風邪引いて熱出た時の夢を現実と思い込んで婚約破棄するとか…
「近鉄バ・ファローズ!お前は婚約破棄だ!」
卒業パーティの最中、婚約者の王子は私に婚約破棄を突き付けた。
「殿下、それも『前世の記憶』とやらですか」
「そうだ!」
(よぉー、ドドドンド、ハッ!)
十二年前、王子は高熱を出して、それ以来前世の記憶に目覚めたと言い始めたらしい。そんな王子は、婚約者として来た私に対し、聞いてもいないのに前世の記憶の内容を話し掛けて来た。
「ドラエンモールって漫画があってさー、7つ丸書いてちょんして完成する奴に願い事を言えば何でも叶うって作品でー、俺、それに出てくる主人公ノビロットとライバルのデキータが好きなんだけど、一番俺に近いのはテンジャイマンかな?」
「は、はあ」
会う度に一方的に聞かされる、知らない世界の知らない作品の話。私の心には強いストレスが掛かっていた。
「今日は漫画じゃなくてゲームの話をしよう!俺達の居るこの世界は、とある乙女ゲームの世界で」
「はいはい」
いつしか、私は王子の言葉を右から左へ聞き流し、時間が過ぎるのを待つだけの日々を過ごす様になった。暴力を振るったり暴言を吐いている訳では無く、ただ婚約者である私の気を引こうとしているだけだから、それを責める事も出来ず、私は一生この人の話を聞き続けるのだなと諦めの境地に立っていた。
(よぉー、ドドドンド、ハッ)
「おい、話を聞いてるのか!婚約破棄だ。婚約破棄!さっさと、頷けよ!」
「はい、分かりました。その婚約破棄を謹んで承ります」
「いやッッッたあー!これでハッピーエンドだぁー!」
念願の婚約破棄が叶った事で、王子はガッツポーズをしていた。私も、ようやく終わると思いガッツポーズ。が、王子は周りから白い目見られて、次第に不安になり始める。
「あ、あれ?ここで婚約破棄すれば良いんだよな?おい、何で誰も喜んで無いんだ?」
自分の思い描いた結果にならなかった事に王子は困惑し、顔を真っ青にして震え、やがて泣き出した。
「な、何でえー!なーんでーえ!」
「殿下、お教えしますわ」
彼の泣き叫ぶ姿が見れて、多少溜飲が下がった私は、答えを与えてあげる事にした。
「そもそも殿下は、どうしてこんな場で婚約破棄したのですか?」
「だ、だって前世の記憶ではそうだったから…」
「その前世の記憶というのは、どんな経緯で得たのですか?」
「前にも言っただろ?十二年前に高熱で倒れた時に思い出したんだよ」
「殿下…それは風邪を引いた時に見た夢です」
私がそう言った途端、王子は固まった。
「ゆ、め?つまり妄想?」
「はい、全て貴方の頭の中にしか無い物語で、現実とは一切関係無いです」
「う、うすぉだ!だ、だって俺見たもん!テンジャイマンがリサイタルでラスボスの第二形態足留めする所さんを!俺の頭だけで、あんな夢作れるはずが無い!どこかで見聞きした、実在する記憶ううううう!」
「それについては、私が話そう」
ビタァァン!
王子とそっくりな顔をした男性が階段から飛び落ち颯爽と現れた。
「お、お前は俺の双子の兄!」
「そう、ぉ前の兄だ。ランボよ、今こそ真実を話そう。私には前世の記憶がある!」
床に倒れたまま顔をキリッとこちらへ向け、兄王子様が説明を続ける。
「私は母の胎内に居た時に前世の記憶を思い出した。そして、それは一卵性双生児であるお前の中にも流れ込んだ。だが、お前には前世の記憶を受け入れる土台が無かったのだ。あくまでも、私の前世の記憶だからな」
兄王子様の言う通りだった。兄王子から王子に流れ込んだ前世知識は脳を圧迫し続け、高熱を引き金としむちちゅじ、むちゅちゅじょ、無秩序に溢れ出したのだ。
「そ、それじゃあ、ドラエンモールは無いのか」
「お前の頭の中で二つの人気漫画が混ざって生まれた、お前の頭の中だけにしか無い妄想の産物だ」
「そうですわ。前世知識だと思って妄想を垂れ流す貴方の話を聞いているのは、この世界の住人にも苦痛でしたが、前世知識を持つ私達からすれば更に腹立たしいものでした」
私が兄王子様と同じく前世の記憶持ちだと告げると、王子は顔を掻きむしりながら怒鳴りだした。
「全部知っていたなら、最初から言えよー!眉毛ボーン!何でぇ黙ってたんのーん!ゲリラっぱー!」
王子は倒れている兄王子様の頭に足を乗せて体重を掛けながら問い掛ける。
