マグワート
無事にハンターライセンスの発行と依頼の受注も終わり、俺とヒランヤは、北門から
外に出た。
北門でも兵士たちが大勢いた。その人数は、西門の兵の倍は居ただろう。そして西門
と同じく、ヒランヤに頭を下げる兵がいた。
北門を出ると昨日俺が破壊した石畳の道が見える。そして、その破壊した道を作業着
を着て、整備している人たちが十人ほど見えた。
俺とヒランヤは、その道を迂回しながら進んで行く。
ヒランヤが小声で言った。
「随分派手にやりましたね」
「数が多かったんだ。仕方ないだろ」
そのまま迂回路を抜け、石畳の道を進んで行くと、右手に獣道が見えた。
ヒランヤは、その獣道前で止まる。
「依頼書によると、この獣道を進んだ所に依頼書に書かれている薬草、マナマグワート
という薬草が自生しているようですよ」
「そうか。行ってみよう」
俺とヒランヤは、獣道へ入る。
辺りは木と草見えない、ひとひとりが通れるくらいの獣道を、俺が先頭になって歩く。
しかし聖域と違って、この森は太陽の光が差し込んで、結構明るい。誰かが間伐などの
管理をしているのだろうか。
しばらく進んで、森が少し深くなってきた辺りで、ヒランヤが言った。
「ありましたよ。マナマグワート」
「そうか。……ん? どれだ」
俺は辺りを見渡した。しかし……どれも草に見える。
ヒランヤは、
「これがマナマグワートですよ」と木の傍で屈み、一本取って俺に見せてくれた。
それは青っぽい草で、葉が羽状に切れ込みが入っている。それと、葉の裏側が白くな
っている。
これと似た草を見たことがある。というか、俺の足元に生えている。俺はその草を一
本取った。
その草はヒランヤが取った草とは違い、青色ではなく緑色だ。
「この草とは違うのか」とヒランヤに訊くと、ヒランヤは答えた。
「その薬草は蓬で、その薬草に自然が生むマナと云われる魔力が入ると、マナマグワー
トになります。なのでマナの発生量の多い深い森の中に自生することが多いんです」
「そうか」
一応理解はしたが、蓬って食べられるよな……天ぷらとか。
ヒランヤが草編みのバッグを肩に掛けたバッグから出す。
「これに入れましょう」
俺とヒランヤは、マナマグワートを採取し始めた。ついでに普通の蓬も俺は取った。
しかし、この辺りに蓬はあまり生えていない。獣道を戻った所にもっと生えていたはず。
戻って採取するか……いや、『マナマグワートの採取』が依頼だった。
草編みのバッグに蓬とマナマグワートを入れると、それを見たヒランヤが言った。
「ちょっと、混ぜないでもらえます? 今新しいバッグ出しますから」
怒られてしまった。ところでヒランヤはどれだけバッグインバッグしているのだろう
か。
その後、マナマグワート用のバッグと蓬用のバッグを同じところに置き、俺とヒラン
ヤは黙々と周辺の蓬とマナマグワートを採取した。
そろそろ日が傾く頃合いで、バッグのある所に戻ると、ヒランヤがバッグの置いてあ
る所で待機していた。
「これくらいあれば十分でしょう。そろそろ帰りましょうか」
見ると、マナマグワートはバッグ一杯になっていた。ついでに蓬もバッグの半分くら
いになっていた。
「ああ、そうだな。そろそろ日も暮れそうだし、帰ることにしよう」
俺は、『これくらいあれば蓬の天ぷらが十分堪能できそうだ』と考えていると、ヒラ
ンヤが相変わらず不気味な笑顔で言った。
「何か、別のこと考えてません?」
「いや、そんなことはない」
鋭い……。気をつけよう。
俺はマナマグワートの入ったバッグを持ち、ヒランヤが蓬の入ったバッグを持つ。
通ってきた獣道を戻り、帰路に就く。
プリモの町に続く道に戻った辺りで、ヒランヤが言った。
「ところでこれ、どうするんです」
ヒランヤは蓬を指して言った。
「天ぷらにする」
「なんですか、天ぷらって」
この世界に天ぷらはないのか。
「油と小麦粉があれば作れる。作り方を教えてやろう」
俺は天ぷらの作り方をヒランヤに教えた。教え終わるころには、プリモの町の北門に
到着していた。
石畳の道を補修している作業員に頭を下げ、迂回路を進む。
そういえば、魔物とは出会わなかったな。まぁいい。このまま依頼を完了してしまお
う。俺はそう思っていた。しかし、プリモの町の北門を通ろうとした時、突然後方から
叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれえええええぇぇぇ!!!」
叫び声のした方向を見ると、兵士の一人がこちらに向かって走ってくるのが見える。
そして、その兵士の後方に大きな人型の魔物が三体居るのが見えた。
ヒランヤがバッグを門番に押し付ける。
「ちょっとこれ、預かってください」
急なことに驚いた門番は、目が点になりながら、
「あっ、はい」とバッグを受け取った。
ヒランヤはそのまま魔物の方向に駆けていく。俺もマナマグワートの入ったバッグを
置き、後を追った。
道の補修をしていた作業員たちが、叫び声を上げながら北門に向かって駆けてくる。
俺とヒランヤは、そのひとたちをとは逆方向に駆ける。
補修工事をしていたガタガタ道過ぎた辺りまで来ると、魔物たちが良く見えた。
三体の魔物は、赤色の体で牙が生えている。まるで鬼のようだ。いや、オーガと言う
べきか。
魔物に追われていた兵士がヒランヤを過ぎると、ヒランヤは杖を翳した。
「アースクエイク!」
魔物の足下に亀裂が走り、揺れる。三体の魔物たちは足を取られ転倒した。
俺がヒランヤの所に到着すると、ヒランヤは言った。
「魔法を詠唱する間、足止めを頼んでもいいですか」
「わかった。できるだけやってみる」
俺はヒランヤの前に立ち、構える。
相手は俺よりも二メートルほど大きい魔物だ。人の姿でどの程度戦えるかわからない
が、魔物たちをこれ以上町に近づけるわけにはいくまい。
魔物たちが体勢を立て直し、こちらに向かって吠える。
「グオオオオオォォォーーーー!!!」
ヒランヤが後方で魔法を唱えるのが聞こえてくる中、魔物たちが進行し始めた。
武器など持っていない俺は、拳で戦うしかない。元の姿に戻ろうかと考えたが、後ろ
に兵士や補修工事をしていた作業員たちがいるので、止めることにした。
魔物たちが俺の目と鼻の先まで来る。俺は拳を構え、突き出そうとした。その瞬間、
目の前の三体の魔物はバラバラになり、俺は魔物の血の雨でベタベタになった。
魔物がバラバラになり倒れると、倒れた魔物の後方に人が立っていた。その人物は軍
服の様な服を着た、髪の長い女性だった。そしてその女性の手には、血に濡れた剣が握
られていた。