もはや完全に犬
「悪い、遅れた。ちょいと本業で手間取ってな」
2024年4月13日13:00。
大きな白い犬……もとい狼のアバターキャラが合流した。
「土曜日も出勤ですか。厳しい感じの職場なんです?」
「まあな。毎日仕事と言っても良いかもしれん」
ブラック企業かな? と、思わず神妙になったのが表情に表れてしまったのかもしれない。
「そんな顔するな。忙しい時と暇な時の差が激しいだけだ。
自営業だから、時間の都合もつけやすいしな」
「お互い社会人ゲーマーは辛いよね。お疲れ様」
「おう」
毛むくじゃらの顔をペコリと下げて返事をすることで、そこを話のキリとした。
「さあ、レベリングと行こうじゃねえの」
レべリング、経験値稼ぎ、雑魚狩り。
ゲームではおなじみだ。
狩場への移動の間、先輩プレイヤーたちから軽く説明を受ける。
この広い草原は、ダンジョンのすぐ外に広がるオープンフィールドであり、チャンネル登録者数制限による足切りはなされない。
配信を行ってない一般プレイヤーと、これからフォロワーを千人集めて上を目指す駆け出し配信者のためのステージだ。
次にレベル。
第一層のボスを倒すまで15のレベルキャップが設定されている。
レベル15を超えた分の経験値は別枠でストックされ、ボスを倒すまでレベルアップに適応されることはない。
「15まで経験値稼ぎするぞ。操作慣れも兼ねてな」
「配信はしてないから、リラックスして戦ってね」
「はい!」
元気良く返事をするコール。
彼はあまりコミュニケーションが得意な方ではないが、成人プレイヤーである二人が良い感じにリードしてくれている。
同年代より、少し歳が離れていた方が話しやすいってことはあるのかもしれない。
そうやって、歩きながら話しているとモンスターの群れを見つける。
背が低い人型。簡素な武器と衣服、緑色の肌、長い鼻。
そう、序盤のモンスターでおなじみのゴブリンだ。
「復習するぞ! 俺のロール(役割)はタンク。耐久はこん中じゃ一番だ」
『アバターネーム:ヴァナルガンド
クラス:ウルフ
レベル:14
チャンネル登録者数:1200(ランクF)』
基礎的な戦術として、まずヴァナルガンドが疾駆しゴブリンの群れに突っ込む。
こうして説明を受けてみると、先日いきなり熊に突っ込んだのはかなりやばい悪手だ。
それを理解したコールは、うまくフォローしてくれた先輩二人のプレイングに恐縮しきりだ。
さて、ヴァナルガンドは包囲されることを厭わず、敵中ど真ん中に陣取る。
「アオーン!」
空気をビリビリと震わせる咆哮。
ヴァナルガンドのスキル、遠吠えだ。
自分を中心とした半径5m範囲にいる敵全員からのヘイト(ターゲット優先度)を得る。
スキル再使用のためのリキャストは30秒。
範囲の広さが魅力のスキルである。
五体のゴブリンの全ての視線がヴァナルガンドに注がれる。
「スナイプショット!」
遠間からエコーが矢を射る。
赤いエフェクトを纏いながら美しい軌道を描いた矢は、無慈悲にゴブリンの頭に突き刺さる。
どさりと草むらに倒れ伏すと、肉体が0と1の白い数字の塊に変質して空間に散ってやがて消える。
撃破エフェクトと共に、数を減らしてゴブリン残り数は四体。
スキル名スナイプショット。
リキャスト32秒。
シンプルな遠距離単体攻撃で、クリティカル率も序盤から使えるスキルにしては高め。
曲射に自信があれば、より長い射程を得られるだろう。
しかし、外してしまえばダメージは当然ゼロ。
他の注意点としては、クリティカル時のダメージ量が高く、ヘイトを稼ぎやすい。
ヴァナルガンドの遠吠えは優秀な範囲の分だけ獲得ヘイト量が割を食っており、他の仲間がダメージを出しすぎるとターゲットがそっちに逸れがちである。
文字通りの矢継ぎ早に弓矢の通常射撃を浴びせかせ、敵陣営のHPをゴリッと削ったエコーに向かって、ゴブリンたちのうちの一匹が棍棒を振り上げながら駆け寄って行く。
「カードスロー!」
