第45話 ギスギスした安静
皇国軍は歓喜で湧いた。良い報せがもたらされたのだ。
「旭と宙が戻ってくる。 早馬の報告だと明日の早朝には着くらしい」
玄がキビっとした顔で言う。野ざらしの机を空澄、天、玄で囲んでいる中の第一声に天は応える。
「じゃあ 旭と宙が戻ってきたらすぐに撤退するってことでいいの? まだどこまでの都市を放棄して、防衛線をどこにするかも決めてないし、どうする?」
問題はそれである。作戦は半ばまで成功して一時的にアンカラを占領したが、結果的に作戦開始地域であるアクサライまで押し戻されてしまったのだ。
「それはもう決めてある。 ちゃちゃっと言うと黒海の沿岸都市、シノプから大都市、コンヤまでを直線で結んで、それをひとまず防衛戦とする」
「そうなると俺らの首都、カイセリとアンカラの間のちょうど真ん中に線が引かれる形っすね。で、コンヤからはどうするんですか。 コンヤはまだ中間の都市ですよ」
空澄が今までにない真面目な口調で言う。ふざけている時はただのバカにしか見えないが軍事的才能と記憶力はピカイチだ。 その記憶力のおかげで彼には全アナトリア半島の地図がインプットされている。
「コンヤからはロドス島だ。南西の島だな」
「ロドス島!? 大きく出ましたね! てっきりアンタルヤぐらいまでだと思ったんですけどね」
いつもの調子に空澄が戻って、大きな声で笑う。
アンタルヤは経度でアンカラの向こうをいく都市で、今回の作戦での限界線はシノプ、コンヤ、アンタルヤを結ぶ線だと思っていた空澄としてはあてが外れた形だ。
「でもロドス島はアナトリア半島でさえない。 ロドス島まで行ったらあと少しでエーゲ海が見えて、オーストリア帝国の首都のアテネにも近い。 講和する時に向こうは絶対に放棄を要求するんじゃないの?」
アンカラ攻囲戦で負けを実感した天としては、今回の作戦は敗北だ、と思っている。そんな中でオーストリア帝国が講和会議でロドス島の放棄を講和の条件とするのは目に見えているのだ。
「天、お前は今回は負けたと思っているだろ。 それは間違いだ」
「なんで? それは旭と宙の軍が勝ったから? てっきり旭と宙たちは負けたんだと......」
天は旭と宙が帰ってくるのは彼らがクレタ島の維持は困難と考えて撤退したからだと思っていた。要は強敵が現れ負けたのだと。
それでもこの兵数が少なく危機的な所に彼らが来るのは百人力だからと思っていた、がそうでないなら状況も変わってくる。
例えば彼らは勝ったが住民の抵抗が激しく撤退したとか、そう考えると玄が水を差す。
「いや あいつらは負けたぞ」
「えっ? じゃあどういう事?」
玄の言葉に天の脳内は混乱に陥る。ではどうやってロドス島を領土とするというのか。
「俺達は負けてない。 実際負けたのはアンカラでだけだ。 それに占領した都市には十分な兵を入れて簡単には奪取されない様にしている。 要はアンカラとクレタ島を占領できなくても前より支配領域を拡大できているだけで、作戦は失敗にはならないんだ」
「だからって成功した、というわけではないでしょ? 目標はアナトリア半島の完全占領だから」
それも事実だ。例え領土を作戦前から広げたとしても、計画どおりに広がらなかったら、それは最早「作戦失敗」なのである。
「オーストリア帝国の勝利条件だってこっちがまったく領土を拡大しないことだ。だが俺達は領土を拡大した。 それだけで俺達は戦術的勝利、戦略的引き分けが確定してるんだ」
天がマジマジと玄を見る。本気か、という目だ。確かに元々広くは無い領土を拡大しはしたが、失った兵数はこちらのほうが多いだろう。ただ天にはそれを今の玄に言う気力はなかった。
「で、そのシノプ、コンヤ、アンタルヤ防衛戦より向こうにある都市の兵はどうするんすっか?」
「撤退させて重要な都市の防衛に回す」
忘れかけられていた空澄が会話に割りこむ。空気の悪さを気遣ってという訳ではないだろうが、図らずも助け舟にはなる。
そうして黙りこくった天をおいて会話は進む。
「報告です!」
帥がいきなり幕営に荒い呼吸で入ってくる。眉間にシワを寄せた玄に告げる。
「敵将、コウ ハプスブルクに率いられた無数のオーストリア帝国軍が真っ直ぐこちらに向かってきているとのことです!」
悪い空気がまた流れた。
重ね重ね言いますがクレタ島に行って負けた旭と天夢については、物語の核心部分が詰まってるので書きません。 というより書けません。
もし楽しみに待ってくださっていた方がいれば申し訳ありません。




