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第十一話「初仕事とこの世界について」

「おお、ここが……」

「私たちの国…!」


 魔族たちの野営地から列を作り移動すること約一時間。

 徹たちは『グリントリンゲン』へと帰って来た。


「すまないな。まだこの地は先ほど『グリントリンゲン』となったばかり。まだ何もないただの森だ」

「いえいえ、ここが今から私たちだけのための国となると考えると、感無量です!」


 シーズの言葉に嘘はない。何もない場所を目の前にしてもなお、彼女の顔は満面の笑顔で、その瞳は希望に満ちている。


「さて、陛下。まずは私たちはなにから取り組みましょうか」


 臣下の例をとったカールが恭しくそう尋ねる。

 先ほどまで徹を疑っていたとは思えない変わりようだが、心変わりでもしたのだろうか、その表情は憑き物が取れたように思える。


「そう、だな…。やはり、まずは住居の建設か」


 辺りを見渡す。

 視界に映るのは木、木、木…。近くには川が流れているだけの森であり、とても雨風を凌げる場とは言えない。


「そうですな。一応、仮設テントはありますがあれでは心許ないでしょう」


 カールはヴィルヘルミーネが引いている荷車をちらりと見る。

 シーズ率いる魔族たちは、なにも丸腰で村から脱走した訳ではない。少ない食料や木の実などを調理するための器具。それに、少しでも安全に寝るためのテントを持ち出していた。それらを野営地に置いて行くわけにはいかず、しかしそれら全てを持っていく元気は魔族たちに残っていなかったので、その場で森の木を使い急造の荷車を作りヴィルヘルミーネが運んだのである。

 

 見るからに重そうで、一度運ぶのを代わろうかと言ったのだが、「何を仰るんだ。ヴァルター様にこんな雑事、任せるわけにはいかない。それに、心配しないでくれ。これくらいの量、オレにとっては大したモンじゃないぜ」と一蹴されその男気に思わずキュンキュンしてしまったのだが、それはまた別の話だ。


 人が住むために最も重要な要素、それは家だ。

 人は家に住み生活を育む。それがなければ野蛮人と罵られても文句は言えないだろう。

 よって、この場所を『グリントリンゲン』として栄えさせるためにまずは住居の建設をしようと徹は決意した。


「幸い、ここは森。木材という資源には困らない。ヴィルヘルミーネよ」

「ああ、何でも言ってくれ、ヴァルター様」

「そうだな…。取り敢えず、ここら一帯に全世帯の住居を建てたい。よって、木々を伐採してその空間を設けて欲しいのだが…出来るか?」

「ハハ!それくらいお安いご用さ!」

「カール。君たちにはその木材を使って簡単な物でいいから住居を建てて欲しい」

「はっ。拝命いたしました」


 ハルバードを抱えて早速木を伐採していくヴィルヘルミーネ。他の魔族たちもぞろぞろと彼女に付いて行き、住居を建設するため各々従事し始める。


「はぁ…。しかし、情けないな。自分で家を建てると言っておきながら、結局民の力を借りているのだから…」

「主がそこまで気にする必要はないのでは?ほら、ご覧ください」

「クラウディア…」


 いつの間にか隣に立っていたクラウディアに少し驚きつつ、徹は彼女の視線の先を見る。

 そこには、ハルバードを使って豪快に木を倒すヴィルヘルミーネを、尊敬の眼差しで見つつ歓声を上げる魔族たちがいた。

 彼らの表情はとても活き活きとしていて、陳腐な表現だがとても楽しそうだった。


「彼らの表情は、先ほどまでの絶望に染まったそれではありません。ここでは彼らは希望を見いだせる。これからの人生はきっと幸福なものになる、そんな確信がある表情です。そしてそれは、我が主のお陰であれば」

「…クラウディア」


 暗闇に染まる従者は君主に微笑みかけると、すぐに表情を引き締めたものへと変える。


「…我が主。このクラウディアにもご命令を。それがどのようなものであれ完璧に遂行しましょう」


 そう言って跪くクラウディア。


(本当に、出来た奴だよお前は…)


