第52話 制限された戦争
広い広い円卓が冷たい空気で凍った。
原因は分かりきってる。玄がオーストリア帝国の皇帝がいないのを冗談か本気か指摘したからだ。
「それは我が国の偉大なる皇帝陛下をこの場に出せ、と言う事ですか?」
「捉え方によってはそうかもな」
「捉え方って......」
旭が嘆息する。
鈍感を騙った当事者の横に座り、人の顔を見ると目に見える全員が自分たちを敵視しているように感じてしまう。
単純に怖いというのがこの会議への第一印象だった。ここで旭は初めて戦争という殺し合い以外で恐怖を知った気がした。
それは力に依らない制限された戦争、講和会議の恐怖だ。弁舌がものを言い、聴衆をどれだけ惹きつけるか。人殺しの能力ではなく人の人生を破壊する能力が求められるここでは旭は余りに弱すぎた。
「呑まれるな。 前は敵でも、横は味方だ」
玄が小さく口を開いた気がした。空耳かもしれないがそうじゃないと信じてみた。
そしてゆっくりと横を見渡す。全員が皇国の菊の紋章が入った制服を着た精鋭だ。戦闘国家と称され外交するまでもなく敵を屠ってきた皇国の外交史は浅く、外交になど慣れていない。
――ただ彼らはこの不慣れな場でそれこそ敵の手中で必死に足掻いていた。
皇国が戦闘国家であることは西洋でも周知の事実だ。だから西洋人は皇国を野蛮だと蔑んできた。ただあくまで戦争の後処理であった外交が不得意だからといって野蛮となすのは違うと、コウは思うが。
――ただ今回は利用することにした。それだけの話だ。
時間は二日前まで遡る。講和会議の準備がいよいよ終わる頃だ。
「コウ様は何か策があるのですか?」
すべての仕事が一段落つき、二人がというよりコウが上司と部下という理由で断るアリスを半ば強引に誘ってワインを飲んでいた夜中の0時30分。アリスが唐突に質問する。
「まあ 策っていうか皇国を講和会議に連れ出した事自体が策だからね」
「それは皇国が外交音痴だからというような......?」
アリスがオーストリアの上層部での噂を元に聞く。やはり長年コウと共にして秀才と評されるアリスでも読み取れるコウの考えは一部だけだ。
「そこまで楽観的じゃないけど。 彼らが強すぎて机上でまともな駆け引きをした事が無いのは事実です。 だからそこを突く。 机を円卓にしたり小細工したのはそのためです」
「しかし二カ国の外交の場で机を円卓にするのは外交の初歩ですよ」
「ええ ただ向こうはそれを知らない 少なくとも外交は初等部以下ですよ」
コウはそう静かに断言する。
「ところでワイン なくなりましたがどうしますか?」
「出しましょう 古いのはないですが良いのは何本かあります」
アリスはワインセラーからワインを取りに向かう。そしてそれを見送るコウはソファに座ってワインの最後の一杯を勢いよく飲んだ。
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