小竜と神龍の山
抱え込む気はなかったが、抱え込んだ物はどうしようもない。
子どもの好奇心とは、無鉄砲で無謀。とても危うくはあるが、だからこそ得られる物
もあるのかもしれない。
抱え込んだ物は仕方がない。きっとこの気持ちは、駄々をこねられて根負けする母親
みたいなものなのだ。
バナーレたちとゴブリン退治を終えた後も、俺はちょくちょく依頼を受け、生活用品
を集めるための資金を集めていた。取り敢えずの目標はベッドである。
あれから俺はパーティーを組んでいない。組んだとしてもヒランヤくらいだった。
ハンター業をしている間、稀にサントリオの騎士団を見かけた。ヒランヤのお陰で彼
らたちを聖域では見かけなかったが、プリモの町周辺では見かけることがあった。おそ
らくプリモの町周辺の魔物の調査をしているのだろう。
俺は様々な依頼を受けた。ゴブリン退治とかゴブリン退治とかゴブリン退治とか……。
あれ、ゴブリン退治しかしてない。まぁいいか。
そんなこんなあり、Eランクに上がるころにはマットレスや枕など、寝具一式を揃え
ることができた。客間の方はまだだが、これで硬い床とはおさらばだ。
気がつけばハンターランクはEに上がり、寝具も揃った。
今日はのんびりしよう。そう思っていたある日のこと。家にゲバンたちが来た。大き
な手荷物を持って。
「余った木材で作ったんだ。よかったら使ってくれ」
ゲバンが持ってきたのは、デッキチェアと丸テーブルだった。ゲバンたちが建ててく
れたこの家にはウッドデッキがある。しかしあるだけで、バーベキューコンロどころか、
椅子やテーブルも置いてはいない。つまり、まったくもって手つかずだったのだ。
取り敢えず丸テーブルとデッキチェアをウッドデッキに置き、チェアに座ってみる。
……これは、いい物だ。最近ハンター業ばかりで、休めてなかった。よし、今日は朝
から酒を飲もう。
俺はキッチンに行き、ミードと干し肉を持ってきた。チェアにゆったり座り、丸テー
ブルに置いたミードと干し肉を楽しむ。ミードの甘さと干し肉の塩味がマッチして、と
ても美味い。これが対比効果か。
それからしばらくミードと干し肉を楽しんでいると、ふと辺りに影が落ちた。俺は空
を見上げる。すると空に浮かぶ雲に、影が見えた。それは大きな龍の形をしていた。大
きさは……俺と同じくらいだろうか。
いったいどこからやって来たのだろうか。方向から考えて、聖域の奥から来たと思わ
れるが……。まぁいいか。俺とは関係ないだろう。
俺はミードに手を伸ばした。が、何かに指を噛まれた。
まったく痛くなかったが、いったい何に噛まれたのだろうか。目をやると、そこには
小さな竜がいた。
「どちら様ですか」
「ギャー」
……どうしようか。
昼過ぎごろ、ヒランヤがやって来たので、干し肉を食べ、今はソファーで寝ている小
さな龍を見せた。
「竜ですね。聖域の奥からきたのでしょう」
「聖域の奥から?」
「はい。聖域の奥にはドルミルさんと同じく光の神ルーチェ様の使い、エテルニアとい
う名の十二天龍が居ます。エテルニアさんの住処は神龍の山と云われ、多くの龍が共に
暮らしているそうです。おそらくこの小竜は、そこからやって来たのでしょう」
「そうなのか」
気にはなっていたが、聖域の奥は龍の住処になっていたのか。
どうしようかな。この小竜を連れて、その神龍の山に返しにいこうか。
ヒランヤが何かを察したのか、こちらを見て言った。
「もしかして、この子を返しに行くんですか。もしそうなら、わたしも連れていってく
ださい。神龍の山に行ってみたいですし、エテルニアさんにも会ってみたいです」
「それは構わんが、食べられても知らんぞ」
「うっ……縁起でもないこと、言わないでください」
「出発は、そうだな……明日の朝食後に出発することにしよう」
「わかりました。では、その時間頃に来ますね」
その後、俺はヒランヤに蓬の天ぷらの作り方を教えた。これは前回天ぷらの作り方を
教えると言ったまま、全部俺が食べてしまった謝意からだ。
小竜の話しはどこへやら……と思っていたら、小竜が起きた。
出来立ての蓬の天ぷらは、半分は小竜が食べ、半分はヒランヤが持って帰ることにな
った。どうやら俺の晩酌分はないらしい。今日は干し肉と野菜で我慢しよう。
次の日の朝。
眠気を解消するために外へ出ようと、デッキへ出るドアを開けた。すると目の前に、
龍がいた。その龍は俺と同じで、白色の龍だった。
「どちら様ですか」
俺がそう声をかけると、白龍は固まった様に動かなくなり、俺のことをしばらく見つめ
ていた。しかし、突然空高く飛び上がり、聖域の奥へ飛んで行ってしまった。
いったいどうしたというのだろう。もしかして、家の中から龍が出てきたからビック
リしたのだろうか。
……ありえるな。
後方から「ギャー」という鳴き声が聞こえる。小竜が起きたようだ。
「腹減ったのか。朝飯にするか」
ヒランヤが来るには、もう少し時間がかかるだろう。今の内に食べておこう。
朝食を食べた後、小竜が暴れ始めた。家の中で暴れられて物を壊されては敵わないの
で、家の外に出すことにした。
「遠くまで行くなよ」
「ギャー」
俺はウッドデッキのチェアに座り、小竜を監視することにした。小竜はパタパタ飛び回
っている。ここは俺の家以外何もないから、危険はないだろう。
しかし……そろそろこの広い場所を何かに生かしたいな。畑でも作るか。そのために
は鍬やスコップなどの農具が必要だろう。今度プリモの町で探してみようか。そんなこ
とを考えながら、のんびりしていると、箒に乗ったヒランヤが来た。
ヒランヤは箒を魔法のバッグにしまいながら言う。
「おはようございます。出発の準備はできていますか」
「ああ。問題ない」
「そうですか。では早速向かいましょう、神龍の山に」
俺は小竜を呼んだ。
「出かけるぞ。こっちへ来い」
「ギャー」
小竜がこっちへ来る。それを見ていたヒランヤが言う。
「すっかり懐いてますね。名前を決めましたか」
「どこの子かもわからないのに、勝手に名前を付けるわけにはいかないだろ」
「それもそうですね」
小竜が来ると、ヒランヤは小竜を抱っこした。
「わたしが抱っこしますから、背中に乗せて下さい」
「わかった」
俺は小竜を抱っこしたヒランヤを乗せ、飛び上がった。目的地は神龍の山。いったい
何が待ち受けているのだろうか。