第一話「魔王ヴァルター・クルズ・オイゲン」
前作の導入や展開が気に入らなくなったので、設定はほぼそのままに書き直しました。
もしよろしければご一読下さい。
そして、是非ブクマや評価お願いします。
「……んあ?」
昼寝から目を覚ましたような気怠さを覚えながら、みょうちきりんな声を出す。
それが、一ノ瀬徹がこの世界に来て初めて出した言葉だった。
「どこだ、ここ?」
徹は周りを見渡す。
ぼんやりとした灯りを出す松明が数本、壁に掛けられている。
よくみると壁だと思ったのは土で、上下左右もそれに囲まれていた。
「……洞窟?」
徹が一番に思いついたのはそれだった。平均的日本人として育って来た徹が考えるには妥当なところだろう。
「ちょっと待て…。俺なんでこんな場所に……?」
サラリーマンとして働き、何の変哲もないアパートに住んでいる徹にとって、今置かれている状況は非常に異常だ。気が付けば、洞窟にいるのだから。
「…ああくそ、なにも思い出せん。家にいた…とは思うんだが…」
自分がどうしてここにいるのか、過去の記憶を思い出そうとするも、寝起きのようなぼんやりとした頭では上手く思い出せない。
記憶辿りに苦戦していると、すぐそばからポチャンという水滴が落ちる音がした。
音のした方向を見ると、小さな水溜まりがあった。どうやら洞窟の上から水が少し漏れているらしい。
徹は何とはなしにその水溜まりを覗き込んだ。
「うおっ!?だ、誰だ!?」
すると、そこに映った人影はまるで魔王。端正な顔つきをしている男性の顔だが、そのこめかみからは羊を思わせるツノが前に突き出すように生えており、瞳は真っ赤に光っていた。
徹は驚く。当たり前だ。徹は両親も祖父母も日本人の、純日本人。勿論黒髪黒目だし、顔つきも自己分析では中の上と言ったところだ。水溜まりの人物とは似ても似つかない。
「……ん?」
しかしその顔をよく見ると、心当たりが一つあった。
「あれ、これヴァルターじゃね?」
ヴァルター・グルズ・オイゲン。徹が人生のほとんどをそれに費やす程やりこむゲームに登場する人物だ。
―『ミレナリズム』。
それは、現代のゲーマー界隈をそこそこ賑わせているゲームである。
戦略SLGと呼ばれるジャンルのゲームで、プレイヤーは何の文化も発明もされていない石器時代のような世界を舞台に一つの文明を選ぶ。
プレイヤーはその文明を成長させ、科学を研究し、他の文明と貿易をしたり、時には戦争をしたりしてどの文明よりも発展させ、勝利を目指すターン制のゲームだ。
ヴァルター・グルズ・オイゲンは、その文明の一つである『魔王文明グリントリンゲン』の指導者である。
「なんで俺がヴァルターに……」
言葉ではそう言う徹だったが、心のどこかでは自分がヴァルターになっていることに妙に納得がいっている自分がいた。徹は、この顔をほぼ毎日見ていると言っても過言では無かったからだ。
『魔王文明グリントリンゲン』は、通常プレイヤーが選ぶことの出来ないAI専用の文明で、プレイヤーがその文明で遊ぶには、クリアするのに百時間単位の時間を要するストーリーモードをクリアする必要があった。廃人でもなければクリアすることのないストーリーモードだが、徹は廃人であった。
厄介な敵として立ちはだかり、ストーリーモードのラスボスとして君臨する『魔王文明グリントリンゲン』は、プレイヤーが使っても一癖二癖はあるが強力な文明で、それを気に入った徹のプレイ時間のほとんどはこの『魔王文明グリントリンゲン』の指導者―つまりヴァルターとしてのものだった。
徹はぺたぺたと自分の顔を触ってみる。すると、水溜まりに映るヴァルターも同じような行動を取った。どうやら本当に、自分はヴァルターになってしまったらしい。
「…あー…訳わからん。どういうことなんだ、なんで俺がヴァルターになってる…?もう一回思い出してみよ」
徹は再度、過去の記憶を掘り起こす。
すると、驚きのあまり意識が覚醒したのか今度は自分がこの洞窟にいる前の記憶が明瞭に浮かび上がってきた。
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「今日もミレナリズムするかぁ」
仕事から帰り、風呂と晩飯を済ませた徹は、いつものようにパソコンで『ミレナリズム』を起動していた。
「『魔王文明グリントリンゲン』…っと」
手慣れた動きで徹が最も気に入っている文明のアイコンをクリックすると、物々しいBGMと共にこれまで何百回も見た文字が浮かび上がってくる。
「『貴殿は、魔王文明グリントリンゲンの指導者たる魔王ヴァルター・グルズ・オイゲンとなり、全ての困難を撥ね退け、この文明を勝利に導くことを誓いますか』…いつ見ても仰々しい文章だよなぁ」
とはいえ、この誓いをしなければゲームを始めることは出来ないので、徹はいつもの通り『はい』という文字にカーソルを重ねる。
「ほい、スタート」
マウスをクリックした瞬間、徹は意識を失った。
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「いや、どういうことだよ!?」
徹の困惑の絶叫が、洞窟内で反響する。
幾重にも重なる自分の声を聞きながら、徹は現状の整理を始めた。
「えーと?いつも通り『ミレナリズム』をしようとして?『グリントリンゲン』を選んで?ヴァルターとなって文明を勝利に導くことを誓って?そしたらこの洞窟で?俺はヴァルターになって………って、ほんとに俺がヴァルターになってどうするんだよ!!」
再び絶叫を上げる徹。
しかし、ヴァルターとなった自分の姿を説明しようとするなら、『自分がヴァルターになることを誓ったから』と普通ならあり得ない可能性を考えるしかなかった。
いきなり別人、それもゲームの中の人物となってしまったこと自体が荒唐無稽な話ではあるが。
「そもそも、ここどこなんだよ…。日本…いや、地球か?」
『ミレナリズム』とは、ダークファンタジーを舞台にしたゲームである。魔術や妖精族といった存在が跋扈し、ヴァルターというキャラも人間ではなく魔族という設定だ。そう考えると、ここが自分が今まで生きて来た世界である確証も無くなってくる。
「てか…まずはここから出た方がいいか?」
洞窟の中は薄暗く、ひんやりと肌寒い。あまり長居はしたくない場所だった。
徹がキョロキョロと周囲を見渡すと、そう遠くない場所から光が漏れていた。どうやらあそこから外に出られるらしい。
「取り敢えず…出てみるか」
徹は、光が差す方向へ歩き出した。