第6話 怠惰
ヨーロッパと言っても、皇国の欧州支部が現在占領してるのは東トルコと呼ばれるアナトリア半島の右半分である。
そのアナトリア半島とアラビア半島の付け根部分にあるイスケンデルン、旧称アレクサンドリア・ニア・イッサスという港町には軍服のいかつい集団が整然と並んでいた。
彼らは天凪 天総司令官隷下の皇国欧州支部に所属する師団長以上の高官たちである。
一人一人が一万人以上の軍を率いるこの集団は全員が相応の者である。
彼らは欧州支部の根幹であると共に西洋世界征服は彼らの働きにかかっているのだ。
そんな彼らは近づいてくる巨大戦艦を見つめている。
これこそ彼らの一つ上の位階にある天や玄、旭と宙らが皇国の首都、東京から遥々やって来るのに使った戦艦である。
そして船が完全に港に固定されてから10分、最初に一緒にやって来た兵士が降り、その後天たちがゆっくりと降りてくる。
到着時間が正確には分からないため師団長らは既に9時間この態勢を維持している。
全員が中将または少将で数十人以上の師団長たちを酷使する儀式は、普通に考えれば派手好きの非効率なやり方なのである。
それをさらにだらだらと歩いて待たせるのはどうかと思うがこれも致し方ないのだ。
なぜならここでは他支部の観戦武官とでも言うべきものが様子を見ていて、それらに自分達の団結力やら何やらを示さなければならないのだ。
このような事をさせられても何も言わず黙々と命令どおりに敵を殺す彼ら欧州支部は「狂気の忠犬」と名誉なのか不名誉なのかよく分からない名前で呼ばれる。
ただ首都から遠いここではちょっとした怠慢で全てが終わるかもしれない。
西洋世界との戦争が始まる前から国内での政争は始まっているのだ。
全員が一斉にこの異国の地で皇国式の敬礼をして迎える。
これまで西洋世界の兵士が東洋世界で敬礼する事はあっても、逆は今まで無く、これからあるとも思われていなかった。
ならば西洋世界で皇国の兵士が我が物顔で敬礼をしたのはこれが初めてだろう。
無論最初で最後になる可能性もゼロではないが、ここに立っている全員がそんな事を微塵も思っていない。
なぜなら自分達には天という指導者と玄という知恵袋が付いていて統一戦争の時のように負けそうになっても彼らが何かをしてくれると、負けることなどありえないと妄信していたからだ。
――玄はゆっくりと歩きながら厳正とした表情の裏にあるはっきりとした怠惰を読み取って、一抹の不安を抱いた。