嘘つきは配信者の始まり
いかめしい扉を抜けた先には開けた空間。
半径100mほどの円形の広場をコールの身長の二倍ほどのフェンスが囲んでいる。
そして、フェンスの外側には人がまばらな間隔で座っていた。
「人がいるんですね、ここ」
「ボス戦はショーだからね。視聴者が見に来てるんだ」
フェンス外はいわゆる観客席。
チャンネル登録者数による制限の適応外で、配信者ではない一般視聴者の入場が許されている。
観客たちは、前半のダンジョンをスキップしたワープゾーンを使えるのだが……
「少ないですね……」
「一層だからな。サッカーで言やあマイナー地方リーグ」
「アイドルで言えば、駆け出し地下ステージってとこね」
たっぷりとパーソナルスペースを確保し、密とはほど遠い観客席。
そんな所に集まったのだから、さぞ熱心なファンと思いきや彼らの目線は、コール一行ではなく、手に持った仮想スマホ。
仮想スマホは、リアル世界のスマホと同一形状かつ同一データ。
VR空間内でもリアルと同じ感覚で操作でき、データ更新も共有される。
で、そんな彼らがスマホで何をやっているかと言うと……ソシャゲ周回である。
「え? VR内でやってんですか? 周回」
「デジタルどっぷりって感じだよね。でも、リスナーさんたちのこと悪く言えない」
「坊主も配信動画をながら見して、ソシャゲやってたことあんだろ? アレと同じだ」
そう言われるとコールは反論できない。
正にその通りだったからだ。
……いつまでも、観客ばかりに気を取られてもいられない。
コールは改めて戦場たる、ボス部屋を見渡して地形把握につとめる。
中央部こそ何のオブジェクトも無い広場であるが、フェンスを含めた内装は、古めかしい大陸風でまとめられている。
中でも目を引くのは、コールたちの直上、観客席を割ってあつらえられたスペース。
そこには朱色の柱に支えられた天蓋に、巨人が使うかのような異様にデカい机と、赤と金に彩られた大きな椅子。
ここまで見て、コールはようやく気づく。
「裁判所か……」
おとぎ話にうたわれる死後の裁きの場。
あのデスクは裁判長席で、コールたちが立つのはさながら被告人席。
傍聴席が追加されてるのは、ゲームオリジナル設定か。
地獄に裁判所と来れば、待ち受けるボスの姿もおのずと絞られるものだ。
と、そこまで考察したところで、裁判長席に0と1の白い数字が無数に寄り集まっていく。それらは徐々に、巨大な人型シルエットをポリゴンとして形作っていく。
そして、鈍く光ると同時に数字で構成されたシルエットに表皮がテクスチャとして貼り付けられてボスのグラフィックが完成する。
巨体に合わせてしつらえられた椅子に、いかめしく座ったその男の姿。
その名は。
『出ちゃったよお一面のボス。ヤマちゃんがあ』
天の声が脳内に響き、コール一行の意識がカチッと戦闘モードに切り替わった。
第一層ボス、ヤマ。
インド神話における最初の人間かつ最初の死者。
誰よりも先に死後の道を歩んだヤマは、死者の罪を測る裁判長となったという。
常に怒っているかのような、赤色の肌にいかめしい顔。
長いヒゲの真ん中に位置する口には恐ろしげな牙。
古代中華貴族風の豪奢な装束に身を包み、手には平べったい棒状の巨大なシャクを持つ。
頭にはシルクハットめいた長い円筒形の帽子。
日本でエンマ大王と言われてイメージするその通りの姿だ。
