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虚実の王とドッペルゲンガー  作者: ジュウ
1 この世界はバグっている
2/2

2.シーナ・アルカン

コツコツと一定の足音を鳴らしながら廊下を歩く少女。

 整った顔に、美しい銀色の髪、そして15歳の少女らしい体つきは15歳から成人として扱われるこの国では誰もを魅了する。

 ただし、彼女に声をかけようとするものはいない。王族である彼女にそんなことをしようものなら、いとも容易くその命が散ってしまうのだから。

 そんな彼女…シーナ・アルカンは思い詰めた様子でこの街道を歩いていた。

 「はぁ…お父様は何を考えているのでしょう。」

 目指しているのは聖堂だ。先日、国王である父から召喚者を歓迎する準備をするようにと命令が下った。

 召喚者というのは伝承として伝えられている存在であり、異界の地からやってくる救世主なのだそう。

 だが、この世界でそのような者が現れた記録はここ300年はなくおとぎ話程度にしか誰も捉えていなかった。そんな存在がやってくると言い出したのが国王ということである。

 「…なんですか、天使がどうのこうのって…今は魔王の進行を少しでも遅らせ、ドッペルゲンガー問題を解決することが最優先でしょうに」

 聞くところによると国王は、先日夢で天使に出会ったそう。そこで近々召喚者が聖堂にやってくると教えられたそうだ。だが、どこまで言っても夢であることには変わらないため、命令に従いつつもその言葉を信じているものはいなかった。

 「せっかくお兄様が一柱を大きく消耗させてくださったのに…これではその功績も無意味になってしまいます。」

 それもまた先日起きたばかりのことだった。この国の近くに拠点を置いていた魔王を彼女の兄ゼーレス・アルカンが大きく消耗させ退かせたと報告が入ったのだ。ゼーレスはこの国の中で最も強い戦士であり、騎士団長を努めている。そんな地位につきながらもおごった様子はなく、根はとても優しい青年であるため、人々から支持されている。シーナもまた、そんな兄のことが大好きであり尊敬していた。そのため、その報告を聞いたときは我が事のように喜んだし、父から下った命令によって兄の功績を無駄にされるのに怒りを覚えていた。

さらにはこの国を含む各地の国家で魔王とは別の問題があった。それがドッペルゲンガー問題だ。人類国家は協定を結んでおり、魔王という脅威を完全に退けるまで協力関係を作るとしている。そして、定期的に魔王の地域に軍を派遣しなるべく敵の戦力を減らそうとしていた。最近までそれは有効な手段として頻繁に行われていたのだが、ある日から問題が生じるようになった。

魔王領から帰還した戦士たちの中にドッペルゲンガーと言われる存在が含まれていたのだ。ドッペルゲンガーというが、彼らが実際何なのかは分かっていない。彼らの肉体自体はどれだけ調べても元の戦士と何ら変わりない。しかし、彼らを知る人からすると何やら違和感を覚えるらしい。そして、定期的に「ドッペルゲンガー」と呟きその時だけは肉体検査をすると元の戦士とは異なる肉体だということがわかるのだ。ただし、それが長く続くことは無く、ある時パタリとその様子が落ち着きそれからはまた元の肉体と遜色ないという結果が出るようになるのだ。

今のところ何かしらの害はないのだが、このような奇妙な現象がいつ牙を向くかわからない以上警戒をしている人間は多かった。

シーナもまたそのうちの一人であり、多くのところで動いていたため邪魔をされたという事実もまた怒りの原因となっていた。

「っと、つきましたね。お父様によるとあと10分後だそうですが、本当に来るんでしょうかね…何も起きなければさっさと帰って文句の一つくらい言ってやります!」

 聖堂に入ると何人かの騎士が集まっていた。そして、やってきたシーナを見かけるとそのうちの一人がやってくる。

「お疲れ様ですシーナ様。来る途中でトラブルなどはありませんでしたか?」

「ええ、問題なかったわ。マレリア…今更だけど王女を一人で出歩かせる国ってここくらいよね。…隣国のルナ王女はあんなに警護が厳重なのに」

「同感ですね。すっかり慣れてしまいましたが、普通に考えればかなり問題のある行為です。…しかし、許してあげてください。陛下は極度の心配性であなたを心から愛しているが故の行動なのです。」

