を啜り、そして言った。
「ところでお茶請けはないんですか」
「ない。干し肉ならあるぞ」
「いらないです。ちゃんと用意しといてください」
エテルニアは心配そうな顔をした。
「本当に大丈夫なのか」
俺は少し呆れながら答えた。
「たぶん……」