第8話 クズ
大会議場では熱気が籠もり莫大な熱を生み出している。
「まず俺たち皇国軍はアナトリア半島にあるオーストラリア帝国領土を完全に占領する。そうして帝国をアジアから追い出す。そのためにまず二手に分かれる。 天と俺が率いる第1、2軍と旭、宙率いる3、4軍だ。」
玄が息を継ぐ。こんなむさ苦しい会場で大勢に囲まれてもなんの変化も見せないでいられるのは彼ぐらいだろう。
話している内容は既に幹部四人で話し合われ、決定したことだ。
「そして今回の戦いで最も重要なのは3、4軍だ。 まずその3、4軍の全兵をクレタ島に向ける。 そして3、4軍がクレタ島を占領後、1、2軍と合流しアンカラ、イスタンブールそしてアテネを取りバルカン半島を完全占領しオーストラリア帝国を降伏に追い込む。 決行日は1週間後の23時。 仮作戦名は「一号作戦」だ。 この戦いには欧州支部全軍の半数近くが動員される。つまり敗北はありえない、いやありえてはならない! 各員心してかかれ!」
玄の性格は皇国中の人間が知っているが、彼の演説はそれを知った上でも魅入られるような物である。
口調、声色、身振りなどを大衆の反応に合わせて変え、人間の心理に問いかける演説は少しでも油断したら虜になってしまう。
玄はそれを無意識にしている。
ただ彼自身に人を動かせるという自覚はあるらしく今までそれを利用し人を操り、必要とあらば捨ててきた。
人を魅了し、誑かし、殺す。
あまりに危険な彼を人は恨み、畏怖と嫉妬を込めてこう呼ぶ。
――クズ
と。
クズこと玄はその名前を気にしている様子はない。
なにせこの国では彼を影で罵倒する人間が束になってもどうする事も出来ないのだから。
それにそんな事が些事と思えるほどの大事件がまさに始まろうとしているのである。
――廃墟街
その名前の通り廃墟が並びたち誰も寄らないこの街の通りを歩いている二人組がいる。
旭と宙だ。
この人っ子一人いない廃墟街の価値が再発見されたのは玄がカイセリに来てからだ。
誰も寄らない廃墟に単身乗り込みこれらの建築物が未知の技術で出来ている事を突き止めた。
その結果別に誰かが好き好んで来る訳でもないのに関係者以外立入禁止の看板が建てられ入ってこれるのはいつもの4人組ととある人物だけとなった。
昼間であるにも関わらず薄暗いこの街で二人が話すことはそれなりの話ではある。
「その 本当にあれでいいんですか? いつもの玄さんの作戦に比べて単純っていうか簡単すぎるっていうか……」
2正面作戦という古今東西よくある作戦に疑問を投げかける旭。
確かに単純でだからこそ勝利が見えやすいが裏をかかれる可能性もある。
欧州支部を思うあまり重く感じる旭を宙は心配そうな目で見つめる。
「たぶんだけど 今回の戦いは腕試しみたいなものなんだよ。西洋世界の情報は少ないから向こうの実力を知るために。 例えば戦皇士の強さとか」
兵数がそれにしては多すぎる事などの明らかで致命的な矛盾は孕んでいるが、旭に言われて思った不安をかき消したい思いが先行する。
だから不確かな推測でもあえて断言するように言う。
結局この話は廃墟を暗くしただけだった。
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