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ばずるねっと!  作者: e-pock
5/7

チンピラしばいてスカッとは基本

2024年4月13日13:30。

VR空間内オープンフィールド。


「ああー!? ゴブリンいっっっぴきも残ってねえじゃねえかア!! お前らナニしてくれとんじゃワレエッ!!」

爽やかな風を汚すように、殺気立ったダミ声が草原に響き渡る。

明らかにこちらを威圧しているその声。

草むらでじゃれていたお遊び気分もいっぺんに吹き飛び、コールたちは武器に手を置いた警戒姿勢で、声の主に対峙する。


「こっこっはあッ! オレらのナワバリなんだよオ!!」

「ヨソモンが手ェ出してんじゃねエ!」

「すっっっっぞっオルルルァッ!!」

いたのは、三人の野良プレイヤー。

頭皮を晒すほどのハードなモヒカンで髪型を統一した三人組。

服装も、細マッチョな感じに筋肉が浮かぶ素肌に、スタッズを大量に打ち込んで派手に改造した黒い革ジャンを前を開けて羽織るという統一感のあるもの。

ズボンもブーツも黒レザーで世紀末ビンビンなファッションである。

顔立ちも彼ら独自の世界観に忠実で、殺伐とした目つきの悪い三白眼にこけた頬。

薄い唇を開けば、肉食獣のようなギザギザの歯。

頬や鼻についた傷や、目の下に付けられた黒いテープ、パンキッシュなメイクなどアクセサリー類も完璧。

スポーツチームのユニホームのように、共通した衣服を纏った彼ら。

相当にディープなロールプレイを実践している三人チームらしい。


「プレイヤーが狩場を占有できるシステムなんて、無かったと思うけど?」

「よせエコー。荒らしに構うな」

「えっと、怒らせてしまったならすみません! すぐ出て行きます」

真正面から反論する者。

それを制止する者。

とりあえずあやまって場を収めようとする者。

皆、それぞれ違った反応を見せるが、悪漢にはそんなことは関係ない。


「ウルセエ! おとなしくオレらにヤられて誠意見せろやアッ! テメエらがさんざん吸ったEXPを差し出すんだよオ!! 」

経験値を得る方法はモンスターを狩る以外にも、PKプレイヤーキルがある。

無抵抗のまま、モヒカンに倒されろという要求だが、当然そのようなものは受けいれられない。


「話にならないわね。みんな、対人戦行くわよ?」

戦いへの意志を最も早く固めたのはエコー。

このPT内で彼女が最も闘争心が強い。

弓に矢をつがえて、いつでも射出できる体勢だ。

「最も恐ろしいのは人間ってやつだ。加減はできん。配信バフ乗せるぞ」

チャンネル登録者数に応じた強化効果は、配信時のみ有効。

ヴァナルガンドは、それを今ここで使うと宣言すると、四本の足で地を踏み締めて、グルルと牙を剥いて敵対者を威嚇する。

「はい! よろしくお願いします!」

先輩プレイヤーたちからの言葉に、コールは元気な返事でこたえる。

経験不足ゆえに足を引っ張ってしまう己を自覚した彼なりの精一杯の努力であった。


コールとエコーのポケットから、VR空間でのアイテムである仮想スマートホンがひとりでに飛び出る。

ヴァナルガンドの場合は、もふもふな背中の毛から。

物理法則を無視して空に浮かぶ三つのスマホは、それぞれ違うアングルからカメラレンズをこの修羅場に向けた。


「ゲェッ! 配信者!!」

「ビビんじゃねエッ! 底辺クソザコFラン配信者じゃネエかっ!!」

「オレらのプレイヤースキルでフルボッコにしてやんよオ!!」

ある者は釘バットを振り上げ、またある者はナイフに舌を這わせてペロペロする。

火炎放射器と思しき巨大な銃器を構えるPCもいて、とても一筋縄ではいきそうにない。

のどかな草原は、今や戦場のピリピリとした緊張感に包まれ、この場にいる全ての戦士たちのアドレナリン濃度をせり上げる。

「じゃあ……」

コールが、得物である黒いハードカバーの本を抱える。

そして、事前にエコーたちから教えられた通りに、配信者として戦いの始まりを告げる象徴的なアイサツを叫んだ。

「チャンネル登録高評価よろしくお願いします!!」


「えい!」

エコーがデコピンすると、一人目は遥か彼方の空へと吹き飛び。

「わふん!」

ヴァナルガンドがお手をするようにポンッと前足を乗せただけで、二人目が地面に埋まって行動不能。

「ごめんなさい!」

そして、コールがペコリとお辞儀した頭が頭突き判定になって三人目に当たり、0と1の白い数字パラメーターにまで分解されて空に散った。


「ひげぶぅっ!!」

「あべっし!!」

「ヤッダアアアアア! バアアアアッ!!」

汚い断末魔を響かせながら、無様な敗北を晒すモヒカン三人衆。

二代目コール初のPVP(対人)戦は、チートじみた戦力差によって圧勝という理想的な結果に終わる。

まさに三下蹴散らし爽快スカッとである。

「乙です!」

バトルの終わりを告げるアイサツをコールが決め、この配信は終わりを迎えるのであった。


「えっと……どうして、こんなことしたんですか?」

配信終了後、ヴァナルガンドが埋めたチンピラモヒカンにコールが歩み寄る。

チンピラ相手に戦い、勝ったのは良い。

だが、ここまで差をつけた勝ち方は、初心者狩りみたいで気が引ける。

