超人です
夜、繁華街。笑い声と怒鳴り声が混じる喧騒の中、その者は現れた。
水色と白を基調としたタイツのコスチューム。優しく吹いた風にマントがなびく。
取っ組み合いの喧嘩をしていた二人の男はピタッと動きを止めた。
酔っぱらっているとはいえ間違いない。この目でしかと見た。
その者は、超人は空から降りてきたのだ。
すぐに人だかりができてスマートフォンのカメラを向けられる超人。
恐らく、ヒーローらしく喧嘩を止めに来たのだろうが、もはやそれどころではない。
喧嘩していた二人もスマホを向ける始末。
超人はなんだか釈然としないといった雰囲気を出しつつ、また空に昇って行った。
このことはすぐにネット上で話題になり、作り物なんじゃないか
フェイク映像じゃないかと疑われたが、超人がまた現れるとその声は止んだ。
今度の舞台は昼間の商店街。ひったくり犯の目の前だ。
ひったくり犯は驚き、目を丸くしながらも包丁を取り出した。
アドレナリン全開。たとえ、勝てないとしてもやるしかない。
超人はそばにあった自転車を両手で持ち上げ、ひったくり犯に投げつけた。
そしてすぐさま関節を押さえ、包丁を持った手の指を一本ずつ外していった。
その後、駆け付けた警察官に引き渡すと超人はまた空に昇った。
拍手と黄色い声援を送る人々。
だが、心の内にふと湧き出たことが。
そしてそれは超人の活躍がニュースで報じられる度に大きく、大勢の人の中に。
なんか……微妙じゃない?
またある夜のこと。超人の後をつけようと
カメラを回しながら車で追いかけた若者二人組がいた。
超人のマスクはプロレスラーのマスクのように目元と口元以外隠れているため
その表情から多くを読み取ることはできないが、口が歪み、明らかに嫌がっていた。
しかし、高度および飛行速度を上げはしなかった。
その事からあまり高く、速く飛べないのでは? という説が持ち上がった。
それに力もそう強くはない。
筋肉隆々のボディービルダーが
超人に握手を求めたついでに腕相撲をしてくれとせがんだが
超人は断固として拒否していた。
しかも、自分の腕を掴むそのボディビルダーの手をなかなか振り解けずにいたのだ。
ひったくり犯にしてもそうだ。
通行人が撮った映像を見返してみれば軽々制圧とは言い難い。
刃物を怖がっているようにも見えた。
それでも超人は超人。
一度、人前に姿を現せばサインや握手、質問をしたい人々が押し寄せる。
どうやって超人になったのか。蜘蛛か何かに噛まれた?
修行の末? 実は宇宙人? 薬?
空を飛べるというだけですごいことなのだ。なれるのなら自分もそうなりたい。
そう思わない人はいないだろう。
しかし、超人は一切答えずに空に昇る。
そんな日々が続く中、ある映像が話題になった。
空を飛ぶ超人。遠くで上がる黒煙に明らかに気づき、二度見までしたのに
現場に向かおうともしなかった。
またある時はヤクザの抗争。
銃声がした瞬間、キッと方向転換した。
暴走族とすれ違うも一切注意しようとしない。
こうした映像を皮切りに「肩を組んで写真を撮ってもらったときに胸を触られた」
「おなかが痛くなり、近くの病院まで運んで貰ったときに重かったのか終始舌打ちしていた」
「着替えを覗かれた」
など真実かどうか定かではないが多数、声が上がった。
もしかしたら彼は自由に空を飛ぶために人気を、市民権を得ようと考えたのではないか?
とある時ワイドショーのコメンテーターが言った。
もし、ある日自分が空を飛べるようになったらどうだ? 当然飛びたい。
しかし、高く、速くは飛べない。ヘリコプターまで出されたら捕まってしまうかもしれない。
それに麻酔銃なども危ない。
空を飛ぶ能力、その謎を解き明かし、その力を手に入れられる可能性があるのなら
政府、企業、金持ちはそれくらいはするだろう。
だから彼は人気を得て、世間に守ってもらおうと考えた。
本当は人助けなど嫌なのだ。
そうやって嫉妬を裏に隠した非難、嘲笑の刃が彼に向けられた。
そして、超人は姿を消した。
嫌気がさし、身を隠したとも死んだとも言われたが、何にせよあまり影響はなかった。
元々そのまあまあな飛行能力から活動範囲がそこまで広くなく
また、恐らく普段はどこかで働いているのであろう
日夜、パトロールし、事件解決をしていたわけではないのだ。
そして月日は流れ、ある時、事件が発生した。
高層マンションを狙った空き巣。
その足取りは一切掴めない。
しかし、監視カメラに映る黒づくめの男。
それは確かに闇夜の中、空を飛んでいた。
頭によぎるはそう、超人。
英雄、または悪を生むのはその母親ではなく、世間なのだ。