サントリオ騎士団
自宅に帰ると、俺はリビングの椅子に座った。
ヒランヤはキッチンに行き、お茶を淹れる。最早自宅に居るかのようだ。
キッチンでお湯を沸かしながら、ヒランヤが言う。
「お茶はお茶でも、今日は普通に紅茶です」
普通に紅茶ということは、この国での主流は紅茶の方らしい。それではなぜ前回はお茶
だったのかというと――。
「たまたま手に入ったんですよ」
だそうだ。
ヒランヤは前回と違って急須ではなく、紅茶用のポットに紅茶葉を入れ、お湯を注い
だ。そして紅茶をソーサーに乗ったティーカップに注ぐ。ポットとソーサーとティーカ
ップは、わざわざ持ってきたのだろうか……。
「折角なので、持ってきました」
だそうだ。
ヒランヤは紅茶を二杯淹れ終わると、俺の前に一杯置いた。そして俺の正面の椅子に
座った。
俺は訊いた。
「それで、話ってなんだ」
ヒランヤは自分の紅茶を一口飲んで、答える。
「はい。まず謝らなければいけないことがあります」
「謝らなければいけないこと?」
「はい。昨日、オーガと戦ったとき、あのままオーガを倒すことができたんですけど、
敢えてあなたに任せたことです。あなたが人の姿でどのくらいの力が発揮できるか確認
したかったんですけど……申し訳ありません」
紅茶を置き、頭を下げるヒランヤに俺は手を振った。
「別に構わん。正直俺も気になってたしな。先程樹を殴ったら、折れたぞ」
「殴ったって聖域の、あの大きな樹をですか」
「ああ、そうだ」
「……どうやら人の姿になっても、十二天龍としての力はそのままのようですね。その
様子なら、人間の生活にもすぐ馴染めるでしょう」
「そのようだな」
人としての生活は前世で経験済みだ。だが、大樹を折れる力は前世になかった。人と
接するときは気をつけることにしよう。
謝罪が終わるとヒランヤは、
「ここからが本題なのですが……」と前置きして言った。
「ドルミルさんは、自分が十二天龍だと名乗り出る気はありますか」
「必要がないなら出ないな」
そんなことをしたら、今の生活が脅かされ、恐らく面倒くさいことになるだろう。でき
ることなら避けたい事柄だ。
ヒランヤは予想通りと言わんばかりに「ですよねー」と言うと、
「では、順を追って説明しますね」と言うので、俺はそれを了承した。
「ドルミルさんは、わたしたちが今居る国の名前ってわかりますか」
「ああ、もちろん。全くわからん」
「そうですよね。わたし以外の人と話したのって、昨日が初めてでしょうから、そう
だと思ってたんです」
ヒランヤは人差し指を立てる。
「ではまず、わたしたちが今いる大陸についてお教えしましょう」
「ああ。頼む」
「わたしたちが今いる大陸、オリジーネ大陸は五つに大きく分けることができます。ひ
とつはわたしたちが住んでいる国、サントリオ。もうひとつは軍事国家ヴィーゴ。そし
てもうひとつが聖王国ヴァロクです。ヴィーゴとヴァロクは仲が悪く、定期的に武力衝
突が起こっています。今のところは小競り合い程度ですが……」
ヒランヤは紅茶を一口飲んで、続けた。
「そしてもうひとつが魔族領です。領土の広さは三国よりも広く、定期的に魔物たちを
差し向け、人々を襲わせています。魔族領に面しているヴィーゴからは、定期的に被害
報告が上がっています」
「一昨日現れた魔物の軍勢も、魔族領から来たってことか?」
「はい。しかし魔族領の南側はヴィーゴの領土。サントリオはその南側にあるんです。
つまり、魔物たちはヴィーゴを無視してサントリオに来たことになります」
そうなると、ヴィーゴが手引きしたか、人が少ないルートを誰かが指示したか……。直
接サントリオを狙う理由が何かあるのだろうか……。どちらにしろ、今持っている情報
ではわかりそうにない。
紅茶を一口飲み、俺はヒランヤに訊く。
「あとひとつはどこなんだ」
「この聖域です。聖域の西側はサントリオに面していて、サントリオが管理しています。
しかし管理をしているだけで、正確にはサントリオの領土ではありません。東側はヴァ
ロクが管理していますが、こちらもヴァロクの領土ではありません。ちなみに、もしサ
ントリオが聖域を自分たちの領土だと主張すると、光の神ルーチェ様を信仰しているヴ
ァロクが黙っていません。カモリの森はルーチェ様が初めに降り立ったと云われている
聖域ですからね」
「なんで光の神とやらがここに降り立ったなんてわかるんだ」
「伝承にそう残されているそうですよ。まぁ、ルーチェ様の使いであるあなたがこの聖
域で目覚めたのですから、間違いないでしょう」
確かに、その通りかもしれない。しかし四十五億年寝ていた俺は、光の神のことなど憶
えていない。いや、俺がこの世界に来る前会った、あの金髪の女性がもしかしたら光の
神だったのかもしれない。しかし、本人がどこにいるかわからない以上、確認のしよう
がない。
話を戻そう。
「それで、昨日会った団長と言われていた女は、サントリオの騎士か」
「そうです。サントリオ王国騎士団団長ネーヴェ・トルメンタさんです。白髪の騎士の
方が副団長で、名はヴルカノ・エンツィオーネさん。金髪の若そうな騎士の方は、カス
カータ・トレンテさんです。領主様に会いきたそうです」
「ふーん。それで、お前が話したいのは、あの後領主に会ったときの話しか」
「察しがいいですね。その通りです。ネーヴェさんがこの町にやって来たのは、領主様
が送ってきた手紙に書かれていた内容の調査です。その内容とは、プリモの町周辺の魔
物の活性化と、眠り龍についてです」
眠り龍……。一昨日プリモの町の北門で魔物と戦った後、魔法使いの爺さんが俺のこと
をそう呼んでいたな。
ヒランヤは続けて言った。
「眠り龍について知っている人物はほとんどいないのですが、唯一領主のお抱え魔法使
いが知っていました。それと町中にも、古くからこの町に住んでいる一族の方は知って
いるようです。しかし知っているといっても、カモリに寝たきりの龍がいて、この辺り
一帯を守護しているという言い伝えしか知らないようでした」
「なるほど。だから知っていそうなヒランヤを連れて行ったのか」
「はい。その通りです」
まさか……全部話したのでは……。そんなことをしたら、俺の生活が脅かされんぞ。
しかし、ヒランヤは言った。
「あ、安心してください。多少脅しておいたので、ここに来ることは恐らくないでしょ
う」
そこまでしろとは言っていない。