そんな思いからだ。

「やめて! オレにSEKKYOUする気だろ! 最低系SSみたいに! 最低系SSみたいに!」

劣位に置かれたモヒカンが、言葉で嬲られる恐怖に混乱してわけのわからないことをまくしたてる。

「そんなつもりはありません。ただ、話を聞きたいだけです。あなたの」

コールのその返答があまりにも意外で面食らったのか、チンピラの表情から一瞬で恐怖の色が抜ける。

「……かなーり古っぺえスラング言っちまったんだが……理解するたアな」

そこで、ようやくチンピラはコールの目を見た。

真っ直ぐこちらを見つめる誠実そうな黒い瞳。

それを、かつては持ってたはずだが、いつ無くしたのか昔すぎてチンピラは覚えていない。

「若そうな声してるってのに、あんたナニモンだよ」

そう言いながら、チンピラはコールに手を差し出す。

「ネットですから。年齢とか、関係ないと思います」

そう言いながら土で汚れた手を、コールは迷いなく掴んだ。


「あっ! 抜け! 抜けない!! 手伝ってくださあい!!」

「ヴァナさん、出番よ!」

「ワンッ!!」

モヒカンを引き抜くのに四苦八苦。

ヴァナルガンドの懸命な穴掘りによって、チンピラを掘り出すのに十分もの時間を消費することになるのであった。


結局のところ、他人に対して攻撃的に絡んでしまうのはコミュニケーションに飢えてるから。

チャンネル登録者が誰もいない空っぽの自分では、誰も相手にしてくれない。

そんな絶望的な現実を自覚してしまったなら、誰かを加害することでしか他人と繋がれなくなる。

「でよオ……ひとっりもフォローしてくんなくてなア……フレもいネエからオンオペで三人動かしてんだけど、虚しくてなア……」

「それは……大変でしたね」

ゆえに、話を聞いてくれる人がひとりでもいるならば、このチンピラの悪行は仕舞いとなる。

純粋に人を傷つけることを楽しむ、単独成立した悪というのもあるにはあるが、このチンピラにそこまでの悪の才能は無い。

地面に膝をつき、レザージャケットからザラザラと土を落としながら愚痴りまくるチンピラの話を、コールは目を合わせて、ただ聞く。

そんな男の哀愁に同情したのか、ヴァナルガンドが土まみれの背中を前足でポンポンと撫でた。

以上の状況をまとめて、エコーがひと言。

「なんだか、場末の酒場みたいねえ……」


チンピラの長い話がようやく終わった。

「話してくれて、ありがとうございます。もう行きますね、モブサンさん」

「なんで、オレの名を?」

「だって、上に書いてあるから」

コールがモヒカン頭のすぐ上に浮かぶ画面表示を指さす。

なるほど、そこにはゼロになったH Pバーに乗る形で“モブサン”というアバター名が表示されていた。

ちなみに、どこぞへと消えたサブ垢キャラたちの名前はモブイチとモブニという。


「では、さようなら」

ぺこりと礼儀正しく頭を下げると、先に行った仲間を追いかけ、パタパタとした早足でコールは去っていった。

「なンだよ……ワケわっかんねえヤツだなア……バッカじゃねえの、オレなんかに……」

視界の先、自分では到底辿りつけないほどの遠い場所に向かってどんどん小さくなる背中を、モブサンはぼんやりと見送るのであった。


「辛いんですね。フォロワーがいないってことは……」

歩きながら、コールがボイスチャットする。

自分にはエコーとヴァナルガンドがいる。

だが、もしも彼女たちがいなかったらと思う。

落ち込んでるのに、誰も自分に目を向けてくれない。

そんな地獄みたいな状況に陥ったならば、自分はどうなってしまうのだろう。

モブサンのような凶行には絶対に走ったりしない、などとという自信はとても持てない。


「そうだね。彼らのようなランク外プレイヤーの想いも背負って、私たちはダンジョン配信してるんだよ」

エコーはコールの心痛を和らげようとする。

自分の言葉に、偽善的な嘘臭さを感じながらも。


「そんなおキレイな言い方は連中に対して無礼ってモンだ。俺らは、ヤツらの犠牲の上に立ってる。せめて、そんくれえは自覚しねえとだ」

ヴァナルガンドはそんなおためごかしを受け入れられるほど器用ではない。

リアルでは彼より十以上も歳下なのに、エコーの方がある意味において大人なのかもしれない。


「どうしてここはこんな世界なんだろう……」

コールは見上げる。

雲を突き抜けてそびえたつ、超巨大仏塔メガストラクチャー、配信者専用ダンジョン六道の外装ポリゴンとテクスチャーを。

リアルでどうしても発生する能力差という壁。

それを緩和して、色んな人々と一緒に遊べるのがオンラインマルチゲームの魅力だと、ゲーム廃人であるコールは思う。

だが、この現世は今やチャンネル登録者数によってプレイヤーたちが厳しく分断され、それぞれが対立を深めている。

六道を昇り切った先にあるというニルヴァーナ。

そこで与えられるという、絶対的運営権。

それがあれば、こんな現世も変えることができるのだろうか。


「行きましょう、エコーさん、ヴァナさん。ダンジョンをどうしても踏破したい理由が、もうひとつ増えました」

決然と前を向いて歩み出すコールに寄り添うように、少女と狼は道を共にしていく。

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