そのヤマが、裁判長席から巨体に似合わない身軽さで宙を跳んでコールたちの目の前にドスンと地を揺らしながら着地する。
そんなボス登場演出が終われば、ヤマの頭上に青いHPバーがぐーんと右に伸びる。
それを持って無敵時間の終了告知とする。
配信者たちの最下層は地獄道。
そしてここは地獄の法廷。
どんなに傍聴席が冷えていても裁判は止まらない。
天上へのし上がりたいのならば裁かれている暇など無い。
無罪判決は弁論ではなく物理でもぎ取る。
暴力裁判いざ開廷。
無音のカメラドローンが収める画角のど真ん中。
コールが決然とヤマを見上げて告げる。
「チャンネル登録高評価よろしくお願いします!」
配信者に広く通じるそのアイサツは、ボスに向けた宣戦布告だ。
「アオーン!」
ヴァナルガンドが開幕遠吠えをキめて、セオリー通りにヘイトを取る。
白き狼の目論見通り、ヤマの目線がギロリと集中。
手に持つシャクを、その巨体から振り下ろす。
「おっと!」
ブンッと風を切る一撃を、ヴァナルガンドは余裕を持って避けることができた。
ゲームとはいえ、キャラコンはリアルの肉体の反応速度次第。
普段からリアルの体を鍛えているおかげで、ヴァナルガンドの運動神経は研ぎ澄まされていて、回避挙動に好影響を与えている。
だが、狼に油断は無い。
「振りがデカくて避けやすい。だが、その分当たっちまった時のダメージはヤバそうだ」
当たらなければどうということも無いが、いつまでその集中力が続くか。
いつか必ず限界は来る。
ゆえに、援護射撃が必要だ。
「削り切る! タンクが落ちる前に!」
エコーがスキルを切る。
赤い曳光を引く一矢、スナイプアロー。
緩い曲射軌道を描いて飛んだ矢は、ヤマの頭部に突き刺さる。
強ダメージモーションによる、通常攻撃キャンセル。
回避タンクの集中力を一手分節約させることに成功する。
どうやら、頭が弱点で間違い無いようだ。
エコーは、紅のミニスカートをはためかせながら法廷外縁を走り回り、距離を盾にして矢の通常射撃を喰らわせる。
すらりと伸びた雪のように白い脚で、踊るようにステップしながら矢を射続ければ、ヤマの頭に、矢の花が咲いた。
銃が登場する以前の現実でそうであったように、弓矢は戦争の花形だ。
「お願い! グリズベア!」
「グォンッ!」
コールも熊を召喚して近接攻撃要員を一枚加える。
熊が凶悪な爪で引っ掻けば、ヤマの荘厳な装束がビリビリと破けて、獣の爪痕と同じ形の傷を残す。
弱点部位ではないが、シンプルかつパワフルな物理攻撃ゆえダメージ量は申し分ない。
とはいえ、このまま全部熊任せというわけにもいかない。
コールはコールで、自分にできることをする。
「あ、あれ? 効かない?!」
右手を横に振ってカードを投げる。
カードスローの効果により、吹っ飛び状態に相手は陥るはずだが……ヤマの体勢に変化は無い。
『レジストされてる! 耐性持ちだねこりゃ』
ナビ役のホロウがすかさずまとめwikiを漁り、ボスの耐性を明らかに。
「どうすれば?」
『完全無効ってわけでもない。効きにくいけど諦めずにやり続けりゃ一回くらい通るっしょ』
「了解!」
情報支援を受けたコールは、リキャストが溜まり次第カードスローを打ち込み続けた。
結局、吹っ飛び効果は得られなかったが、カスダメージも溜まればそれなりな分量となり仲間陣営へのささやかな貢献となる。
近接アタッカー、遠距離アタッカー、タンク。
それぞれのロールが上手く回り、戦況は安定している。
