よそ者は長居無用
小竜を抱っこしたヒランヤを乗せ、俺は聖域の奥にあるという神龍の山を目指して飛
行していた。
俺の背中から、ヒランヤの声が聞こえてくる。
「この子、とてもいい子ですね。元気だけど、こうやって抱っこしていると大人しくで
きますし……。それにしても、人に対して警戒心があまりないというのが、少危ういで
すね」
「……もしかして、小竜は高く売れるのか」
ゲームやアニメなどでよくある。人やエルフの奴隷売買や、龍や妖精など売買したり、
見世物にしたり……。この世界にもありそうなものだが……。
「よくわかりましたね。その通りです。特に魔族と戦っている軍師国家ヴィーゴでは、
城が買えるくらいの値段がつきますよ。聖王国ヴァロクでは、死罪になりますが」
「死罪?」
「ええ。ヴァロクでは、龍は神の使いの末裔なんだそうです。ですから、光の神ルーチ
ェ様を信仰するヴァロクからしてみれば、龍に手をかけることは絶対あってはならない
ことなんです」
「なるほど。ヴァロクの信仰は徹底しているようだな」
神龍の山はまだ見えない。
神龍の山というのだから、目的地は山なのだろう。しかし聖域はとても広く、それっ
ぽい山はまだ見えない。
そういえば、今朝来た龍は神龍の山のから来た龍なのだろうか。
「ヒランヤは俺以外に、白色の龍を知っているか」
「白色の龍? はい、知っていますよ。昨日話したエテルニアさんです」
「そうなのか。といことは、今朝俺の家の前に居た白龍は、そのエテルニアという白龍
だったのか」
「エテルニアさんに会ったんですか」
「ああ。今朝家の前に居た。でも俺の顔を見たら、帰っていった」
「そうですか……。おそらくビックリしたのでしょう」
「ビックリ?」
「はい。なぜなら、四十五億年寝ていたあなたが起きていたのですから。エテルニアさ
んはさぞビックリしたはずです」
俺はそれを聞いて、俺がこの世界で目覚めたとき、ビックリして逃げ去った人を思い
出した。エテルニアからしてみれば、寝ていて当たり前の俺が起きていたら、ビックリ
するのも当然だ。
「確かにそうかもな」
そのとき、俺は右後方に何かの気配がすることに気がついた。気配のする方を見てみ
ると、そこには緑色の龍が飛んでいた。
「グアァー」
緑色の龍には敵意はなく、一鳴きするとどこかへ飛んでいってしまった。
俺はヒランヤに訊いた。
「龍の色には法則性とかあるのか」
よく聞く話だと、緑色なら風龍とか、赤色なら火龍とか。ちなみにヒランヤが抱えてい
る龍は青色だ。
背中からヒランヤの声が聞こえてくる。
「はい、ありますよ。緑色は風龍、赤色なら火龍です。この子は青色なので水龍ですね。
他にもいますが、グレー系の色は無属性です」
「白色はなんだ」
「白色は光です。ルーチェ様は光の神ですから。それと光龍は神龍とも云われていて、
この世界に二体しかいません」
二体。つまり俺とエテルニアだけか。
そんな話しをしていると、ようやく山らしい山が見えてきた。俺が住んでいる山より
広くて大きい。
ヒランヤに、「あそこか」と訊くと、ヒランヤは「はい。そうです」と答えた。どうや
ら間違いないようだ。
神龍の山を観ると、山の中腹が段丘になっていて、多くの龍たちが寛いでいる。俺は
そこに着地することにした。
着地すると、辺りの龍たちがこちらを見る。視線が痛い。しかし、襲いかかってくる
気配はないようだ。知らない龍と人間が来たから、物珍しそうに見ているといった感じ
だろうか。
数いる龍の中から、一体がこちらにやって来る。その龍は青色の龍だ。
「あの……すいません。その青い小竜は……」
この龍は喋れるのか。特殊な個体なのだろうか。それとも龍は喋れるのが普通なのだろ
うか。
ヒランヤが抱っこしていた小竜が、声をかけてきた龍に向かって飛ぶ。
「ギャー」
「ああ、我が子よ。よく帰ってきてくれましたね」
龍は小竜を抱っこした。どうやら母親のようだ。
目的は完了した。
「よし、帰ろう」
しかしヒランヤは抗議した。
「折角来たのに、もう帰られるんですか。それにエテルニアさんにもまだ会っていませ
ん」
小竜を抱っこした母龍がヒランヤの抗議を聞いて言った。
「エテルニア様は現在不在です」
「いないのか」
「はい。この子を探しに行ったまま、戻ってきていません」
戻ってきてない。つまり――。
「よし、帰ろう」
ヒランヤは再び抗議した。
「ええっ、帰って来るのを待っていればいいじゃないですか」
「そんないつ帰って来るのかわからないのに、一々待ってられるか」
それに知らない龍と人間がこのまま居たら、ここの龍たちからしたら居心地が悪いだろ
う。
俺の様子を察して、母龍が言う。
「帰られるのですね。このことはわたしがエテルニア様にお伝えしておきます。本当に
ありがとうございました」
「ああ。それじゃあな」
俺は飛び上がり、帰路に就くことにした。よそ者は長い無用だ。