第十五話「妖精族と闇妖精族」
徹は仕事以外の時間は『ミレナリズム』に費やすほどの廃人ゲーマーだった。仕事から帰っては部屋に引きこもり、朝を迎えて仕事へ行く。外出する時なんて、必要な買い物をするだけの究極のインドア派であった。
何を言いたいのかというと、それほどまでに出不精の彼にとって、森の中を歩くと言うのはとんでもない苦痛ということだった。
(ふくらはぎが痛い…足の感覚がほとんどない……馬車は尻が痛くなるから歩いた方がましだとか思ってた自分をぶん殴りたくなるな…)
徹は毒づきながら足を引っ張るように歩く。
半歩後ろを歩くクラウディアは無表情だ。その顔には苦痛の表情が見えないどころか、汗一つ見えなかった。
闇妖精族には森の地形において様々な恩恵を得られる。彼女の種族的特徴を羨んでいると、前方から声を投げかけられた。
「もうそろそろでガラー鉱山だ」
今の徹にとって救いの言葉であろうそれを口にしたのは、真っ黒い鎧の妖精族――ミリズだ。
彼女は徹が依頼を受けたセルノの従者であり、徹たちの見届け人として依頼に同行することになった者である。
「…そうか。それは助かる。そろそろ足が引きちぎれそうだ」
「全く、そんな体たらくで本当にガラー鉱山の魔物を討伐できるのだろうな?……そこな闇妖精族は表情一つ変えていないが」
ミリズは鋭い目付きでクラウディアを睨みつける。
クラウディアはそれに対しなおも無表情で、どこ吹く風と言った様子だ。
その様子が更にミリズを腹立てたのか、彼女は舌打ちを零す。
どうやらミリズは妖精族特有の闇妖精族に対する反感を強く持っているようで、ここに向かうまでもこうしたやりとりは多くあった。
徹は胃が痛くなる思いだった。
ミリズはこれからガラー鉱山まで同行することになっているのでこれからもこうした険悪な雰囲気が続くと思うと気が滅入るし、徹にとってクラウディアは大事なユニットだ。そんな彼女に暴言が吐かれる現状も快く思っていない。
「…そう言えばミリズ嬢。聞きたいことがあったのだが」
「なんだ?」
そう考えた徹は、世間話を振ることにした。
ミリズはクラウディアに対し厳しく接する一方、徹へのそれは初対面の相手に対するものと同じだった。
闇妖精族への差別感情以外は常識の通じる人間なのだろう。
「ガラー鉱山の魔物を、何故冒険者ギルドに?村や商人が冒険者ギルドに依頼するなら分かるのだが、王家に連なる方ならば私兵をお持ちではないのか?」
「ああ。その疑問は最もだな。答えはこうだ。陛下は既に私兵を差し向けた。そして敗北し、諦めた」
「諦めた…?」
「そうだ。王直属の騎士二十人をここへと派遣させたが、見事に返り討ちになったんだよ」
「その結果、諦めたと?ならガラー鉱山はこの国にとってそこまで大事な場所ではないということだろうか」
普通、鉱山と言うのは国や文明にとって大事な存在だ。鉄や銅といった金属は文明の土台を支えるような大事な資源。それを易々と手放すとなると、ガラー鉱山の鉱脈は尽きかけているのではないか。徹はそう推測する。
「いや、セルノ様によるとガラー鉱山から供給される鉄鉱石はフィーリス王国のそれの三割を占めるらしい」
「さっ…!?」
その言葉に、徹は目を見開く。
三割。それは大きな数字だ。とても簡単に捨てる量じゃない。
「貴殿の驚きは最もだろう。私とて、それほど大事なガラー鉱山を易々と魔物に引き渡すと聞いて王家に対する不信感すら抱いたものだ。だがな、ヴァルター殿。語弊を恐れずに言えば、我が国は平和ボケしている」
「…確か、百年以上他国と戦争をしていないと」
「それだけじゃない。我が国は百年以上内乱や反乱なども発生していない。つまり、我が国はここ長い間どの軍人も剣を抜いていないんだ」
「平和な国とは聞いていたが、それほどとは……」
徹の生きてきた世界と比べてみても、そんな国家は稀有であるだろう。
確かに、現代の日本では戦争はもちろん、国家転覆を狙う集団による蜂起など起きていない。
だがそれは、長い歴史を見て貧富の差が少ない現代だからこその話だ。
今徹がいる世界は、元いた世界で言う中世ほどの文明の発達具合だ。
そうなれば、現代と比べれば貧富の差が激しい。富を極める者である王がいるまらば、それを支えるために最底辺の生活をしながら畑を耕す農民やスラム街で住む孤児などもいる。