悪くない。
攻略可能ペースである。
こうしてコールたちの奮戦を続けることにより、ヤマのHPがついに一割を切った。
『発狂、来るよお!』
ナビの警告に、皆の表情が引き締まる。
まとめwikiに記されていたボスの特殊行動。
追い詰められた末に放たれる、最後の切り札である。
ヤマは装束の胸閉じに左手を入れて中を探る。
さほど時間をおかずに、なにやら工具めいたものを服の中から取り出して天高くかかげた。
ペンチのような合理的かつ残酷な形状。
エンマ大王が嘘つきの舌を抜くのに使う道具、やっとこだ。
「嘘ツクノヤメテモラッテイイデスカネ?」
初めて人語を喋るヤマ。
いかめしい顔からは想像しにくい、どこか控え目な物言い。
しかし、そのボススキルの効果はまったく控え目ではない。
コールが召喚した熊が、勝手にカードに戻って本に吸い込まれていった。
攻撃要員を一枚失うことは、パーティにとって大きな損失だ。
ヤマのスキル、舌抜き。
発動後60秒間全スキルを無効化する。
これだけでも序盤のボスとしては破格の性能なのだが、もう一つ配信者泣かせの仕様も付帯している。
「……!!」
コールの口から声が失われる。
唇をパクパクと動かすだけで、声が出ない。
それは、エコーとヴァナルガンドも同じ。
これも舌抜きによってもたらされたバッドステータス、沈黙である。
声出しによる仲間内の連携を封じられるのはもちろん痛い。
だが、配信者としては無言実況に陥りリスナーが離れてしまうことの方がもっと痛い。
『外部ツールは仕込み済み! 使い時は今っしょ!』
舌抜きの範囲外であるナビの指示にコクリと頷いたコールたちはポチポチとスマホを操作した。
肉体音声が使えないのならば、人工音声の出番だ。
「こんにちは。ゆったりコールです」
「ゆったりエコーよ」
「ゆったりヴァナルガンドだ」
どこか耳に馴染みがある無機質な女性合成音声が配信に乗る。
ネットランナーの間で通称ゆったりと呼ばれる人工音声。
それを使用する際にはお決まりのアイサツがあるものだ。
「ゆったりしていってね」
三人が声を合わせて、バイノーラル音声を見事にキめた。
さて、ゆったり実況に切り替えたことによりリスナー離れはなんとか防げた。
問題は戦況だ。
スキル封印を喰らってる以上、頼りになるのは通常攻撃。
つまり、物理である。
コールが本の角でガスガス殴り、ヴァナルガンドが引っ掻き、エコーが矢を続け様に射る。
こうしてジワジワと削っていけば、バッドステータス治癒を待つことなく完勝できる。はずであった。
一つ、数値的な事実がある。
エコーのチャンネル登録者数は4700。1000のコールと1200のヴァナルガンドと比べて大きく水をあけている。
フォロワー数に従った配信バフにより、エコーこそが一番のダメージディーラー。
それに加えて、エコーのクラスであるアーチャーは弱点部位への射撃により高クリティカル率を得ることができる。
この二つの事実が絡み合って、予想外のトラブルを引き起こす。
天性のエイムセンスを持つエコーが、当然のようにヘッドショットをキめる。
それも、クリティカル判定付きで。
大ダメージを与えられるのはまあ良い。だが、それはいささか大きすぎ。
ヘイトがタンクから逸れ、ヤマの敵意に満ちた視線が弓を構える少女に注がれた。
「やばっ……!」
ヤマのシャクが何も無い空間を横斬りにすると、空気の断裂が発生。
