第五話「邂逅」
ヴィルヘルミーネの涙ながらの懇願、そして自分に芽生えた強い希望により、徹は元の世界へと帰ることをやめこの世界でヴァルター・クルズ・オイゲンとして生き、自分たちの文明を築き上げることを決意した。
「さて、ヴィルヘルミーネよ」
「ああ、なんだ、ヴァルター様?」
「我々がまず初めにするべきこと、それが何か分かるか?」
「分かるさ!まずは第一都市の開拓、だな!」
「その通りだ」
『ミレナリズム』というゲームは、都市を築きそれらを成長させることで文明全てを発展させていくゲームだ。それに必要不可欠な存在は、都市。『ミレナリズム』も都市を開拓するところから始める。
徹は周囲を見渡す。
木々が所狭しと蔓延るこの森だが、中規模の川が流れるこの辺りはそこそこ開けており、開拓するにはうってつけの場所と思えた。
「よし、それでは今この瞬間より、ここを『魔王文明グリントリンゲン』のものとする!」
「おお!」
徹は魔王のように重々しい口調で建国の宣言をし、その言葉にヴィルヘルミーネは目を輝かせる。
とはいっても、特に何かが起こる訳でもない。『ミレナリズム』であれば、都市を開拓した瞬間からその都市に関するデータが見られるようになるが、ここはあくまでゲームの中では無いということか。
「………」
しかし、その点において徹が不満に思うことはない。
むしろ、徹の胸は弾んでいた。ここから、元いた世界のパソコンの中で何度も成長させ勝利に導いた『魔王文明グリントリンゲン』を目の前で発展させることが出来るのだから。
さて、『ミレナリズム』において、第一都市の開拓と言うのはいわばゲームスタートと同義だ。
プレイヤーはこの都市をどう発展させ、何を生産させるかを決めなければいけない。
『ミレナリズム』において最初に都市で生産させるものはプレイヤーによって二つに分かれる。
一つの選択肢は施設『穀物庫』。穀物庫を建設すると、都市に貯蓄できる食料の量が増え、市民の増加に大きく補正が入る。
もう一つの選択肢は斥候ユニット。斥候ユニットはユニットの一つであり、戦闘力は低いものの、移動力や視界が他のユニットより優れる、まさに斥候にうってつけのユニットである。
この二つの選択肢だが、徹は専ら後者を選ぶプレイヤーであった。
前者は堅実なプレイ、後者は序盤から領土を拡張するプレイに適しているが、攻撃的な文明である『魔王文明グリントリンゲン』を好む徹にとって、初手で斥候ユニットを生産した方が都合のいいためだ。
(よし、まずは斥候ユニットの生産だな)
そう考えた徹だったが、ここでふと疑問点が浮かび上がる。
「……あれ、生産する市民、いなくね?」
生産と言う行為は、その都市の市民によって行われる。その都市の人口が増え都市の生産力が上がるにつれ、生産にかかる時間も短くなるのだが、徹の目の前に広がるのは、川と木々と少し開いた土地と不思議そうな顔でこちらを見つめるヴィルヘルミーネのみ。
「…ヴィルヘルミーネよ」
「どうしたんだ、ヴァルター様。なにかお困りだったらオレを頼ってくれよ!力になるぜ!」
徹の言葉に、ヴィルヘルミーネは彼女の背丈ほどあるハルバードをぶんぶんと振り回しながら頼もしい言葉で返す。
そんな彼女は、『ミレナリズム』をプレイしていた頃から変わらない頼もしさがあるのだが――
「市民が、いない……」
「あぁ……」
情けのない徹の言葉に、ヴィルヘルミーネは振り回していたハルバードを力なく下ろす。こればっかりは、彼女の腕力で解決できることではなかった。
「だったら、そこらへんの都市を襲ってオレらの都市にしてしまうか?」
「…却下だ。そんな野蛮なことをするつもりはない」
ヴィルヘルミーネの言葉は、『ミレナリズム』であれば良い手ではあるだろう。武力を以って他国の都市を分捕る。こちらにはヴィルヘルミーネという頼もしい戦力がある。それも決して不可能なことではない。
しかし、それはゲームの中だからできたことだ。ここを現実の世界とする以上、そんな暴力的なことをしたくはなかった。
「どうするか……」
この世界で生きていくことを決めて僅か数分。徹たちにはいきなり重い問題がのしかかる。
徹が青い空を見上げ溜息をついていると。
『待―やが―!』
『来――でって――いるで―う!?』
「っ!?」
森の奥、そこまで遠くない方向から、男女の声が聞こえる。
「ン。ここから南西の方角だな。走れば一分も経たない」
いきなり聞こえてくる声に驚く様子も見せず、ヴィルヘルミーネは淡々とそう報告する。
ヴィルヘルミーネは、その縦に割れた瞳孔で徹の瞳を見つめる。それは自分の主人の命令を待つ従順な従者の目だった。
(―どうするか)
悩む徹だったが、ここで市民のいない都市を前にただ考えるだけでは埒が明かない気がする。
であれば、人間と会い何かしらの情報を引き出すべきか。
「―行くぞ」
徹は短く、そう言った。
~~~
「ヴァルター様、そろそろ着くぜ!」
「あ、ああ……」
周りの景色が矢のような速さで後ろに流れていく。
現在、徹はヴィルヘルミーネに抱えられ声の発生源へと向かっていた。
「な、なあヴィルヘルミーネよ。やはりこの格好は……」
