狂乱は五分後
世に言う、天稟とは、火鉢の考え得る限り存在し得ない。誰もが比類なき努力を積み重ね、天才となる。しかし、絶類な反射神経を持つ火鉢が考えるのもどうかと思うが、生まれつきのものは憑いてくる。例えば、配信者になりたければ声の持つ性質なんかがそうだ。向いている向いていないはどうしても存在する。
何故これを思うか。火鉢達は今、勝負の瀬戸際に置かれているのだ。
時は約二十分前に遡る。
「さぁ、気張るか」
「でびるよ。今日、また会えたことを光栄に思うぞ」
『こちらこそですよ!先生達とまたチームを組めるなんて最高です!しかもこのトプレで!」
桜花杯|Top of Legend部門開幕である。
格闘ゲーム部門として入った火鉢がFPSに参戦するのは話題となり良いのではないか。そして何より三ヵ月後に迫った神喰ライ絶火初の大規模大会に向けての息抜きになるのではないか、とマネージャーから提案されたのが切っ掛けで応募した桜花杯。彼女の予想は大いに的中し、火鉢とアレフを格闘ゲームで知った者たちへと波及。でびるとの共闘効果もあってか予想以上の視聴者が駆け寄ることとなった。
その二人と組むのは桜花杯神喰ライ部門でも共に戦った火鉢の教え子、VTuberの竜頭でびるである。色素の薄い幼い出で立ちのアレフとは対象の爛漫な体躯に性格。同じ竜だがこうも差が出るとは。
当時八十万だったチャンネル登録者数は先月百万を超え、感謝のライブでは十万を遥かに超える同時視聴数を獲得していた。SNSで聞けば、誰もが一度は配信を見たことがあると語るほどに成長した彼女から直々に組まないかと相談が来たのだ。
スクリムと呼ばれる参加者のみで行われる練習試合を重ね、でびるの癖も理解した火鉢達はメイン配信の説明を終えると共に、戦場へと赴いた。
「何度も思うが、俺達めっちゃ霞んでないか? トプレのガチプロに登録者百万規模の配信者たち……」
「何を怯えることがある。貴様は”王”ではないか。王たるもの、玉座に座っていれば良い」
「そりゃぁ、格ゲーならそうだけどよ」
『でもスクリムで爪痕取ったのはヤバかったですよ!あれ見た時、チョー興奮しましたもん!』
なんて会話を交わしていると開戦の合図が投下された。とある参加者が数分準備完了のボタンを押し忘れた事を除けば、良い開幕と言えるだろう。
ランクマッチと大会の違いは挙げればきりがないほどにある。その中でも、開幕何処に降りるか。そしてどれだけ接敵を重ねるかは大会の結果を大きく左右することになる。昨日行われたスクリムで敵の降りる位置を確認し、極力初動は他のパーティが降りないところを選択する。
「モグリよ。ワンパ来ておるぞ」
「マジかよ。スクリムじゃぁここは安全圏だったろう」
想定外の接敵は極力避けたい。しかも初動となると回復を含めた物資も、下手したらまともな武器すら拾えないかもしれない。
だが、それは相手も同じ。しかも初動を被せてきたということは、相手は順位ポイントよりもキルで貰えるポイントを狙っているということだ。相当の猛者と伺える。
『ヤバッ!私のとこ二人来てます!ソッコー合流しますね!』
「おっけ。こっち武器拾った―――。一人ダウンさせた!あとその二人だ!」
『ガッ!すいませんやられました!クラウンがリボルバーとショットガンです』
「ってことはガチプロさんか。だるいな」
「モグリよ。待たせたな。幸いメイン武器が落ちておった」
「じゃぁ一対一作れるように牽制頼んだ。俺クラウン狙うわ」
火鉢の指示通り、アレフはもう一人に対して照準を合わせ、狙い、撃つ。それは偶然か将又必然か、ヘッドショットとなった。スナイパー武器のヘッドショット倍率は高く、初動で一度でも当たってしまえば体力とアーマーの回復に相当の時間を要することとなる。