狙いをつけるのに集中していたエコーは避けられず、まともに真空の刃をその身に受ける。
衣服の一部を破き、白い肌を垣間見せながら少女の体が儚く飛んだ。
「エコー!」
ヴァナルガンドは優しすぎた。
仲間を気づかい、自分の身の守りをおろそかになってしまうほどに。
ヤマが足を蹴り上げれば、
「キャインッ!」
短い予備動作を見切れなかった白い狼が吹っ飛び、フェンスに当たって伸びてしまう。
「エコーさん! ヴァナさん!」
『よそ見してる場合じゃないっしょ! 集中!』
「ぐっ……はい!」
コールも動揺しかけたが、冷徹かつ正確なナビの一言を受けてなんとかその場にとどまる。
仲間が二落ちしたとはいえ、ヤマのHPはごくわずか。
あともう少しだけ削れれば、こちらの勝利なのだ。
コールはヤマから全速力で遠ざかり、舌抜きの時間切れを狙う。
『効果終了まであと15秒! それと同時にスキルを叩きこむっきゃないっしょ!』
「それで倒せるんです?」
『クリティカル引けたらイケるみたいよ。ダメージ計算によると』
運頼みですか、という言葉をコールは飲み込んだ。
ここまで来たら、ぶちぶち文句言っててもしょうがない。
フェンスを背にしたコールは拳を握り締め、のっしのっしと巨体を揺らして近づいてくるヤマの恐ろしげな顔を決然と見上げる。
ゲームとはいえVR。
人間としての視覚全部を埋める怪物の巨体を相手取る迫力に、バーチャルと理解してても恐怖が身をすくませる。
顎が鳴りそうになるのを、歯をぎゅっと食いしばって押しとどめ、時間経過をただ待つ。
5、4……
ヤマがシャクを振り上げる。
コールにヴァナルガンドのような回避スキルは無い。あの一撃が致命となるだろう。
少しでもすがるものを求めて、視界の右下に小さく浮かべたコメント欄に視線を移すが。
『事故ってるwww』
『1面のボスに負けるとか雑魚乙』
などの無情な言葉が並ぶのみ。
だが、落胆してる暇など無い。
3、2、1……
舌抜き終了の時刻に合わせるように、コールはヤマに飛びかかる。
そして、0。
スキル解禁。
だが、いちいち熊を召喚してけしかけている暇は無い。
ゆえに、レベル上げによって得た新スキルを使う。
「部分召喚! ベアナックル!!」
ヤマに殴りかかるようなコールの腕の動きに合わせて大きなカードが飛び、巨大な熊の腕だけが空間に現出する。
部分召喚 ベアナックル。
熊の腕だけを召喚し殴らせるという、シンプルな近接物理攻撃。
リキャストは20秒。
迂遠な攻撃に偏りがちなコールにはありがたい取り回しの良いスキルだ。
が、これで倒し切れるかはクリティカル頼み。
外せばいっかんの終わりである。
一か八かの大博打にコールはアドレナリンドバドバで、興奮し切った脳は過熱するほどオーバークロックし、ゆっくりとした体感時間が流れる。
処理落ちしたかのようなスローモーションの視界。
ぎりりと握りしめられた熊の拳がヤマに迫る。
もう少しで当たる、そのタイミングで
『さっさと倒せバカ』
と、緑色をしたコメントが流れる。
五百円の投げ銭を添えて。
勝機だ。
チャンネル登録者数、同時接続者数、コメント数。
どれも配信者への強化となるが、リスナーからの課金はそれらを大きく凌駕する。
「スパチャありがとうございまああああすっ!!」
コールが快哉を叫ぶのと同時に、ヤマの顔面に課金バフ付きの熊の拳が力強く叩きつけられた。
SMAAAASH!!