そうした格差は不満を生み、やがて反乱に繋がる。
しかし、この国には百年の間小さな反乱なども無いと言う。それはつまり、相対的に貧しい者でも現状に不満が無いほど恵まれているという事。
それはある意味文明、国としての最終到達点ではないだろうか。
「ああ。だからだろうな。陛下はこう言ったそうだ。『武器や防具のための鉄を減らせば対処可能である』と」
だからと言って、軍を弱体化させるのはまた違う話であるが。
「…その情報が洩れれば、この国は他の国に攻め入られるのでは?」
「そうだろうな。我が国が戦乱に巻き込まれてこなかったのは国を囲む地形と、先達が残してくれた屈強な兵たちだ。その一つの盾を失えば、隣国に付け入るスキを与えることになる。しかし、全ての貴族や家臣がそれに納得したわけではない。その方たちには…セルノ様も含まれている!」
ミリズは神に赦しを乞う信徒のごとく胸の前で両手を組んだ。
いや、実際ミリズはセルノという人物を崇める信者なのだろう。その瞳には一切の濁りがなく輝いている言うに見えた。
「騎士たちで敵わないから冒険者、と?それは早計なのでは?」
「いや、そんなことはない。騎士たちは確かに職業軍人ではあるが、あくまで想定される敵は人間だ。相手が魔物となれば、毎日のように魔物を討伐している冒険者の方が一枚上手だろう。セルノ様が言うには、相手が魔物ならば、騎士二十人の力は白金冒険者五人ほどにもかなわないだろうと言っていた。……貴殿たちは鉄、それに二人だが、セルノ様が達成可能だと判断されたんだ。私としては疑問が残るばかりだが、セルノ様の人を見る目は確かだ。貴殿たちには無事、いや、多少のけがを負ってでも依頼を成して欲しい。……まぁ、これが報奨金の高さの理由だ。セルノ様はこの依頼を国家が抱える重大な問題だと捉えていらっしゃる。それ故の金貨300枚だ。貴殿たちが慎ましく生きるのであれば一年間は金の心配をしなくていいだろう」
フィーリス金貨という貨幣の価値は、未だに徹には理解できないが、ミリズの言葉から推測するに恐らく金貨一枚は一万円ほどと同義でいいのではないだろうか。確かに、三百万円ほどあれば決して豊かな生活は送れないが一年間雨風凌げる場所で三食食べながら生きられるだろう。
「……ま、そこな闇妖精族に払う金など銅貨一枚もないがな」
平穏に終わったと思われた世間話だったが、嫌悪の籠ったミリズの言葉でまたもや流れる雰囲気に緊張感が走った。
これではなんのために自分から話しかけたのか分かったものではないと、徹は腹をさすりながら思うが当のクラウディアは真正面を見続けている。まるでミリズなど眼中にないように。
「ちっ。おい、なんとか言ったらどうなんだ闇妖精族。流石は陰気に溢れた闇の種族だな。我らのような正しき妖精族への言葉は無いとでもいうつもりか?」
流石に、これ以上の暴言は看過できない。これ以上雰囲気を悪くすればこれからの団体行動に支障が出るかもしれないし、なにより徹がミリズへ手を出す可能性も否定できない。
少し表情を顰めミリズを制しようとした徹だったが、そんな主人の雰囲気を察したのかクラウディアが初めてミリズを視界に入れた。
「私に報酬など必要ない」
「……なに?」
クラウディアは相変わらず感情の読めない声を出す。その声が、まるでムキになっているのは自分だけだと言われているように感じたミリズの癪に障り、更に低い声になる。
「私の存在理由はただ我が主たるヴァルター様のため。この身がヴァルター様のお役に立つと言うのなら、その栄光こそが私の誉れ。ならば、金など私にとって無益だ」
それで十分とでも言いたげに、クラウディアは再度視界からミリズを外す。
その言葉があまりにもぶっきらぼうで、ミリズの神経を逆なでしてしまったのではないかと思ったが、意外にもミリズは鳩に豆鉄砲を食らったような呆けた顔をしていた。
「……そうか」
十秒ほど経った後、ミリズはそれだけ言うと口を固く閉ざしてしまった。
それから無言が続き、徹の胃が限界を迎えそうになった瞬間に、一行は棄てられた鉱山へと到着したのだった。
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