第三話「暴虐のヴィルヘルミーネ」
目の前で倒れた鎧からは人の気配がなくなり、ただ鼻が折れる程の異臭がするのみ。
それを見た三人の騎士たちは唖然としていたが、当の本人である徹は意外に冷静であった。
(おいおいおい…最初期魔術の地獄の炎で死ぬってどういうことだ?この騎士が弱いのかそれともヴァルターの戦闘力が高いのか……)
魔術の威力と言うのは、その魔術の能力に加え、魔術を使うユニット側の戦闘力も参照される。『ミレナリズム』内では実際に戦うことがなく、戦闘力は未知数であるヴァルターだが、魔王という設定だけあって、戦闘力は高いのかもしれない。
(い、いや、それよりも…人を一人殺してしまったというのに俺のこの落ち着きようはなんなんだ?)
人を殺す…現実世界では決して許されない行為をしたというのに、徹は今冷静な分析をしていた。
普通の日本人として育った徹なら、本来人を殺すどころか、死んだ人を見た瞬間に吐き気を催したっておかしくない。
それなのに、今の徹には殺人をした罪悪感も、焦げた肉塊になった人を見た不快感も無かった。
ただ、ゲーム内のモンスターを倒したような、「敵を倒した」という感覚があるのみ。
(俺……ヴァルターと同化してしまっているんじゃ…)
「ま、魔族がぁああああ!」
「っ!」
味方の壮絶な死を目の当たりにした騎士が、怨嗟の声を上げながら徹に吶喊する。
一瞬反応に遅れた徹であったが、学生時代運動部であったプライドを掛け横に跳躍した。
「ぐぅっ!?」
その瞬間、左足に走る痛み。ちらりと足を見ると、かすり傷ではあるが少し血が出ていた。
(やっぱこれ夢じゃなかったかぁ!痛ぇもん!)
改めて痛みを知り、ここが現実だと嫌でも思い知らされた徹は再び魔術を唱えるため右手をかざす。
(こうなったら全員倒すしかねえ!恨まないでくれよ!)
「ヘルファ――あぐっ!」
魔術を詠唱する前に、額に強烈な痛みが走る。ぼとりと何かが落ちる音をする方を見ると、そこには掌サイズの石が落ちていた。どうやらこれを投げつけられたらしい。徹から一番遠い場所にいる騎士が投げたようだ。
「うおおおおおおお!」
「おわっ!?」
石を投げつけられ魔術を唱えられなかった徹のもとに、別の騎士が襲い掛かってくる。
「くそっ!チームプレイとか卑怯だぞ!」
騎士たちの淀みない連携に、徹は思わず毒づく。しかし、現状は変わらない。相手は三人で、こちらは一人。しかも徹最大の武器である魔術を唱えようとすると妨害され魔術は使えない。圧倒的不利だ。
(くそっ、せめて一人だけでもこっちに味方が…ん、味方?)
騎士の剣を全力で避けながら、徹はヴァルターのある能力を思い出した。
(【配下召喚】…!ヴァルターの持つ、この能力を使えばユニットを召喚できる…!)
『ミレナリズム』の指導者は、その者の背景にまつわる能力をいくつか持っている。例えば雨の日であればユニットの能力が上昇する【天の恵み】だったり、常に米の生産量を上げることができる【水田技術】だったり、その種類は様々だ。
『魔王文明グリントリンゲン』の指導者であるヴァルターの持つ能力の一つに、【配下召喚】というものがある。これは、特定の条件下であれば、本来都市で時間をかけて生産するユニットを無償で即座に生み出すことが出来る能力だ。『魔王文明グリントリンゲン』には、この【配下召喚】でしか生産できないユニットがいくつかあり、そのどれもが強力であるのも、『魔王文明グリントリンゲン』の魅力の一つである。
(【配下召喚】の条件の一つに、「初めての戦闘後」がある…!今さっき俺は一人の騎士を殺した、ならばこの条件が満たされているはず…!)
そんな徹の考えに呼応するように、徹の意識の下に【配下召喚】が出来る感覚が浮かび上がってくる。
(いける…!)
