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第十話「魔王の我儘」

「みな、腹は膨れたかな?」


 その一声で、魔族たちは一様に口を噤み、徹に注目する。

 百を越える瞳が全て自分に向けられると言う経験はしたことがなく、一瞬たじろぐ。


(プレゼンみたいだな…)


 だが、自分は魔王だ。これから先、目の前の魔族たちを率いる魔王なのだ。

 弱い一面は見せられない。

 徹は全員の視線に対し胸を張り、自分が思う絶対者の表情を作る。


「は、はい!魔王様が授けて下さったお肉は私の人生で一番のお食事でした!ありがとうございます!」

「私からもお礼を、オイゲン殿。飢えた我々のためにこのような慈悲、感謝いたします」

「よい。それよりも腹が膨れたのなら、結論を聞きたい」


 なんの結論か。それはこの場にいる誰もが理解していることだ。

 村から逃げ森の中で飢えた魔族たちが、魔王を名乗る徹と共に彼の国へ行くのか、それとも当初の予定通りフィーリス王国へ向かうのか。


 一瞬、シーズとカールの視線に火花が散る。

 彼らは徹が声をかけるまで未だに言い争いを続けていたのだ。まだ結論が出ていないのは明白。


 徹が彼らの睨み合いを止めるように右手を上げると、再び魔族の視線は徹に向けられた。


「その前に、我から言わなければならないことがある。…シーズ殿。我は確かに魔王だが、君たち魔族の間に伝わる魔王…『魔王様』とやらではない」

「「――!?」」


 その言葉は、シーズだけでなく、カールや他の魔族たちをも驚かせる。

 何故なら、彼らにとって魔王とはただ一人。伝説に伝わるかつてこの地に統一国家を築き上げた偉大なる魔族の王その人だけだ。

 しかし、目の前の魔王を名乗る人物は、自分は魔王ではあるがその(・・)魔王では無いと言う。


「その『魔王様』の記憶が無いと言うべきか……とにかく我はかつてこの地を統べた魔王その人物ではない。騙るような真似をしてすまなかった」


 徹は腰を曲げ、頭を垂れる。

 今度は魔族たちだけでなく、ヴィルヘルミーネやクラウディアも驚愕に表情を染める。

 しかし、これはやらなければいけないことだ。徹は、自分が『魔王様』だと誤解されているのをいいことに彼らを連れて行こうとしたのだから。


「う、嘘よ!」


 そんな中、甲高い悲鳴が響く。シーズのものだった。

 彼女は沈痛な面持ちで目に涙を浮かべていた。


「だ、だって、魔王様は私を助けてくれた!私の境遇を悲しんでくれた!飢えている話をしたら血塗れ狼(ブラッディウルフ)とかいう魔物を狩ってくれた!」

「…悪かった。悲しませたい訳ではなかったのだが」


 徹はシーズの涙に困惑する。

 確かに、非は自分にあるだろう。

 しかし、誹られることは理解できても、泣かれてしまうことは理解ができなかった。


「…オイゲン殿。シーズは昔から魔王様の話が好きだったのだ。小さい頃から彼女の父親に魔王様の伝説を聞かされ、魔王様に憧れ、魔王様の存在を支えとしてここまで頑張って来た」

「そう、だったのか…」


 そう言えば、先程シーズを救った時に彼女は『魔王』という存在を信じていたからこそ今まで絶望せずに魔族を纏め上げここまで逃げて来たのだと聞いた。

 だとすれば、彼女の悲しみは理解できるし、咄嗟に自分がその『魔王』とは違うことを訂正できなかったことに罪悪感を覚える。

 ―だが、それでも。


「…わかって頂けただろうか。申し訳ないが、オイゲン殿。貴方が下さった魔物の肉には感謝しているが、これ以上魔王様の名を騙ったあなたと話しても無益だ。理解したならば即刻立ち去って―」

「いや」

「……なんだと?」

「それでも…いや、だからこそと言うべきか。我は君たちを我の文明へ…『グリントリンゲン』へと招待したい」


 その瞬間、野営地は沈黙に包まれる。

 誰もが、信じられないと言う顔で徹を見つめていた。

 