コールが右腕を横に振ると、得物の本から光るカードが飛び出てエコー狙いのゴブリンに当たる。
「グギャッ!」
衝撃を受けたゴブリンは後方に吹っ飛んだ。
スキル名:カードスロー。
リキャスト40秒。
至近距離の敵単体を吹き飛ばす。
派手な見た目に反して、ダメージ量はわずかであり、もっぱら行動阻害用の嫌がらせスキルである。
なお、右腕を横に振るモーションに紐づいて先代コールである影一によってショートカット設定されているので、意図せず暴発することがある。
まあ、今代の初陣ではその暴発に助けられたわけだから万事塞翁が馬である。
カードスローで敵を離した後で。
「カードオープン!」
本から取り出したカードから、熊が飛び出てくる。
「グオオオン!!」
モンスター名:グリズベアー。
振り上げた前足をゴブリンに叩きつけると、一瞬で数字に変じて散っていく。
チートじみた高い攻撃力で一撃粉砕。
今までのヘイトうんぬんの流れがばかばかしくなるほどの物理力で残り三体のゴブリンを蹂躙していく。
スキル名:カードオープン。
リキャスト60秒。
テイムしたモンスターを一体召喚する。
モンスターは時間経過と被ダメージに応じてなつき度が減る。
なつき度が残っている間は、敵を自動で攻撃してくれる。
しかし、なつき度が0になると敵対状態に陥り、味方陣営を攻撃し始めるのでその前に
「カードクローズ!」
カードに戻して本にしまう必要がある。
コールのクラス:カードテイマーはテイムしたモンスターの種類によって、幅広い戦術を取れる万能職であるが、なつき度の維持管理の手間がかかるので総じて廃人向けのジョブ扱いであり使い手は希少である。
「よっしゃ! ゴブリンをひとり残らずスレイしたぞ! ウォン! 俺たちはゴブリンス」
「やったね、みんな! 良い動きだったぞ少年」
ヴァナルガンドの発言にエコーが被る。
なんだか賑やかな感じだ。
「あ、ありがとうございます!」
「ワオン! 頑張ったな坊主!」
コールを草原に押し倒して、ふっくらした子どもほっぺを舐めるヴァナルガンド。
人懐っこすぎてもはや犬である。
「あはは! くすぐったいですよー!」
仲良くじゃれる、少年と犬(狼)。
はた目にはほほえましい光景だ。
ヴァナルガンドの中の人事情を知らなければ。
2024年4月13日10:05
横浜市ガレージオフィス。
琴浦に誘われ中に入ると、オフィスのようになっていてPC付きのデスクが二つ、対面になって配置されていた。
まんま倉庫になっている外観よりは、中身はそれなりにちゃんとしている印象。
ガレージのすみっこには吊るされたサンドバッグ。
あの狼の中の人が使ってるのだろうか。
大人の男の人っぽかったし。
いや、そういう決めつけは良くないかと影ニは思い直す。
案外、琴浦がストレス解消に使ってるのかもしれない。
「健さん、来たよ」
女性用の紺のビジネススーツを着た美女に呼ばれて、奥から熊のような威容が現れる。
筋骨隆々の大男。
鼻の下から頬、顎まで覆う立派なヒゲ。
ヒゲのせいで老けて見えるのを差し引けば、三十代後半くらいだろうか。
白いランニングシャツにカーキのスラックス、頭に白いタオルを巻いた装いは、肉体労働者然としている。
他人に威圧感を与えがちな巨体だが、目がくりっとした犬顔で恐ろしげなイメージを少しだけ緩和している。
その男の目が、影ニ(コール)を見るなり驚きに見開かれる。口の形が『影一』と呟いたように見えた。
無理もない。
影一とは一卵性双生児。
影ニがメガネを外して髪を上げれば、二人を見分ける手段は皆無と化すほどの生き写しだったのだ。
大男は、辛そうに口を引き結ぶとのっしと影ニに歩み寄る。
そして、逞しい右手を差し出して握手を求めながら言う。
ゲーム内ボイスチャットと同じ、深い渋味を持ったダンディな声で。
「リアルでは初めまして、だな。俺は尾形 健。ヴァナルガンドを演っている」
PV、評価、ブックマークありがとうございます。
とても、はげみになります。




