第十二話「問題と襲撃と、求職」
「……以上が、この世界についての大雑把になりますが説明ですね」
「そうか、感謝するぞ。シーズ」
「はい!ヴァルター様にそう言って頂けて嬉しいです!」
シーズにこの世界について教わること数時間。空は茜色が支配していた。
この世界について分かったことは、四強と呼ばれる四つの大国のことやそれ以外の中小国の事。
シーズが言う通り大雑把な内容だったが、彼女が以前までただの農民であったことを考えれば妥当な内容だった。
「…さて、そろそろ家の一つくらい建ったかな」
「そうですね。まずは皆の寝床が必要かと、家と言うより五十人が寝れる建物をと思ったんですけど…」
「ふむ、それは良い考えだ。よし、彼らの様子を見に行くとしようか」
「はい!」
徹とシーズは歩き出す。彼らがいた場所からその場所までそう時間はかからなかった。
「カール、そろそろ……は?」
魔物たちが集まりわいやわいや言っている場所に辿り着いた徹は、目の前の状況が理解できずそんなみょうちきりんな言葉を出す。
そこにあったのは建物と呼ぶのも失礼なあまりにお粗末な小屋だった。
屋根はでこぼこで、床を支える柱の長さは均一でなく建物自体が傾いている。ドアには隙間があり、窓は最早現代アートのような形をしている。
それは家と呼ぶにはあまりに不相応な、まるで子供が自由帳に描いたような建物だった。いや、それの方がまだマシだったかもしれない。
「なんだこれ……」
「面目次第もありませぬ……」
呆然とする徹の下へ、顔を青くしたカールが近づいてくる。
「ちょっとカールさん!な、なによこれ!?私が渡した設計図と全然違うじゃない!」
「そ、そうは言うがね。君の設計図とやらはわかりづらいし…果たしてこれは木材だけで出来るものなのかい?」
「ちょっと……それ我にも見せて」
唖然とする徹へ、カールは一枚の紙切れを渡す。
それはどうやらシーズが描いた設計図のようで、一つの建物が描かれていた。
それ自体は悪くない。しかし、その構図が問題だった。
あまりに理想が高すぎたのか、出来るのに一ヶ月はかかるんじゃないかという豪華な造りに、これを木材だけでどうやって表現するのかと文句が言いたくなる浮いているレイアウト。
「………お前たちって、家を建てたことない?」
目の前に建つ歪な建物。そして無理難題に等しい設計図を前に、徹は素朴な疑問を口にする。
その言葉にシーズとカールは顔を合わせ気まずそうな表情を作った。
「……はい。村に新しい家が建つ時は大工の方がいらっしゃってましたね」
「うぅ…。ヴァルター様にいいとこみせたくて…。それに前よりいい家に住みたくて……」
「…………」
(なるほど~。そういう問題があるのか~~~~)
徹は『ミレナリズム』のプレイを思い出した。
『ミレナリズム』には研究という概念がある。
文明は特定の技術を研究しなければ、その特定の技術を使えないのだ。
例えば、【鉄器】を研究しなければ鉄の剣を生産できないし、【灌漑】の研究には【農業】の研究が前提条件となる。
つまり、彼ら魔族の間には、ひいては現在の『グリントリンゲン』には【建築】の技術がないのだ。
【建築】の技術が無ければ人は木材や石材を使ったちゃんとした家が建てられない。【建築】を研究するまで市民が住むのは縄文時代のような竪穴式住居がせいぜいだった。
「……まあ、むしろ見様見真似でここまで出来たことを褒めるべき……か?」
竪穴式住居と比べれば、魔族たちが建てた建物は傾いてはいるがまあ、一応は、建物の形は保てているだろう。…多分。
「がっはっは!まさかこんなことになるとは…!まあ雨風は防げるからいいんじゃないか、ヴァルター様!」
みょうちきりんな建物を見て大爆笑をしているヴィルヘルミーネの横には、大量の丸太が積み重なっていた。当分それらは大事に保存することになるだろう。
「…となると、どこかの国から大工を雇って連れてくる必要があるか…」
文明に必要なのは文明的な住居、これは徹的に譲れない要素だった。
そのために大工を雇い民たちが住める家を建ててもらう。
そこまで考えたのはいいのだが、問題があった。
「………金が無いな」
人を雇うという行動は代金を代償とする。しかし、徹はこの世界に来てからまだ貨幣を見ておらず、聞けば魔族たちも持っていないと言う。
