第26話 町のみんなが俺をチビと侮辱しながら小銭をくれる
「ありがとう、ありがとう、助かるよ。
坊や、これチップだよ、小さいのに偉いねえ。あめ玉でも買いな。」
爺さんが、ニッコリ笑って1ドルチップでくれた。
俺はついに、自然な微笑みでキャッと笑って返す。
「おじさん、ありがとう!」
「はっはっはっは、がんばれよ、坊や。」
「うん!」
バタンとドアが閉まると、馬の所に戻りながらギリギリと歯を噛みしめる。
どこ行っても新顔に返ってくる言葉は、チビ系単語と「偉いねぇ」だ。
だが、必ず小銭をくれる。
チビと言いながら、相手は慈愛に満ちた表情で、悪意はない。
クソッ、マジで悪意は無いんだっ!!あれば殴れるのに!
俺は、俺は、この苦行に慣れなきゃいけない。
伝票に、サインとチップ1ドルと書く。これはさすがに慣れた。
「どうだ?すんなり行った?」
「1ドルチップもらった。」
「またかよっ!なんで?!ここのジジイめっちゃケチなのに!」
1ドル入れると、チップ袋がジャラジャラと音を立て、ドンドン重くなる。
どうやら俺は、チップの標的になっているらしい。
みんな俺にチビと言い、侮辱しながらチップだと、小銭をくれる。
いったい喜んでいいのか怒りまくっていいのかわからなくなり、ついに俺は銭に微笑むことに決めた。
悔しそうなダンクに、チップ袋を手にニッコリ笑う。
「それはやっぱ、俺が愛らしいからだろ?」
「グルーミングだろ。お前、ケツ狙われてるぞ」
へっ、負け惜しみかよ。
「俺のケツは俺の物だし、出すこと以外は認めねえから。」
「ふうん、なあなあ、軍で襲われたろ?
俺さ、マジゲス野郎がいて、一度やられそうになって逃げたわ。」
馬に乗って、並んで喋りながら、また次の配達先に向けて流す。
「ああ、最初、夜中3人来たらしいけど、朝起きたら死んでた。」
「なに?!それいったいどういう状況だよ!!」
「さあ、その後また朝起きたら4人死んでて、それから誰も来なくなった。」
「マジ?!怖すぎだろ!!誰か守ってくれたわけ?」
「ハハッ!誰が守るかよ、みんな足引っ張ることしか考えてねえよ。
寝ぼけてやっちまったらしいんだよなあ。」
「怖え、マジ怖えよ。俺、お前が寝てたら近づかないことにするわ。」
「そうだな、どうやらその方がいいようだ。
おかげで同室になる奴がいなくなって、俺は広い角部屋で1人、のんびり出来たぜ。」
ニッと親指を立てる。
ダンクが引きつった笑いで、前に出て先を行った。
ロンドの町は、最前線だっただけに更地になった土地の所有者の不明が増えた上に戦後建て直した家が多く、番地がハッキリしなかった。
ので、戦後新築時に新たに番地が割り振られている。
だから、プレートをみると一目で誰の家かわかりやすい。
だが、それだけに戦前の番地と持ち主が代わり、確認が必要だ。
戦後戻ってきて自分の土地に誰か住んでたら、違う土地が割り振られるらしい。
それで中心地にまとまって町が出来た。
「次、小荷物な。伝票変わってここ、ここにサイン貰って。
あ、あー、何だこれ、散弾の弾が貫通してる。
事故品はこの札が付いてる。説明して謝罪して。
着荷拒否とか、一旦引き取って戻しの時はここにサイン。
これ領収になるから、戻しの時はこの領収書あるか確認。」
「あ、こっちじゃ無くてこっちか。俺のサインが荷物か。」
「うん、ちゃんと名前確認しろよ。
あと、すんごい怒られるかもしれないけど、じっと我慢だ、手を出すな。
事故が起きても、届けられたら送料は発生する。盗まれたら希望で返金、弁償は無い。
ちなみに返金処理する奴は少ない。
