第58話 化かし合い
コウには理解できなかった。
目の前の男、天凪 玄の本心が。目的が。真意が。
なぜ彼がわざわざ価格交渉をしてきて、あえてそれを生かさずに現状の価格で許容するのか。
――いや正確には分かっている。
こんなことをする理由はオーストリア帝国に皇国の寛容さとでも言うべきものを見せつけて恩を売るためだ。
だがなぜなんのために、そんな事をする。
物事には必ず因果関係が存在する。
これもそうだ。
わざわざそうしたのには皇国の具体的な思惑がある。
――そしてそれが分からない。
そんな事を思いながらもコウは額に汗一つ流さず冷静に対応していた。
「つまりそれは皇国がロドス島に本来の価値より多く支払って頂けると言うことですか?」
もう誰も、少なくとも目の前の玄とコウ以外は話の内容を理解出来ていない。 他で唯一話についていけているのは、コウの隣りにいるアリスぐらいだ。
そのアリスも一言も口を挟まず固唾を呑んで二人を見上げている。
「ああそうだ。 もちろん皇国は本来の額より大幅に越えた額を払わなければならないが、それを許容する。 それ以上もそれ以下もない」
玄が響き渡るような声で喋る。その声は一寸の乱れなく澄み渡っている。
そして話を理解してきた帝国側の人間が「なにをッ」、と全身を張り上げて言おうとするのをコウが横に手をかざして止めさせる。
そんなことをさせても、なんにもならないことが分かっているからだ。
「分かっています」
「なら早く終わらせろッ」
玄が間髪入れず言う。その口調には少しばかりの怒気が籠もっている。
「天凪さん!」
「――ッ」
少しキレかかっていた玄に、コウは強く大きな声を発する。 思えばこれがコウが玄の名前を呼んだ最初だろう。
初めてのコウのそれに玄は黙り込んでコウを見る。怪しむような、訝しむ目だ。
「私は基本的に親東洋派です。 だからこそあなた方と仲良くしていきたいと思っている。 だから私達もあなたの真意を知らないと、そんなおいしすぎる話に怪しまざる負えないんです。 あなただって分かってるはずです」
コウが真剣な、語りかけるかのような眼差しで悲鳴を上げる。
「理由なんてない。 別に皇国は金に困ってねぇから、お前らの言う通りの額を払ってやる。ただ実際のレートはこんなんじゃないって言うことだけだろ! お前らはいちいち考えすぎなんだ」
玄はすかさず「ふざけるな!」、といった顔で反論する。
結局水掛け論のようなものなのだ。
全員が全員、自分の立場を国を気にして大きくあろうとする。
その姿形は決して間違っていない。国を代表するものが集う講和会議では端のものまで全てがそうあるべきだ。
ただそれによって基本的な意思疎通が面倒臭くなる。
にも関わらず本意は明かさず、疑念を膨らませ続ける。
どちらが悪いとか悪くないという問題ではない。講和会議というモノ自体がそうなのだ。
講和会議は同じ事を何度も何度も話しながら、言葉遊びを楽しむ場と化していた。
またまた更新遅れてすみません。 これからは忙しくなくなったので早く更新できます。