つまり今、火鉢はタイマンを張れる。しかしこれは賭けでもあった。もしももう一人が回復を後回しにして二人同時に攻めてきた場合、火鉢はプロ相手に人数不利を被ることになる。
しかし、そのもう一人が来ないよう牽制の弾を撃つアレフの手によって、必然的に火鉢はプロへの挑戦権を得た。
「ビグさんやた。あと一人」
『ピン先で回復してます!多分アーマーは全部回復できてないかと!』
「報告サンキュっす。やるか。詰めるぞ」
「相分かった」
でびるのピン指しによって把握できた位置へと詰め寄り、予想通り回復が間に合っていなかった相手へのトドメの一撃を見舞う。
『さっすが先生達!相性バッチリですね!』
「伊達にモグリを見続けてはいないからな。こやつのことなど、目を見ただけで分かる」
「馬鹿言え。俺はいつだってクールだよ」
『蘇生ありがとうございます。スキャンしますね!―――範囲内はいません』
「足音もしないし、暫くは安泰だろうな」
大会と野試合では先に述べた二点を含め、目的が大きく異なる。至近距離でのファイトは控えめに、遠距離でダメージを与えてアーマーを強化したり、牽制して戦闘を控えるという方法を取る場面が増える。
そこで、アレフとでびるが輝く。アレフは一発一発が大きなスナイパーを携え、でびるは中距離で主に輝くアサルトライフルを持っている。足音が聞こえないほど遠くの敵にはアレフが。戦闘を避けたいけど距離が近い場合はでびるが牽制し、敵を退かせている。そして、ハイドしていた敵や、無茶な攻めを敢行した敵に対して火鉢のリボルバーが火を噴くのだ。
言葉にすれば、近中遠どこでも対応できるという最強の布陣にも聞こえてしまうが、一度でも狙いが外れると途端に弱さが露顕する。ワープ技で一気に至近距離に詰められた時や足音を聞き逃した時に始まる近距離でのファイトにおいてでびるのアサルトライフルはまだ良いのだが、アレフはサブウェポンで戦うしかなくなる。その練度はスナイパーを多く使ってきただけあってあまり高くない。
『また勝った!しかも相手トッププロのエンデさんですよ!』
「こっちもギリだったけどな……索敵とカバー、ナイスですでびさん。回復して、漁るだけ漁ったら撤退しましょ。そろそろ円も近いですし」
これで通算三度目の部隊壊滅。アレフとでびるのサポートありきと言えど、そのダメージの半数以上を火鉢一人で取っている。何なら二度目の接敵の際はほぼ一人で壊滅させてしまった。
格ゲーで鍛えた読み合いはこういった他のゲームでも活きる場合がある。相手が動くであろう気配というものは個々のゲームで異なってくるが、それを察知するセンサーというのは往々にして応用が利く。そのタイミングで遮蔽物に身を潜めたり、相手が攻撃に集中していることを逆手にとって奇襲の一発をお見舞いしたり。火鉢はそこに殆どの武器種に対してマズルフラッシュを見てから対応できる人外の如き反射神経を持ち合わせている。被弾というのは殆どない。
二人の活躍っぷりを、ダウンから起き上がったばかりのアレフは火鉢の膝の上で頬を膨らませながら眺めていた。
「むぅ……モグリよ。本当に私は役に立っているか?」
「なんだよ藪から棒に。お前の遠距離でのアーマー強化が無ければ俺たちは負けてたかもしれないんだぞ。充分役に立ってるよ」
「だと、良いのだが……」
快調に勝ち星を重ね、大きな家の半分とそこから伸びる開けた平地が最終ラウンドの舞台となった。
そして今に至る。
でびるがダウン。蘇生しようにも音で気付いた敵に撃たれるために出来ず制限時間が迫り、部隊で残っているのはアレフと火鉢のみとなった。大してパーティは残り六。
絶望的と言ってよいだろう。六パーティの内、人数が書けているのは火鉢達含め二部隊のみ。牽制をしあい、自ら攻めることの出来ないこの状況。火鉢とアレフは慣れないハイドを止め、頭だけが出る遮蔽を使い単発武器で相手へとダメージを与えていた。