 そう言われて、徹の頭に浮かぶ彼女の任務は一つだ。彼女は斥候ユニット。徹の目となり耳となり世界の果てまでを明らかにする者だ。


「クラウディア。貴様にはこの森の調査を命じたい。この森はどれくらいの広さで、どのような脅威があり、我々に益となるものは存在するのか…それを調べてきて欲しい」

「はっ、それが我が主の命であれば」


 そう言って、クラウディアはこちらを向いたまま後ろ向きに跳躍し、森の中へと消えて行った。なんだか忍者みたいでカッコいいと、徹は思った。


「さて…」


 民たちが木を伐採し住居を建設しているのをただぼぅっと眺めている訳にはいかない。魔王には魔王としての仕事があるのだ。

 徹は働く魔族たちの方へと歩き出す。


「ダント、その木はミサラさんの方へ持っていてちょうだい。リド、集積場所から小さい丸太を持ってきてくれる?あぁ、シャーリー、貴方にはまだここは危ないわ。あそこで遊んでらっしゃい?」


 その中心で、魔族たちの纏め役であるシーズがテキパキと指示を出している。

 彼女の父親は彼らの村長だったからか、中々その姿は堂に入っていた。


「シーズ」

「は、はいっ!」

「話がしたい。いいだろうか」

「もちろんです!カールさん、これお願い!」

「はぁ…分かったよ」



 徹に呼ばれたことがよほど嬉しかったのか、シーズは輝かんばかりの笑顔で手元の紙をカールに押し付ける。

 カールはやれやれと言った様子で、シーズの代わりに指示を出し始めた。

 双方ともこう言ったやり取りに慣れているような様子である。


「お前がいなくて大丈夫なのか?」

「もちろん!それよりも陛下とのお話が大事です!」

「…そ、そうか。それなら場所を移すとしよう」


 何故シーズは徹が彼女たちの信じる魔王様と別人だと分かった後でもこうして尊敬してくれているのか不明だったが、今はそれよりも気になることがあった。

 徹は場所を移し、ヴィルヘルミーネが作ってくれた荷車に場所を移す。

 すると、シーズはその前に跪いた。

 少女を自分に傅かせるということに大きな罪悪感を覚える徹だったが、いくら言ってもその態度を崩さないので諦めることにする。

 