「どれだけ心配性だったとしてもここまでひどい考えにはふつう行きつかないと思います。」

 極度の心配性と娘のことになると人間不信にすらなってしまうほどに国王の愛情は重く、自分の側近や信頼している騎士たちをですら娘のそばに置くのを嫌った。娘が心を許したのをいいことに悪事を働きかねないと思ったのだ。その結果一番安全なのは娘のそばには誰もおかず自由に行動をさせることだという考えに至ったのである。

 「こうやって必要最低限は許してくださいますけど、あまりにも不便極まりないです。」

王族という立場上、出席しなくてはならないパーティーや膨大な量の仕事、さらには常日頃から身の安全を守るため警戒をしなくてはならなかったりと、気を許せる存在が近くにいないというのは本当に不便でストレスだった。

「…もしよろしければ私から陛下へ話しておきましょうか」

「いいえ、大丈夫ですよ。もし話がうまく進まなかった場合、やっとつけた副団長の座を下ろされてしまいます。それに、たまにこうやってあなたと話せているだけでもそれなりに気が抜けますから。」

「ありがたい限りです。」

「…ところで、マレリアはお父様の話をどう思いますか。」

「召喚者の話ですね。…私は本当ではないかと思っています。」

「そうですか…」

「そういうシーナ様はその様子を見る限り、信じていないようですね。」

「当たり前です。だって、天使ですよ?天使なんておとぎ話に出てくる存在じゃないですか。」

 この世界には誰もが知っているおとぎ話がある。遠い昔、人間と魔王の間で大きな衝突があった。かつての人々はとても強く、魔王の力を前にしても戦えていた。衝突はより大きいものとなっていき、ついには天使をも巻き込んだ。激化していく戦争を止めようとそこで立ち上がったのが魔王の一柱と天使の一柱である。二柱は協力をして今回の衝突を生み出した黒幕を見つけ出し、滅ぼすことで終わらせようと考えた。しかし、黒幕を倒そうとも衝突は止められないところまで進んでおり、激しくなる一方だった。魔王は自らが介入することでそれを止めようと前線で動いたが、彼の言葉に耳を傾けることは無かった。そして、この世界に存在していた魔王と人間が完全に滅びることで衝突は終わりを告げた。止めようとした魔王は衝突に巻き込まれ、その存在もまた帰らぬ者となった。そんな姿を見た天使は絶望し、悲しみ、嘆いた。そして、涙を流しながら、歌を歌ったのだ。すると彼女の体から光があふれ、世界を包み込み、今の世界のもととなる世界が構築された。

 「おとぎ話で片付けられるような話でもないですけどね。実際、過去をさかのぼって研究していくと、あるタイミングで途端に歴史に関する情報がきれいさっぱり消えてしまっているらしいですよ。それこそ今研究で分かっている300年より前がそれらしいです。」

「そんなことがあるんですか…?」

「らしいです。この世の中には神秘とされることも多く存在しますからね。例えばこんな感じ神々しい光とか………………え?」

「え?」

 その瞬間聖堂の真ん中に大きな円が出現する。それには数えきれないほどの文字と記号が書かれており、眩しいほどに光を放っている。

「ま、まさかお父様の言っていたことが本当におきているんですか!?」

 騎士たちもまさか本当にこのようなことが起きるとは思ってもいなかったのか、茫然としている。

「…っ…!全員その場から離れろ!シーナ様!私の後ろに!」

 流石副団長といったところだろうか。正気を取り戻したマレリアはすぐに退避するよう命令を出し、シーナを守るようにして前に出る。

 次第に光は強くなっていき、聖堂を包み込むようにはじけた。

「え?」

 そして、光が小さくなっていきあたりが見渡せるようになると聖堂の真ん中には20人ほどの少年少女たちがいた。


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