「いくぞ!【配下召喚】!」
騎士の剣を避け続け、隙が出来た時を見計らい徹はそう叫んだ。
その瞬間、徹の足元に紺色の魔法陣が浮かび上がる。それと同時に、辺りは夜と見紛うほどの真っ黒な闇に包まれ、けたたましい音と共に激しい雷が落ちた。
「な、なんだ!?」
「何が起きている!?」
事態の急変に、今まで徹を襲っていた騎士たちは警戒態勢に入った。
騎士と同じように驚きを隠せない徹も、その魔法陣を見つめる。
すると、一人の女性の姿が魔法陣から生えるように現れた。
まず目を引くのは艶やかな銀の髪。側頭部で二つに結んであるその髪は、彼女の左目を隠していた。その強気な顔はまさに端正の一言。こんな森の中でなく街で出くわしたのなら思わず声をかけてしまうだろう。しかしそのこめかみからは彼女が魔族であることを主張する黒い山羊のようなツノが生えている。
女性にしてはがっちりとした肩幅に、二度見どころが凝視してしまう程豊かな双丘。その背中からは魔族とはまた違う龍のような翼が腰からは同じような尻尾が生えている。
黒のパンツスーツに赤いシャツを身に着け、膝まであるロングブーツを履いた彼女は、やがてゆっくりと立ち上がった。
獰猛な笑みを浮かべた彼女は、一緒に召喚された傍らにある、その背丈と同じくらいのハルバートを手に取り構えた。
「オレの名はヴィルヘルミーネ。暴虐、悪逆のヴィルヘルミーネ。魔王ヴァルター様の忠実なる僕にしてその右腕。さぁ、ご命令を。貴方の命であれば、何であれオレが破壊してやろう」
肉食獣を思わせる狂暴な笑みは、彼女の180cm程の長身や爬虫類を思わせる縦に割れた瞳孔と相まって、騎士たちを威圧する。
そんな彼らを尻目にヴィルヘルミーネと名乗った女性は徹の方へと向き直り、先ほどまでとは違う無邪気な少女のような笑みを見せた。
(ヴィ、ヴィルヘルミーネだ!ヴィルヘルミーネが俺の目の前に!)
ヴィルヘルミーネは、『魔王文明グリントリンゲン』のユニットの一つで、同文明の最大の戦力である。その性質上、徹の早期から戦争を行うプレイスタイルに合致しており、徹がどのプレイでも一番最初に【配下召喚】を用いて生産するユニットだ。
その分、徹のヴィルヘルミーネに対する愛着は凄まじく、彼が『ミレナリズム』をプレイする理由の五割はヴィルヘルミーネが占めているといっても過言では無いだろう。
それだけ愛着があるキャラが、自分の前に等身大で立ち、あろうことか微笑みかけてくれているのだ。これで感動するなと言う方が土台無理な話である。
しかし、微笑んでいたヴィルヘルミーネの視線が徹の額に行くと、彼女の表情は激変した。
「ヴァ、ヴァルター様!大丈夫なのか、その傷は!?」
先ほどまでの笑顔から一転、彼女の眉は八の字になりこちらを本心から心配していると伺える顔になった。
「あ、ああ、大丈夫で……大丈夫だ」
徹は少し言い淀んだ後、魔王らしい威厳のある声でヴィルヘルミーネの質問に答えた。
ヴィルヘルミーネは徹の最愛のユニットにして憧れの存在。そんな彼女が自分のことを魔王として敬ってくれているのなら、それ相応の態度を取るべきだと思ったのだ。
(それに、少しでも格好よく見られたいしな……)
「貴様らァ…!オレのヴァルター様をよくも傷つけてくれたなァ!」
「ひ、ひぃ!?」
自分の主の額に傷があることに気付いたヴィルヘルミーネが騎士たちにそう叫ぶ。騎士たちはヴィルヘルミーネのあまりの威圧感に思わず悲鳴を上げてしまう。
ヴィルヘルミーネの顔はまるで修羅のよう。そして滲み出る雰囲気は暴力そのもの。
本来であれば武器を捨て背中を向けみっともなく逃げ出してしまいたかったが、彼女から視線を外すのはまずいと本能が叫ぶ。
その瞬間、ヴィルヘルミーネが襲い掛かってくると分かっていた。
だからと言って戦うことも出来ない。ヴィルヘルミーネを見るだけで、彼我の圧倒的な戦力差を嫌でも理解してしまう。
自分たちでは、きっと目の前の怪物に勝てない。先ほどまで自分たちが戦っていた男のことなど忘れ、ヴィルヘルミーネから視線が外せない。
「死ねェ!」
ヴィルヘルミーネは重そうなハルバードを片手で軽そうに担ぎ、一番近くにいた騎士に襲い掛かった。
その憤怒の表情に怯える騎士だったが、ここで剣を構えなければ自分が死ぬことを理解していた。