「さて、シーズよ」

「はっ」

「お前にはこの世界について教えてもらいたい」

「世界……ですか?」

「そうだ。具体的には、この周囲にはどんな種族がいてどんな国があるのか。それを教えて欲しいのだ」

「私が知っていることであれば、喜んで。まずは、先程も少し触れましたがこの森について」

「うむ」


 シーズと出会った時、彼女の口からこの森がイェガランス大森林と呼ばれていることを知った。

 しかし、徹がこの森について知っていることと言えば血塗れ狼(ブラッディウルフ)が住んでいることや時たま物騒な騎士たちが現れることくらいのものだ。

 これからこの森は徹たち、そして『グリントリンゲン』の民たちが住まう場所となる。徹は、『グリントリンゲン』の魔王としてこの森について知る必要があると考えた。


「イェガランス大森林は、この地―ファルラ大陸の真ん中にある名の通りの大森林で、どの国にも属していない場所です」

「どの国にも…?」

「はい」


 シーズは徐に、木の枝を使って地面に一つの丸を描く。


「この丸がファルラ大陸とすると、イェガランス大森林はど真ん中にあります」


 シーズは丸の中に一回り小さな丸を描く。

 そしてその円を中心に、丸をまるでパイを切り分けるように四つに分けた。


「現在、ファルラ大陸には四強と呼ばれる四つの国が存在しています。

 北東、我々が向かおうとしていた全ての種族が平穏に暮らす国、フィーリス王国

 南東、獣人族が支配する武装国家、ガリュンダ獣霊国

 北西、一年中雪に覆われており他の国と交流を持とうとしない謎の国、ギーティア帝国

 南西、我々が元いた国であり憎きシリース教を国教とする宗教国家、シリース神聖国

 …この国々の国境にそれぞれ二から六ほどの小国がありますが」

「ふむ」


 徹が元いた現実世界の世界地図より随分と分かりやすく、覚えやすい。

 このファルラ大陸とかいう大陸以外の大陸がまだ見つかっていないだけかもしれないが。


「その国々の説明より、先にイェガランス大森林の説明…ですよね?」

「そうだな。ここは我々が住まう場所になるだろうし…それに、この世界にははっきりと国というものがあるのに、どの国にも属さない地があるというのはいささか疑問だ」


 地球にも、確かどの国にも属さない場所は存在すると徹は記憶している。

 しかし、それはその地に何もなく、その土地を所有することはどの国にとっても不利益にしかならないからだったはずだ。


 だが、一般的に森と言うのは資源の宝庫だ。

 木材は様々な用途に使えるし、野生の実や果実、それに森に生息している動物たちは人々の腹を満たすことが出来るだろう。


「それが…イェガランス大森林は、とにかく危険なのです」

「危険…?」

「はい。聞くところによると、森に近い村では時折村の周縁部に行き、薬草や森になる実などを採集することはあるそうです。しかし、それ以上深くへ行くことは誰もしない」

「なるほど…魔物か」


 シーズの言葉を待たずして、徹の脳内に浮かんだのはつい先ほど戦い魔族たちに食べさせた血塗れ狼(ブラッディウルフ)

 実は野営地からここに戻るまでにも再度それらと出くわしており、死体を残らず荷台に置いていた。


「その通りです。イェガランス大森林には危険な魔物が多数生息しており、どの国も大森林の奥まで行くことは軍を使っても不可能で…それでどの国も手を出せない形になっているのです」

「ふむ…なるほどな」

(でも、血塗れ狼(ブラッディウルフ)とか『ミレナリズム』じゃあ最弱の部類なんだが…)

「そう言った訳で、どの国々もイェガランス大森林を領土にするどころか、誰も全貌を明らかにすることすらできていなく…」

「そうか。しかしたった今クラウディアにこの森の調査を任せた」

「えっ!?ク、クラウディア様を!?危険です!ここはどの国が軍を動員しても決して踏破できない魔物渦巻く危険な場所…!いくらクラウディア様とはいえたったお独りでは…!」

「大丈夫だ」

「大丈夫……ですか?」

「ああ」


 心配そうに眉を下げるシーズの顔を見て、徹は穏やかな笑みを浮かべる。

 クラウディアは、徹の知る最も優秀な斥候ユニット。

 確かに、クラウディアは『グリントリンゲン』に存在する他のユニットより影は薄い。

 ヴィルヘルミーネのように強烈な戦闘力を持たず、文明を一気に優勢に傾ける程の力は持たない。

 しかし、彼女に失敗(・・)はない。殊斥候に限っては。


「クラウディアには闇妖精族(ダークエルフ)の血も入っている。彼女にとって森とは庭も同義。それに、()はクラウディアを信頼しているからな」


 徹はクラウディアを信用し信頼している。なにしろ徹が必ず生産し、徹の助けに幾度もなって来たユニットだ。例えここが『ミレナリズム』の中であってもそうでなくても、それは変わらないだろう。


「うぉぉ…」

「シ、シーズ?」


 気付けば、シーズは奇声を上げながら、輝いた目でこちらを見つめている。

 幼気な少女にこんな感想を抱くのは間違いかもしれないが、少し不気味だった。


「私も!もっと陛下のお力になってそう言って頂けるように頑張ります!」

「お、おう…。励め、よ?」

「はいっ!それでは、続いて四強についてのお話なんですが…」

(シーズが、クラウディアみたいに、か)


 それはまだ考えもついていなかったことだった。

 この世界の者を、『ミレナリズム』のユニット程までに成長させる。


(そうだよな。シーズたち魔族だって人間なんだ。鍛え、学び、成長すればヴィルヘルミーネやクラウディアみたいに強くなることもあり得るかもしれない)

「―陛下?聞いていますか?」

「あ、ああ。すまない。続けてくれ」


 楽観的な想像かもしれないが、きっと『グリントリンゲン』の将来は明るいものとなる。

 この時の徹はそう思っていた。





「なんだこれ………」

「面目次第もありません………」


 その後、魔族たちによって建てられた謎の建築物を見るまでは。


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