第4話 貴族令嬢でなく聖女でなく
診療所の朝は、しばらく穏やかだった。
けれど数日が経ち、再び扉の前に、小さな行列ができ始めた。
「……なんでまた増えてるんだ?」
ウィンフレズが眉をひそめる。
エルフスリスが瘴気傷の青年を癒してから数日、最初は静かだった噂がじわじわと広がっていたらしい。
「肩こりに眠れないに食欲不振……ちょっとした相談でも来るようになっちゃったのか」
「別にいいじゃない。人が来てくれるのは、良いことよ」
「まあ、な。……でもお前いいのか? 元・聖女って知られることになって」
「肩書を求めてる人なんかいないわ……」
エルフスリスは静かに答えた。
「肩書に釣られてじゃないとしたら? なんでこんなことになってるのかね?」
「……別に、なんでもいい。誰かの役に立っているって感じられるのが嬉しいから」
◇ ◇ ◇
昼を過ぎたころ、冒険者ギルドの女頭領、ミルドギフ・アイアンハンドが現れた。
「よう、話は聞いてる。すげえ癒し手がいるってな」
「噂が広がるの、早すぎない?」
「こっちは情報が命だからね。あんたに助けられたあいつ、もう随分元気になってる。礼を言いたくて来たんだ」
ミルドギフの「礼を」という言葉に、エルフスリスは少し目を見開いた。
冒険者というのは、もっと粗雑な人種だと思っていた。だが、目の前のこの女頭領は、ごつい腕を組んだ無骨な見た目とは裏腹に、名も知らない自分に礼を伝える、ただそれだけのために来たのだという。
「ありがとう。助けてくれて」
ミルドギフは礼を伝えた後に続けて、彼女の腹心でもあるブリュンヒルドについて語る。
「それと、あたしの妹分もずいぶん世話になっているようだ。どうもあんたのこと、気に入ったらしい。やかましいけど悪い子じゃない。ま、知ってるだろうけど」
「……ええ、よく知ってるわ」
ブリュンヒルドの顔を思い浮かべ、エルフスリスはわずかに微笑んだ。
「で、ついでに言うけど……あんたって、ちょっと感情表現が薄いね」
「感情表現が薄い……?」
「良くも悪くもだけど。感情を素直に出してない印象だよ。あの子と正反対だね。でも裏表や駆け引きではなさそうだ。あの子は、理屈抜きでそういうのに敏感だからね」
エルフスリスは静かに頷いた。
この町では、立場や肩書でなく人としてのあり方でみられている。そのことが少し怖くもあり、少しだけ気が楽だと感じられた。