最終ラウンドでは人数もそうだが、どれだけ相手のアーマーや体力、果ては回復薬を削れるかも重要になってくる。これから来るであろう安置の縮小の最終面では回復が出来ないほどに狭くなるのだから。
ここでアレフが牙を剝く。
「ハイドを倒したぞ。あと四部隊だ―――。屋根上一人ダウンだ」
火鉢に似たか、淡々と圧をかけ続ける。
アレフの持つ武器は遠距離武器の中では連射速度がピカイチだ。それを活かし、複数のパーティに対して同時に、平行して圧をかけ続けることが出来るのだ。
しかし、それは言うは易く行うは難しである。
集中しなければ敵は倒せない。しかし、一部隊に集中すれば他の部隊から撃たれてしまう。回復する時間を極力減らしたい最終面にとってそれは痛手も痛手。
だが、彼女の持つ無限とも言えるメトロノームは全ての敵、全ての武器に対して【対応】していた。武器の持つリロード時間。回復する時間。敵が撃ってくるであろうタイミング。画面越しで呼吸も何も分からないというのに予測し、全てを複雑なリズムゲームとでも思っているのか、瞬時にそれらに対してメトロノームを作成。キープし続けている。
『先生の影に隠れているけど、ぬるちゃんもなかなか……』
「うちの居候はすげぇだろ。ゲーム歴一年弱だぜ」
「喋っている暇はないぞモグリよ。一旦身を退くぞ。屋根上を対面をカチ合わせる」
「あいよ。忘れているかもだが、回復しとけよ」
「あぁ、そうであった」
何度も言う。何度も言いたくなる。彼女はまだゲーム歴が一年と経っていない。ただ、その狂気的なまでの好奇心と火鉢と共に楽しみたいがためだけの感情だけでここまで駆け上がってきたのだ。
火鉢の見る景色を共に見たい。火鉢と同じ歩幅で歩みたい。それは決して一年では成し得ないことだ。事実、火鉢の戦績に対してアレフは届いているとは言い難い。だがそれも紙一重だ。二十年以上の差を、この一年弱の期間で埋めようとしているのだ。
彼女は苦境に立たされても尚、楽しむ。だからこそここまで這い上がった。ただの同居人である筈の火鉢が嬉しく思う程に、誇りに思う程に、彼女は今を楽しんでいるのだ。
「斎数園が来たぞ。とりあえずこっち側有利だ。残り三部隊だからあまり撃つなよ」
「無論だ」
それから暫く、三人は口を噤んだ。
『やったー!!!』
「うむ。上々だ」
「いいねぇ!こりゃ楽しいわ」
チャンピオン。その文字を見てようやっと三人の口が開いた。勝利の証である。
最終的に生き残ったのは火鉢一人だけだったが、その火鉢を生かすために見ていたでびるが感動すら覚えるほどにアレフは尽力を尽くした。そして、それを言うまでもなく信頼し、理解していた火鉢のプレイ。全てが二人にしか成し得ない大業である。
今大会最初にしてキルポイントも順位ポイントも全チームで一番高い。これから行われる五試合の結果によっては、総合優勝すら見据えられる位置に最短経路で辿り着いた。
五分後に熱狂が鳴り響く。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
超絶余談なんですが今回のタイトルの元ネタは皆様お気づきでしょうか? とある大会の為に書き下ろされた楽曲のワンフレーズが元になってまして、あの曲大好きなんですよね。シーンを追いかけてる方ならもう気付かれたんじゃないでしょうかね?
さて、本編の話に戻りますと、覚えておいて欲しいのは「三ヵ月後に大型の大会がある」っていうことですかね? 一応この”大型の大会”っていうのが前々にお伝えしていた一つの区切りでございます。マァ簡単に言えば第一期完!って感じですね。長かったなぁ……
ところで、話は変わりますが、火鉢達以外のプレイヤーの名前、今回出た「エンデ」と「ビグ」に関しては元ネタがあります。適当に付けた訳じゃないんですよこれが。なので気付いた方はこっそりDM下さい。ほくそ笑みます。
ではまたどこかでお会いしましょう。