よって、徹が次にやるべきことはどこかの国で金を稼ぐこと。
「しかし、どうやって稼ぐものか…。まだこの文明には生産品もなく、提供できるサービスもない。……あ~!やっぱどこからか奪うしかないか!?」
「陛下、お金が必要なんですか?」
「え?あ、ああ」
頭を悩ませる徹にそう声を掛けたのは、意外なことにシーズであった。
これまではただの農民でありそういったものに無縁だったであろうシーズに声を掛けられた徹は思わず驚いてしまう。
「それなら――」
「ヴァルター様、戻りました」
「おわっ」
シーズの言葉に耳を傾けようと意識した瞬間、意識の外からクラウディアが現れる。
その神出鬼没さに思わず声を出してしまった徹は、気まずさから咳払いをして威厳のある魔王の表情に作り替える。
「……ご苦労だったな、クラウディア」
「はっ」
クラウディアに徹の努力は伝わっているのか伝わっていないのか、彼女の反応はいつも通りだった。
忠義厚い彼女のことだ、きっと徹がどんな醜態を晒そうと見て見ぬふりをしてくれるだろう。
「それにしても…お前への任務はこのイェガランス大森林の調査。帰ってきたという事はもう終わったのか?」
「はい、その通りです」
「え!」
驚きの声を出したのはシーズだ。
先ほど、イェガランス大森林の調査は困難でありどの国もその全貌を明らかにしていないと言ったのはまさにシーズだ。そんな彼女が思わず声を出してしまうのも無理はないだろう。
「そ、そんな馬鹿な…!」
「ご苦労だった。後ほど、大森林の地図を描いて欲しいのだが…出来るか?」
「はっ、勿論です。しかし、その前に至急お耳に入れたいことが」
「ふむ。なんだ?」
その瞬間、クラウディアが徹の耳元にその艶やかな唇を近づける。
これまでの人生で女性経験が無かった徹だ。高鳴る心臓の音がクラウディアに聞こえないように心配するが―
「多数の騎士がこちらに向かっている…?」
クラウディアの報告によって、その心配は無に帰した。
~~~
「さて、民たちの避難は終わったか」
「はい。市民五十二名、全てあの建物の中へ」
クラウディアによる騎士襲撃の報。それを聞いた徹は、取り敢えず魔族たちを先ほど建てられた建物へと避難させた。
全員入るかと少し不安はあったが、ぎぃぎぃと嫌な音が鳴るものの全員が入ることが出来た。
(くそっ、やるべきことは山積みだってのに!許さんぞシリース神聖国の騎士たちめ)
先ほどシーズと話した際、彼女たちや徹を襲う白い鎧の騎士たちはシリース神聖国所属であることの確認が取れた。普通に考えればシリース神聖国の村からシーズたちは脱走したので当然と言えば当然だが、念には念をだ。
日は沈みかけ、空は暗闇が支配を始める。
だからこそ、森の奥から見えるぼんやりと光る松明に気付くことが出来た。
「……来たな」
「……ヴァルター様の邪魔はさせません」
ヴィルヘルミーネとクラウディアもそれに気付いたようで、徹を庇うように前に立ち臨戦態勢を取る。
視界に入る松明の量は段々と増えていく、一つ、二つ、三つ――。
「いたぞ!」
「魔族だ!殺せ!」
森から現れたのは白い鎧に身を包む騎士たち。その数およそ十五。
「よし、じゃあオレが吶喊する。その隙にお前は背後に回れよ」
「…お前に言われなくても分かっている」
三対十五という圧倒的数の差があるにも関わらず、ヴィルヘルミーネとクラウディアは余裕そうな態度だ。
彼女たちは自分たちが負けるとは微塵も思っていない。何故なら、自分たちの背後には主であり絶対的支配者がいてくれている。そんな場で負ける訳にはいかないし、彼がいるからこそ勝利を確信できている。
「オレは魔王ヴァルター様の忠実なる下僕にして右腕!ヴィルヘルミーネ!剣を抜いたという事はお前たちはオレの敵だ!死にたい奴から前に出な!」
そう言いながらヴィルヘルミーネはその背丈ほどある漆黒のハルバードを片手で持ち敵陣のど真ん中に突っ込んだ。
(言ってることとやってること別じゃない…?お前が前に出てるじゃん)
「な、なんだ!?」
「くそ、こいつ速いぞ!気を付けろ!」
ヴィルヘルミーネが突っ込むが早いか、敵陣のど真ん中で鮮血が噴き出た。その惨劇に騎士たちの間に混乱が生じ、指揮統制が乱れ、全員がヴィルヘルミーネに釘付けとなる。