顔を拳の形に凹まされたヤマの巨体から力がふっと抜けて、法廷へと無様に倒れていく。
どさりとホコリを巻き上げながら身を落とすのと同時に、コールが黒い外套をはためかせながら、着地した。
「乙です!」
配信者の勝利を示すアイサツに呼応するように、ヤマの体は0と1の数字にまで分解されてソースコードへと消えていった。
最後に物を言うのは、プレイヤースキルでもチームワークでもなくましてや勇気などでもない。金だ。
実に見事な課金KO。
後に残されたのは、法廷の床にぱさりと落ちた一枚のカードのみ。
「はい、というわけで1面のボスなんとかクリアできました!」
「第二層もこの調子で行けるといいね!」
「ワン!」
戦闘終了を受けて自動復活した仲間たちと共に、コールはドローンカメラに向かって笑顔を作る。
ここまで来たら長々と引っ張るものではない。
締めのアイサツが必要だ。
「じゃあ、ボクら次回も! バズるねっと!」
カメラに向かってエコーと一緒にBのハンドサイン。
四足のヴァナルガンドはうまくポーズを取れないので、バサバサと尻尾を振るのみなのだが。
「風呂入って寝ろよ!」
狼のその一言をもって、その配信は終了した。
「あっ、モブサンさーん!」
そう呼びかけながら笑顔のコールはフェンスをぴょんと飛び越えて観客席に入り込む。
バトル中は見えない壁で隔てられていたが、ボスが倒れた今ならば行き来は自由だ。
「な、なんだよ……」
そこには、なぜか観客席に紛れ込んでいた人相の悪いモヒカンがひとり、最後尾席より外側の壁に背をもたれさせている。ソシャゲ周回でもしてたのかスマホ片手に。
長身なモブサンは、自分よりだいぶ小柄なコールに対してだいぶ引き気味で、半身を逃しながら怯えたような目線を下ろしている。
「さっきのスパチャ、モブサンさんでしたよね!?」
ぺこりと頭を下げると、輝くような笑顔と共にスマホ画面をモブサンに向けるコール。
そこに映し出されたコメント履歴には、
『さっさと倒せバカ ¥500』
というスパチャコメント。
コメント者の名前欄には、
『モブサン』
とあった。
「べ、別に。拷問配信早く終わんねえかなって思っただけだし」
頬を赤らめて目を逸らすモブサン。
ツンデレのモヒカン。
誰得。
だが、そんな誰得モヒカンをコールは、
「本当にありがとうございました! モブサンさんのおかげで勝てました!」
と、左手を取って上下にブンブン振りながら礼を言う。
モブサンの右手からポロリと仮想スマホが落ち、セキュリティ設定に従って彼のポケット内に自動ワープして戻る。
気を逸らせるスマホはもう、手の内に無い。
ゆえに、モブサンはコールからの認知を一身に受けることになる。
こちらを真っ直ぐに見つめる黒真珠のように淡い輝きを持ったつぶらな瞳。
化粧もしてないのに、薄く桃色味がかった健康的なほっぺた。
ぬばたまの髪は、毛先までサラサラで柔らかそう。
そして手から伝わってくる体温は、成長期の子どもらしく強い熱を秘めている。
香水なんてつけてもいないのに、お日様とミルクが混ざったような男の子特有のスメルが鼻をくすぐる。
今時、親ですらここまで何の取り柄も無い自分に真正面から向き合ってはくれない。
承認に飢えたモブサンに注がれるコールのまなざしは、砂漠に迷う旅人に差し出されたオアシスの一滴。
つまりは、劇物である。
モブサンのニューロンが、稀有な体験に触れた熱量によって焼き切れ、代わりに新たなネットワークが異常スピードで形成される。
そして、彼のドノーマルであった性癖は不可逆にぐにゃりと曲がるのである。
「あのよオ……モブサンさんって呼び方、おかしくねえか? “さん”って続くの」
「え? じゃあ何と呼べば……」
モブサンが鼻の下を擦り目を逸らしながら、ぼそりと呟く。
「お兄ちゃん……とか?」
一瞬の沈黙。
突然の発言にコールの思考がショートし、
「お、お兄ちゃん?」
言葉をオウム返ししてしまう。
「うっ!!」
途端、モブサンは胸を苦しそうに押さえながら、0と1の数字エフェクトの塊となって空に散っていった。