「あ、貴方は何を……」


 愕然とした表情で喘ぐようにそう言うカール。徹は、そんな彼を真摯な顔で真正面に見つめる。


「確かに、我は君たちの信じる魔王ではないのだろう。しかし、我は魔族の王…魔王(・・)である」


 ヴァルター・クルズ・オイゲン。それは『ミレナリズム』というゲームに登場する一つの文明の指導者であり魔王。

 魔族の王として魔族を束ね、『魔王文明グリントリンゲン』を統べる偉大な魔王だ。

 そして徹は、その魔王(・・)になると誓ったのだ。


「故に、我には君たち魔族を率いる責務がある。そして――」


 徹は呆然とした表情でこちらを見つめる魔族たちを見つめる。

 体躯は枯れ枝のように細く、つい先日まで農作業を行っていたとは思えない細腕。その瞳は絶望に染まっており、明日にはその命があるかどうかさえ分からない。


 ああ、そうだ。

 騎士に襲われる魔族の少女を見た時に思ったのだ。


 もとより、自分は彼たちを―幸せにしたい、だけなのだ。


「―君たちを幸福にする義務がある」

「………は?」

 

 徹は『ミレナリズム』で遊ぶ際、『グリントリンゲン』に住む人々全員に情が沸いてしまう。

 戦闘狂であるヴィルヘルミーネにはなるべく多くの戦闘をしてもらいたい。斥候ユニットであり主のために働くことを至高の喜びとするクラウディアには世界の果てまで斥候をしてもらいたい。市民には出来るだけの幸福を享受してもらいたい。『グリントリンゲン』に住む者全員が幸せであって欲しい。

 それが、徹のプレイスタイル。『ミレナリズム』を廃人のようにプレイした徹の行き着いた先。

 そうでなければ落ち着かない。自分の我儘を突き通さなければ気が済まない。


 だから、これはエゴだ。

 魔族の王として、今にも倒れそうな魔族を放っておけない。彼らを幸せにしなければならない。満腹にさせなければならない。彼らが真っ当に生きていける環境を作らなければならない。明日も生きていける希望を見せなければならない。

 そうしなければ、今まで自分が培ってきたヴァルター・クルズ・オイゲンとしての経験が嘘になってしまう。


「確かに我には君たちの言う魔王としての記憶はなく、同一人物ではない。しかし、我は魔王だ。魔族の王だ。それならば、我は今にも死んでしまいそうな君たちを導き、繁栄させなければならない。我が築く、魔族を、魔族による文明を!」


 徹は、自分が不幸な人間だと思っていた。

 両親は早くに亡くなり、兄弟もおらず、親しい友人もいない。

 仕事に行き、帰って『ミレナリズム』をプレイして寝て、そして起きて仕事に行く。

 そんなつまらない日常を送っていた自分を憐れんでいた。


 しかし、騎士に殺されそうになった少女の境遇を聞いた時、同情するとともに自分を恥じた。

 彼女たちには親の死を悼み悲しむ暇すらないのだ。

 魔族と言うだけで差別され、汗水垂らして収穫した農作物もほとんどを奪われ、ただ魔物の肉を食うだけで涙する。

 それと比べれば、ああ、なんて自分は幸せだったのだろう。


 そして、決意した。

 自分はヴィルヘルミーネと共に誓った。魔王として、ここに『グリントリンゲン』を、この世の楽園を作ると。

 それならば、魔族の王となった自分は、彼たちを救わねばならない。幸福にしなければならない。そうでなければ、ここは楽園に非ず。一ノ瀬徹という人間が築く『グリントリンゲン』に非ず。


「我が保証しよう、君たちの幸せを。雨風しのげる家を建てよう。君たちだけの畑を耕そう。毎日腹を満たそう。外敵が来たならばその悉くを打ち破ろう。病に冒されたのならばそれを癒そう。…自分たちは生きていいのだと、希望を見せよう」


 いつの間にか流れ出した涙を感じつつ、そう宣言する。

 許せない、彼らの不幸にするもの全てが。

 許せない、彼らの不幸を癒せない自分が。


 だからこそ、自分には義務がある使命がある。

 彼らを幸せにする義務が、彼らを『グリントリンゲン』の民にする義務が。


 ぱちぱちと、まばらな拍手の音が聞こえる。

 それは恍惚の表情を見せるクラウディアのもの。それにヴィルヘルミーネが感涙を零しながら続く。

 やがて、それは魔族に続きシーズに続き、その場にいるほぼ全員に伝染した。


「ねぇ、カールさん…」

「い、いや、しかし……オイゲン殿は魔王様では…」

「うん…。でもね、この方は私たちのために涙を流してくれた。私たちを幸せにすると言ってくれた。…それで、いいと思うの」

「………はぁ」


 気付けば、カール以外の全員が拍手をしていた。


「確かに……ここからフィーリス王国まで無事でいられる保証はない訳からね…」

「っ!」


 観念した、しかし目に光を取り戻したカールもやがて、拍手を始めたのだった。

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