返金処理したブラックリストがあるってデマ流れてほぼいなくなった。そんなもん無いのによ。」
「ハハッ、了解」
サトミ一人で荷物持って庭に入り、ドアに立ってノッカーでコンコン鳴らす。
難しいつづりの名前だ。
中から、厳ついおっさんの声がする。
「なんだ」
「ポストエクスプレスです、速達便のお届けです。
こちら……えと、アダ、アダレ……ハブさん?」
「はあ?何だって?それはうちじゃないぞ?」
「えっと、えっと、くそ、わかんねえよ」
なんだ?男がいぶかしい顔でドアに耳を立てる。
カメラには郵便バックたすきにかけた少年が写っている。
「何だ、新人か?」
ガチャリとドアを開けると、ちっこい少年が読めなくて焦っている。
うるうるうるんだ目で見上げて、弾が貫通してる穴を見せて、「ごめんなさい」とささやくと、男の心臓がドキンとした。
「いや、坊やには難しいよな。これはエイブラハムって読むんだ。
そうかそうか、新人さんか。まだ小さいのに偉いぞ。
うん、そうか穴が空いちまったか。仕方ない。修理するさ、俺も運が悪いな。
12ドル?よし、20ドルやるから差額はチップだ、なんか美味いものでも食え!はっはっは!」
ダンクが馬の所で、心配して顔を出す。
ここのおっさんは怖い。滅茶苦茶怒られて、殴られそうになった事がある。
リッターは一度、同じように弾が入ってて、謝罪したのにマジでケンカになって殴り合った。
なのに、技術者らしくて荷物が多い。
速達はリスク承知の上で頼む物なのに、ここの奴はトラブルメーカーだ。
殴られないか心配していると、サトミが戻ってきた。
「大丈夫だった?!」
「チップ8ドル、最高額だった。」
「なんで?!!」
「わかんねえ〜」
ダンクは解せない顔で、サトミの背中に親指を下に向けた。
やがて午前中最後の郵便を配達終わり、町中で馬を引いて歩きながら話す。
ダンクは気さくでいい奴だ。
今、郵便局の近くに1人で住んでるらしい。
両親は戦争で死んだから、生きてる可能性があるのは羨ましいと言ってくれた。
「大丈夫、きっと会えるさ、リッターもちゃんと母ちゃんに会えたし。
すんげえケバくて、超美人の女優みたいな母ちゃんだったけど。
リッターって一見ナヨッとしてるだろ?でも、これまで一度も盗まれてないの、あいつだけ。凄いだろ?」
「へえ、見た目からは、盗賊に狙われそうだけどな。」
「そうそう、だから賊の致死率高えの。
だからリッターは、自分が一番恨み買ってるってわかってるのさ。
あいつ、賊たちからファッキンバニーってあだ名付いてんの。キシシシシ、おもしれー」
「ガイドって、エクスプレスのリーダー?」
「ああ、ガイドは一応今の俺らのリーダーさ。
一番長くて、戦中は戦場を突っ走ってポストアタッカーやってた、すげえ人。
まあ、前のリーダーが死んだばかりだからね。なんかしっくりこねえの。
リッターもガイドも家族いるし、もう毎日ヒヤヒヤしてる。」
「問題があるならクリアーすればいいのに。」
「あのなあ、俺たちは郵便局員なんだよ。そう言うドンパチはポリスの仕事。
軍はポリスの依頼受けて出てくる。
俺たちはやられたら応戦する権利は許されてるけど、こっちからやる権利は無いんだよ。
お前ほんと手が早いよなあ。」
「めんどくせえなぁ」
「面倒くさくないの!これが普通!」
みんなギリギリの中で生きている。
そしてそれでもこの仕事に命を賭けている。
サトミはダンクの腕章を見て、自分の腕章も見る。
ダンクがその様子に、ニヤリと笑ってサトミをのぞき込む。
グッと目の前に親指を立てた。
「俺たち、カッコイイっしょ!!」
その自信はどこから来るんだよ。
サトミはプッと吹き出し、親指立ててうんと返事した。