「……」
その隙に、クラウディアは闇に溶け込むように姿を消し、敵の背後―森へと回る。
「――がぁっ!」
「なっ!どこからだ!?」
一人の騎士の後頭部に矢が直撃する。普通であれば兜を着用している騎士に矢が当たろうとさしたる問題ではないのだが、その矢の矢じりには小石が付いていた。
それが猛スピードで兜に直撃したわけだから、騎士の頭は揺さぶられ脳震盪を起こす。
「おらぁ!そこかァ!!」
「ま、まて――グハァ!」
その隙を付かれ、ヴィルヘルミーネのハルバードに斬られる。
これではまずいと、騎士たちは矢の出所を探すが見つからない。
その矢はまるで空中にいきなり現れたかのように飛んでくるのだ。
「く、くそ、魔族風情に…!」
「ひ、卑怯だぞ!正面から戦え!」
「はん。非武装の奴を襲う奴が騎士道を謳うか」
あっという間に騎士の数は減り、残ったのは三人。
流石にこれ以上の継戦は不可能。しかし、おそらく背後には敵が一人隠れている。
「う、うおおおおおおおおお!」
「っ!?」
このままではマズイ、そう決意した騎士が覚悟を決め走り出す。
あまりに予想外の行動にヴィルヘルミーネの対応が一歩遅れた。
「くそ、待て!ヴァルター様に近づくな!」
「さ、させねぇ!」
「チィッ!」
騎士が向かう先は徹。後ろでふんぞり返るあの魔族こそがこの女の魔族の頭に違いない。そう判断した騎士は命を捨てでも徹を殺すことを決意したのだ。
もちろん、それをむざむざと許すはずのないヴィルヘルミーネだが、彼女を止めるために残った二人の騎士が斬りかかる。
一人の騎士はヴィルヘルミーネのハルバードに首を斬られ、もう一人はクラウディアの矢によって意識を刈られる。
しかし、それは時間稼ぎとしては重要過ぎる行動だった。
最後に残った騎士は剣を振りかざし徹の目の前へと到達していた。
「死ね!魔族が!死んでシリース様の前で無様に赦しを乞え!」
「ヴァルター様!」
だが剣を目前にしても徹の心は乱れない。かつての経験が余裕を産んだのか、目の前の騎士がそれほどの者だと映らないのか、もしくはその両方か。
徹は平静な心持のまま右手を騎士に向け、口を開く。
「『地獄の炎』」
「はっ!今の俺に魔術一つくらい……!?な、う、うわあああああああ!」
騎士が剣を振り下ろそうとしたその瞬間、彼は漆黒の炎に包まれる。
剣は彼の手から離れ、騎士は地面にのたうち回る。
「あああ!熱い熱い熱い熱い熱い!許して!ゆるして……ゆる………」
火だるまになって暴れる騎士は、やがて肌を真っ黒にし動かなくなった。
「…地獄で思い知るがいい。貴様が誰に喧嘩を売ったのかな」
静かとなったその場には、徹の言葉のみが残った。
~~~~
(はぁ…相変わらず、人を殺してもなんとも思わないな。でも、魔族が死にそうになってるとこをみると心配になるし同情する。この世界では、人間は同じ種族にしか同情心とか罪悪感を抱かないのだろうか…)
騎士が全て死に魔族たちの安全が保障された今、建物に避難していた魔族たちは一斉に飛び出し徹たちへの賞賛の言葉を思い思いに叫んでいた。
「すげぇ!やっぱつええよ魔王様は!それに配下の方々も!」
「ああ!見ろよヴィルヘルミーネ様を!こんだけ血がついてるのにこれ全部返り血だぜ!あの騎士たち相手に無傷だなんて…!信じられん!」
魔族たちは徹やヴィルヘルミーネ、クラウディアを囲み宴のように騒いでいる。
そんな中、一人真面目中をしたシーズが徹に近づいてきた。
「陛下、やはりお金を欲するならあなたにぴったりの方法があると思います。今の戦いを見てその思いを更に強くしました」
「あ、ああ…。そう言えばそんな話をしていたな」
クラウディアの帰還、そして騎士の襲撃によりすっかり忘れていたが、徹はシーズに金の稼ぎ方について教わる途中だったのだ。
徹は服に着いた砂をぱんぱんと払うと、シーズへと向き直る。
「それで、お前の言う金稼ぎ、教えてもらおうか」
「はい。こんなお力を持つ陛下には、ずばり冒険者が向いているかと」
読んで頂いてありがとうございます。
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