ヴィルヘルミーネは、徹をいわゆるお姫様抱っこという形で抱えていた。
これは勿論徹が希望してそうなった訳ではない。行くぞ、と言ったら了解だという一言と共にこうなっていたのだ。
こういう恰好をするのであれば、本来男女逆であるし、何より恰好が付かない。そう思ってやんわりとこの態勢をやめるよう言った徹なのだが―
「…ヴァルター様は、こういった格好はお嫌いか……?」
ヴィルヘルミーネは今にも捨てられそうな子犬のような表情でそう言った。
「い、いやそういう訳では無いが…」
徹にとって最愛のキャラであるヴィルヘルミーネのそんな顔は、徹を折れさせるには充分な威力を持っていた。
―まあヴィルヘルミーネが満足ならいいか。
そう考え半ば自分の尊厳を諦めた頃、徹の耳に何人かが同時に走っているような音が聞こえた。
「ヴァルター様、着いたぞ」
ヴィルヘルミーネのその言葉と同時に、徹は地面に優しく下ろされる。
「――――」
そこにいたのは、一人の少女と三人の騎士だった。
少女は痩せこけた体をしており、こめかみからは徹たちほどではないが小さなツノが生えていた。その他にも背中に生える翼や腰から生える尻尾が見えることから、少女は魔族なのだろう。彼女は驚いたような顔で徹を見つめていた。
三人の騎士は全員が同じ鎧を着ていた。彼らは魔族の少女を取り囲み、彼女を今にも斬り殺そうとしていた。だが、いきなりの闖入者に警戒をしているようだ。
ふむ、と徹は考える。徹がここに来たのは情報収集のためだ。
損得だけを考えれば、見るからに貧しい少女の味方をするよりも、どこかしらの国に仕える騎士の味方をした方がメリットは大きいだろう。
しかし、それは駄目なのだとその直後理解した。
「魔族か!」
「はん!魔族風情が同胞を助けに来たのか!?」
彼らの鎧は先ほど徹たちに襲い掛かり返り討ちになった騎士と同じものだった。だとすれば彼らは魔族に嫌悪感を持っているはずであり、案の定徹たちに向かって口汚く罵ってくる。
「貴様ら…我が主に対してその不敬、万死に値するぞ!」
これも案の定と言うべきか、徹を罵倒した騎士に対して徹に絶対の忠誠を誓うヴィルヘルミーネは怒りを露わにする。
徹は敢えて彼女を止めなかった。
不安そうな表情で見つめてくる少女は魔族。であれば、こちらに襲い掛かってくる騎士よりも同じ種族である少女を助けた方が、それから先も円滑に事が進むだろうと考えたのだ。
それに、その少女の目は助けを欲していた。それを無視すると後味が悪そうだ。
「さて、その少女を解放してもらうぞ」
~~~
「ハッ!ヴァルター様に大口を叩いた割に大したことはねえな!」
ヴィルヘルミーネはその見るからに硬そうなロングブーツで騎士を蹴り飛ばし、それをとどめとした。
戦闘はすぐに終わった。三人の騎士は首を絶たれ、身体を半分にされ、そうして全身を燃やされ呆気なく肉塊と化した。
相変わらず、命の懸かった行為は嫌気がさす。早くがちがちに守りを固めた都市の中でゆっくりしたいもんだと思いながら、魔族の少女の側に歩み寄る。
彼女は呆然とした表情で倒れる騎士を見つめていた。今の今まで自分を殺そうとした騎士が殺されている現実味を帯びていないその光景に唖然としているのだろう。
「きさ―君、怪我はないか」
「―!?」
少女に目立った怪我は認められない。しかし万が一と言う可能性もあるため、徹はそう声をかけた。
徹の声に、少女はかなり驚いたような反応を取った。
その反応は少し予想外であったが、徹にとって彼女はこの世界で初めて友好的に接することが出来るかもしれない人物であった。
ここは少しでも好印象を持ってもらうべく優しく接しなければ。徹はそう考え、地べたに座り込んでいた彼女の視線に合わせるべく膝を曲げる。
「我の名は魔王ヴァルター・クルズ・オイゲンという。君の名前は何だろうか?」
「え!?」
「え」
徹の自己紹介に、少女はこれまで以上に驚いた顔をして声をあげた。
(な、何かまずかったか!?―ハッ!彼女は魔族!つまりこの世界には俺以外にもう魔族たちを従えている別の魔王がいてもおかしくない!)
徹がこの世界に来てからまだ一時間程。その少ない時間で得られた情報は限りなく少なく、周囲にどんな国があるのか徹は全く知らない。
最悪、この森がヴァルターという魔王以外の魔王が治めている国の可能性だってある。そうすれば、少女の目には徹は魔王を騙る不審な人物に映るだろう。
「ご、誤解なんだ俺は――え?」
慌てて弁明しようとした徹の視界に、信じれないない光景が飛び込んできた。
「魔王様…!」
目の前の魔族の少女が、小さく呟きながら土下座をしていたのだ。
彼女は涙を流し、額が擦り切れてしまうほど強く頭を下げていた。
「どうか、我々をお救い下さい…!魔王様……!」
予想外の展開に、徹はただ目を見開くことしかできなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
励みになりますので【ブックマーク】と【評価】の程よろしくお願いします。
読者様の応援が筆者にとって何よりのモチベーションとなります。
また、感想なども大歓迎です。