ゲームプラン
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
ではご覧ください。
「グランドファイナルにリセットをかけました!シテ選手の圧倒的な対策にモグリ選手、一方的にやられてしまいましたが、ここから巻き返しなるか!?」
お互いにコンディションは万全に近い。だが、相手を知っているのと知らないのとでは雲泥の差があった。
花月にとって火鉢は一五年以上憧れ、超えようと藻掻き続けた存在。年月をかけて練り上げられた”火鉢にしか通用しない対策”は観客には美しいとまで見えた。
今大会を含め、ダブルエリミネーションと呼ばれる大会の形式では誰でも一度負けてもまだ大会には参加し続けられる。それは最終決戦も例外ではない。グランドファイナルの場合リセットとなり、また同じ組み合わせでリセットとなる。
再びジャンヌ対チャップリンの試合が始まる。一ラウンドを取ったところで火鉢は違和感を覚えた。
(わざと負けに行ってる……? 燃え尽きたか? いやまさか。油断? それも違う。何かを狙うにしてはラウンドを譲るのはあまりにハイリスク。なら何かに気を取られたか)
確かにそう考えた。二ラウンド目、先の違和感を払拭するように花月は攻めの姿勢を持ち直した。ただ、リセット前の試合で滅多に暴れなかった花月が途端に暴れだしたり、リスキーな行動を取るなど、端々に違和感は拭えなかった。
ファイナルと付く対戦は二本先取から三本先取へと変わる。確かに、一本取られた程度、今の花月にとってはなんてことないのかもしない。お試し感覚でキャラを使うなら三本先取というルールは適合している。
その違和感が、確信へと変わる。
「一本取られてしまいましたシテ選手———。おっと!? ここでキャラ選択画面に戻ります。シテ選手が選ぶのは……まさかの甚助!?」
甚助という、チャップリンと並ぶ今作屈指のマイナーキャラ。何より、壇上の可否を含め今大会で負けた時であろうと強敵と見えた時であろうと一度も見せていないキャラピックに実況から観客へと混乱が波及していく。ただ二人を除いて。
「花月のやつ、これを狙っていたのだな。マッタク、読めぬ奴だ」
『花月らしいですね。一本を払ってキャラピックという権利を得た』
アレフとミダレは共に笑い合った。
手繰り寄せるにはあまりにか細い糸。どこで途切れてしまっても可笑しくない。誰かが気紛れに火を近づければ、否、それどころか手で払ってしまえば切れてしまう蜘蛛の糸。それを花月は手繰り寄せた。
そう。如何なる大会であろうと、勝利者側のキャラ変更は認められていない。つまり、花月はキャラ変更をするためだけに三個しかない命の一つを差し出したのだ。
本来、キャラ変更を意図して出すことはない。それは常に最高水準で出せるキャラクターを最前線に置きたいという格闘ゲーマーなら誰しもが持つ潜在意識が為である。プロになるプレイヤーの中にはその最高水準を複数維持出来る為に”キャラを被せる”というオンライン上では考えられない興味深い対策をしてくるのだが、今回は絶対に違うと言い切れる。
何故なら、火鉢の使用するキャラクターは日を見るより明らかだからである。火鉢は確かに複数のキャラクターを高水準で扱える。だが、それでも今大会ではジャンヌのみで戦っていたし、彼の配信をチェックしている花月が『火鉢が現段階最も使役できているのがジャンヌ』であることは何よりも理解しているだろう。だから、ジャンヌならこっち、と使い分けているのであればハナッからキャラを被せればいいだけである。
「狂ってるな。コイツ」
火鉢は畏れ気味にそう呟いた。最初に持ったのは、火鉢でなれば気付かなかったほどの違和感。それに対して対応されると思い違和感の差異を火鉢ですら気づかない程に小さくした。それは言葉にするにはあまりにも簡単だが、対戦ゲームでそれを行うのは不可能に近い。どうしても日頃行っている”癖”でボタンを押してしまうものだ。そのボタンを押すタイミングを数ミリ秒程度遅らせたのだ。それは、人間では本来成し得ない、否、成し得てはならない悪魔の選択肢だ。
「甚助。今大会、壇上では初めて見ますが、解説のまーちゃんさん。彼はどういったキャラでしょう?」
「甚助はDLC第一弾のキャラクターですね。居合の達人です。軌道の変化する斬撃”抜刀・閂”、それを軸に戦うキャラですが、難しいのがボタンを離すまでは構えを維持する点です。その間は大きく移動が制限されてしまう代わりに、抜刀・閂のリーチは忠勝に筆頭します」
甚助は個性の強い神喰ライのキャラクターの中でもトップを争う程小難しい性能をている。先程のチャップリンと同じ点を強いて挙げるとすれば、切り返しの無敵技が奥義しかない点のみだろうか。少なくともどちらかが扱えればもう片方も扱えるというほどシンプルな性能をしてはいない。
「さぁ、ひー先輩。あの日のリベンジだよ」
瞬きの回数が極限まで抑えられた瞳が横目に火鉢を捉える。火鉢もまた、それに応じた。