「ランボよ、お前には教えて無かったが、実は転生者はこの世界にそこそこ居る。だが、お前の様な前世知識を処理出来ないケースは初めてなのだ。世の為人の為に観察し、何一つストレスを与えぬ様に育て経過を観察する必要があった。だが、それももう限界だ」
「武田鉄矢?それは武田鉄矢か?」
兄王子様の言葉を聞き返した王子だったが、彼の言語能力は既に完全に終わりを迎えていた。
「赤い帽子の配管工ルパンルパーン。日経平均株価は体脂肪率5%を下回り、僕はテンジャイマンじゃありませんでした」
王子の全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。小さな脳に流れ込み続ける情報が、神経にも異常をきたしたのだ。
「僕が誰ですか?テンジャイマンですか?いいえ違います。僕はマスターサターンです。サターンは読者から一番嫌われています。弱いのに突然現れて、主人公達のバトルの尺を奪うからです」
王子は急速に年老いて、そして腐る。情報の洪水に耐えきれず、命を維持するリソースも無くなっていったのだ。
「いやー、映画って本当に良いですねさよならさよならさよなら」
最後に残っていた舌も液化し、王子だったものは完全に消えてしまった。思ったより早く死んだな。私が抱いた感想はそれだけだった。
それから十年後、王子の死により私は自由と莫大な報酬を得て、三人の夫と暮らしていた。そんな私の前に、久しぶりに兄王子様が現れた。
「相変わらす贅沢三昧の様だな」
「悪いですか?貴方が私にお金をくれたおかげですよ」
王子の婚約者にさせられるよりも前、私は転生者である事を隠して生きてきた。それは、この国では重大な法律違反であり、兄王子様に正体を見破られた私は、ファミコンのカセットを半分だけ差した様な状態の男の婚約者にされてしまった。
彼が死ぬか、彼自身が別れたいと言うまで世話をして経過報告をする事。それが、私の罰だった。私は一生を出来損ないの世話に費やすのだと諦めていたが、卒業パーティでの婚約破棄及び死亡により契約は終わり、若くして大金を受け取る事が出来たのだ。
「兄王子様、私はあの男に感謝しています。彼が自滅したおかげで、私は本来の予定よりもずっと早く罪を償えたのですから。もし、他の奉仕作業を命じられていたら、私は一生を奉仕に費やしていたでしょう」
「いや…、お前は期待通り生涯を奉仕に費やしてくれた」
「え?何の事です?」
「医者の話では、そろそろと聞いているが」
兄王子様はそう言って時計を確認した。
「兄王子様、一体何が始まるんです?第三次世界大戦ですか?」
「お前も脳に異常のあるサンプルだった。ランボ程では無いが、全く違う二つの人生を整理して理解するには脳の容量が僅かに足りていなかった」
「当たり前田のクッキークリッカーという事で?」
「あの実験はぉ前の観察も兼ねていたのだ。ランボはストレスを与え無い事で余命を引き延ばす実験。お前は、ストレスを与え続ける事で終わりを近付ける実験」
私の全身から一気に汗が吹き出た。いや、そんなハズは無い。私は正常だ。それを示す為に、普通に喋れる事を伝えれば良い。
「ハワイ、ハワイ、ワイはハワイ!」
「あの卒業パーティでランボが死に、お前を自由にする前に健康診断しただろう?その時に脳の内側からの破裂が確認された。お前が夫と思っているのは全員医者で、定期的に私に病の進行を伝えてくれた」
「日本では交通事故で五分に一人怪我をしている。マルカバツか!」
違う、違う、違う。私はちゃんとした転生者だ。あの王子とは違う。何で説明してるのに、兄王子様は分かってくれないんだ。
「さあ、もうすぐ爆発するぞ。自分でも確認するがよい」
兄王子様は私に手鏡を持たせた。そこには、頭がどんどん膨らむ私の顔が映っていた。
「チャンネル登録高評価お願いしますー!」
ばん。
風船を割った様な音がして、私の頭は破裂した。
「これにて、実験終了。りょう。了解道中膝栗毛〜」
ぱん。
私から数秒遅れて、兄王子様の頭も破裂した。
どうせヒューマンドラマでやれと言われるだろうから、ヒューマンドラマに投稿しました。
前世がキチガイだったり、前世を得て価値観バグったのは結構あるけど、前世を得る事でエラーが発生したとされるのは無いなーと思い描いてみた次第。グラップラーマトリックス。この話では、王子がエラーが見つかった観察対象、語り手の婚約者が観察者で観察対象、あに応じがご飯がススム君でした。プラズマテレビくんはポケモンバトルに強く、油汚れに弱いのでエアコンの温度には気を付けてくだしゃ
ぺ。