「尊死したぞ!」
「ログアウトしただけでしょ。変な事言わないで」
少し離れた所で見守っていたヴァナルガンドとエコーのかけあいに助けられて、コールはようやく事態を把握する。
そして仮想スマホを操り、自身のチャンネル登録者数を確認する。
1001。
以前よりひとりだけ、増えている。
誰がフォローしてくれたのかは、なんとなくわかるが確認するのも怖いような気がした。
「あはは……フォロワー増やすのって、大変なんだなあ……」
配信者専用ダンジョンを踏破するのには、フォロワー集めは欠かせない。
例え、それがヌルッとした好意であっても数として貪欲に喰らい、自身の血肉としなければ。
配信者の深い業に、ひきつった笑いを浮かべることしかできないコールなのであった。
「みんなーお疲れさまー」
「ふぃー……VRぶっ続けはやっぱきちいわあ……」
仮眠室から戻ってきた琴浦に、パイプ椅子から起きて体をゴキゴキ鳴らす尾形。
ヘッドセットをソファに置いた影ニが、眉間を揉んで現実感を取り戻そうとしていると。
「あれ? 日向さん、トイレですかね?」
メンバーがひとりいないことに気づく。
「ボス倒した後は無言だったし、さっさとログアウトして帰っちまったんじゃねえか?」
「あー。割とハクジョーだからね、彼」
「そ、そんな言い方悪いですよ……」
日向への当たりがキツい大人組をたしなめる影ニ。
歳上と歳下の役割が逆転してないかと、事務所内でのコミュニケーションが不安になったところで。
「だあれが、薄情者だってえ?」
日向がガレージオフィスの入り口に、ぴょこんと顔を出す。
両手それぞれに、丸々と膨らんだ買い物袋を持って。
「スマン! お前がこんなに気がきくたあ、思わなくて……」
「私もごめーん。日向の半分は優しさでできてるね!」
日向は、隣家から大量のお菓子とジュースを持ってきていた。
聞けば、ボス討伐後のお祝いのために事前準備していたそう。
「だっしょー? もっと褒めたたえなさーい」
と、菓子を貪る琴浦たちからの謝罪と敬意を一身に受けて彼は鼻高々である。
というわけで、勝利の宴である。
ばずるねっとの面々は、ソファー周りに机やらパイプ椅子やらを集めて、大して高くもないお菓子を次々に口に運んでいる。
「酒は無いのか?」
「帰りは車でしょ? コッチまで法律で責任取らされるんだから勘弁して」
一名を除けば、成人が集まる場なのに酒は無い。
だが、それはそれで楽しめるもののようで。
琴浦は、辛いポテトスティックをツマミにして牛乳を飲んでいる。
「もはや主食よねーこれ」
尾形はイカツイ体と比べるとものすごく小さく見えるプリンを、ニコニコしながらスプーンですくって口に運んでいる。多分、彼に尻尾が生えてたらパタパタ揺れている。
「最近のコンビニスイーツってやつぁバカにできんな」
日向は酸っぱいグミの袋の底に残ってた、ザラザラとした白い調味粉末を袋を逆さにして一気に口に放り込む。
「くー! この、脳の血管がイク感じ、たっまんないねえ」
そんな仲間たちの様子を見ながら、食が細い影ニは痩せた体にコーラを流し込む。
炭酸が胃の中で膨らんで、ますますお菓子を入れる容量が目減りした。
「けふっ……」
ゲップしそうになるのを、口を押さえて影ニは耐えた。
「でも影ニちゃん、ゼツボーしちゃったんじゃなあい? 大のオトナが中学生みたいなお菓子パーティしてて」
「うっさいわね! 私だって、いつかはザギンでシースーしたいっての!」
「このシュークリームうめえな!」
やいのやいの言いながら、なんだかんだで楽しそうな大人たちの様子を見て影ニはどこか安心する心持ちだ。
大人には、いつも辛そうな顔をしてるイメージを抱いていたから。
こんな風に、気の抜けたことができる余地を持った大人がいるのを見ると、将来への不安もいくぶん軽くなるような心地がした。
「あはは……」
自然と顔がほころんで、笑顔が漏れる。
この先、色々と大変そうだけどこの人たちとならなんとかやっていける。
この時影ニは、そう思えたのであった。