花月の甚助は半年以上前に一度ゲームセンターで見たきりだった。最新作で登場してから息抜きに使うことはあれど、大会の、更に言ってしまえば雌雄を決する大舞台で使ってくるほどに使い込んでいるということは、配信を流し見で見ていた火鉢ですら知らなかった。
だが、花月が配信外で甚助を触らなかった日は一日としてない。その個性の強さ故に一度手放したら取り戻すのに時間がかかることは周知していたからである。そして、火鉢が大会に出ることを知った時から、甚助だけは火鉢以外に出さないと心に決めていた。それは慢心か? 違う。チャップリンと言う全く性質の異なるキャラクターを意識させるためである。存在がないと思わせる程に花月は切り札となるカードを隠すことに徹底していた。
火鉢の反射神経は半年前にゲーセンで戦った時よりも落ちている。それはこの数試合で確信を持てた。チャップリンを使っていたのはそれも関わってくる。
問題はそれがどこまで落ちているかだった。
花月の考えていた【|甚助による火鉢の倒し方】は火鉢を抜刀・閂での攻撃と、構えを解除することでの無敵と投げへの対応。この対策を実施する為には火鉢が構えから抜刀・閂を見て、そこからボタンを入力できるか否かが重要になってくる。抜刀・閂を見てから入力できるのであれば、このプランは瓦解する。そしてグランドファイナルと先の一試合で反射神経が花月が想定する範疇に収まっていることを把握できた。
読みが通った。
ならばどうするか。簡単だ。次の対策で覆い尽くす。
しかし、王は強かった。強いが故に王の座を奪うことができたのだ。
一ラウンドを取られた火鉢はすぐさま甚助に対応。抜刀・閂と構え解除のタイミングを花月ならこうしてくるだろうという読みで見切り、方向キーで無敵技のコマンドを入力しておき、ボタンを押すタイミングを数ミリ秒遅らせた。王もまた、悪魔。
ファイナルラウンド。再び花月は抜刀・閂のタイミングを意図的に遅らせ、無敵技を釣る。悪魔に勝つのは神ではない。悪魔だ。
そのはずだった。
花月の唯一のプランミス。それは火鉢の反射神経が読みを使うことによって全盛期に近づきつつあるこということだった。判断するタイミングが花月の脳内にいる火鉢より早い。それはミリ秒よりも僅かな、ゲームに反映されるか否かのギリギリの瀬戸際の速度。それは抜刀・閂をガードし、構えで様子を見るならその硬直に投げをしかけることが可能なまで洗練されていた。
兵器の帰還に会場が盛り上がる。しかし、ミリ秒よりも小さな、しかしゲームには膨大に反映されるせめぎ合いに気付いているのはアレフやミダレを含め、対戦している二人以外に誰もいない。実況すら気付いていない。
「さぁモグリ選手優勝に王手です!シテ選手はここで持ちこたえることができるか!?」
二対〇。花月の唯一のミスが火鉢の王手を招いた。
次の試合に移る。
抜刀・閂は、二度ガードの選択肢を迫れる。一度目は入力するボタンによって切り替わる上下のガード択。そしてそこから派生する”変化”による上下択。火鉢はその弾丸のような速度で飛んでくる斬撃に対して全てガードできる。
と、思っていた。
ただの派生なら、方向キーを下に入力するか否かなので簡単に分かる。だが、変化には甚助プレイヤーにしか気づけないもう一つの選択肢があった。
派生の遅らせである。派生をしてこないと踏んだ火鉢の反応速度が仇となった。
二対一。少し勝利に近づいたが、まだ遠い。そしてもう、キャラ変更は出来ない。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
ここの花月の対策、というか「わざと負けて別キャラを出す」みたいなことって少なくとも私の知っている格ゲーシーンでは見たことないんですよね。というのも作中でも語りましたが、本来最高水準のキャラでどうこうするのが基本だと思うんです。ただ、例えば弾キャラに対してだけはこのキャラを出す。みたいなそういう対策はあるんでしょうが……。兎角、リアルでやろうとはしないでくださいね。保障はできません。
それに、これが花月の用意した何よりもの火鉢対策なんです。downloadedという言葉があるように、この人はこのキャラだな。とインストールしたハズなのに、実際に戦ってみると「このキャラ出してくる!?」みたいに予想外のキャラ出されると一旦ダウンロードが止まるんですよね。何ならリセットされるまで思ってます。
この発想は実はこの二人のオフの対戦を取り扱うにあたって真っ先に考えていたものです。ただ、これが本当に大会シーンにおいて使えるのか、というのが心配だったんですが、今年の冬に行ってきた公式大会で、一回戦目に当たった対戦相手が似たようなことをしてきましてね。負けたんですが……、それのお陰で確信をもってこれを書くことができました。
さて、大会編は次回にて最終回です。サテどちらが勝つんでしょうねぇ……。私はひねくれ者ですからね。存外な回答を用意しているかもしれません。マァ、カクヨムでご覧になっている方はもうご存じかと思いますが。
ではまたお会いいたしましょう。




