第6話 気難しい依頼者
その老人が診療所に来たのは、昼下がりだった。
季節外れの冷たい風が吹き、薬草棚のラベンダーが乾いた音を立てる
「肩が痛ぇ。腰もだ。足も気分も全部な」
受付にいたブリュンヒルドが目を瞬かせる。
「えっと……つまり、全部ですか?」
「全部だよ。お前みたいな若いのにゃ分からん」
そう言い捨てた依頼者は、灰色の外套を肩に羽織った、いかにも不機嫌そうな老人だった。エルフスリスは奥の棚から薬包を取り出しながら、そっと目配せを送る。
「私が診ましょう。こちらへどうぞ」
「おう、……“元”聖女様に診てもらえるのかい」
皮肉混じりの言葉。だが、エルフスリスは何も言わずに椅子を指差した。
老人はぎこちなく腰を下ろし、ぶつぶつと文句を言いながら腕をまくる。
「若い医者は信用ならん。すぐ『年のせい』で片づけやがる」
「年齢は関係ありませんよ。痛みは痛みです」
その一言に、老人の口がぴたりと止まる。
診察の間、エルフスリスは淡々と対応を続けた。ときおり視線を外し、必要以上に感情を表に出さない。
やがて、診察が終わるころ。老人はぽつりと呟いた。
「……なんだかな。元気を吸い取られるな」
「え?」
「人間には2種類あるんだよ。会って話してるだけでエネルギーをもらえる人間と、逆に、元気を吸い取られる人間と……。あんたは元気を吸い取る方のタイプだ」
それは、悪意ではなかった。 むしろ率直な感想として、少しだけ残念そうな声だった。
「あんたを見た時に、昔に会ったことのある娘に似ている気もしたが、その娘はもうちょい……あれだ、よく笑ってた気がするから、たぶん違う娘なんだろう」
エルフスリスは答えなかった。
ただ、胸の奥で、何かが静かに引っかかった。
幼い子供であれば、よく泣き、笑い、そのときの感情が表に出やすいものだ。昔の自分も、すぐ感情が顔に出て、兄にも父にも、よくなだめられていた気がする。
そうではなくなったのは、いつからだろうか。神殿での日々が始まった頃だったか、もっと前だったか……。
老人は立ち上がると、まるで気まずさを隠すかのように早足で出ていった。
「元気を吸い取るって、ひどい言い方。……あたしは、エルといると楽でいられるよ」
その言葉に、エルフスリスは返事をしなかった。けれど、棚の薬草に手を伸ばす手が、わずかに止まった。