「う、うわあああああ!」
あまりの恐怖に、騎士はこれまでの訓練がなかったかのような稚拙な動きで剣を振り上げ―
「あ…が……?」
振り下ろすことは叶わなかった。
ヴィルヘルミーネの速度はあまりに早く、騎士がその剣を振り下ろすよりも早く、そのハルバードで全身を半分に分けられてしまった。
「さて、次は…」
「シリース様…お助けを……!」
先程まで同僚であった肉塊から飛び散る血飛沫を浴びた騎士は絶望し、己が信じる神の名を呟く。目の前のあまりの光景に、最早戦う気概は残っていなかった。
「ふん。助けにも来ない神の名を口にするより、命乞いが先だろう?」
だが、その祈りを踏みつぶすように、目の前に暴力を具現した存在が立ちはだかる。
「た、たすけ――」
「無論、ヴァルター様を傷つけた時点でお前の死は決まっているがな」
そのあんまりな言葉に瞠目した騎士は、視界の端で何かが動いたのを見た直後、頭のなくなった首から鮮血を噴き出しながらその場に斃れた。
「あ、あああ………」
最後に残った騎士は呆然と声を漏らす。
どうしてこんなことになったのか。自分に命じられたのはこの森に逃げ込んだ下等種族である魔族を殺すこと。それが、どうしてその魔族によって死に追いやられているのか。
「さて、お前で最後か」
死神のような女が、こちらへ振り返る。
―死ぬ。
「さっさと死んで、あの世でヴァルター様に謝罪するんだな」
「う、うわああああああ!」
死にたくない。その一心で騎士が繰り出した技は、彼の国の騎士団に代々伝わる技の一つ。
「なにっ」
相手の体ではなく武器を狙うその技は、相手の手から武器を離すことを目的としていた。
カランカランと、ヴィルヘルミーネが持っていたハルバードが地面に落ちる乾いた音が響く。
「や、やった!」
その騎士は、決して優秀な騎士ではなかった。騎士になって六年が経つが、未だに自分の隊も持たず、こうして一兵卒として働く人物だった。しかし、自分の生死が関わっているこの状況が、彼の神経を研ぎ澄ませたのだ。
騎士は口角を吊り上げる。
いくら目の前の魔族が強者だといえ、自分は剣を持ち、相手は徒手だ。自分の勝利は確定した。
「死ね!魔族が!」
目を点にしている憎き魔族に対し、剣を振り下ろす騎士。
これでこのヴィルヘルミーネとかいう魔族は死ぬ。そして自分は一秒でも早くこの森から脱出してここで起きたことを報告するのだ。
「地獄の炎」
「……へ?」
そんな想像をしていた騎士の耳に、何故か忘れていた声が届く。
その直後騎士を襲い掛かったのは、熱。
「うわああああああああああああぁ!」
全身が痛い。まるで肌と言う肌に無数の針が刺さっているかのような感覚。
熱い、痛い。呼吸が出来ない。肺すら焼けているような感覚。
いくら地面を転がろうともその感覚が癒えることは無い。
「どう……して……」
自分はあの男の存在を忘れていたのだろう。
その考えを最後に、騎士は意識を手放した。
~Millepedia~~~
ヴィルヘルミーネ
種類【戦闘ユニット】
種族【魔族】【龍人族】
属性【混沌・悪】
・ユニット能力(生産直後)
戦闘力…その文明で最も戦闘力が高いユニットの戦闘力×1.5 移動力…2
維持コスト…10ゴールド
・所持スキル
【戦闘狂】他文明との戦争をしているターンが長いほど、戦闘力アップ
【戦いへの逸楽】敵ユニット撃破時HP50%回復
【釘付け】このユニットに隣接する敵ユニットは移動力が1になる
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ヴィルヘルミーネはグリントリンゲン固有のユニットで、【配下召喚】のみで生産できるユニットである。
グリントリンゲンはおろか、他文明のユニットと比べても頭一つ抜ける戦闘力を有しているが、その分維持費は莫大。戦争を始めるまでは生産しない方が吉だろう。
単騎で突撃させるでも良し、先頭に立たせてタンク的運用をするのも良しなスキルを持っている。
魔族と龍人族の混血であるので、龍特効武器には要注意。
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18時にもう一話投稿しようと思っているのでそちらも是非お願いします。