第39話 黒い集団
月明かりが照らす大通りで事件は起こっている。
皇国軍の行進を止める男が現れ挙句の果てに天に死ねというのだ。帥はこの頭のおかしいとしか思えない男の対応に苦慮していた。
「なッ ここにいるのは皇国欧州支部総司令官だぞ! 今すぐここからどかなければ引っ捕らえる!」
「へぇ」
帥が穏やかな顔を隠し目の前の男を問責する。皇国軍はこの男が引かないなら煮るなり焼くなり轢き殺すなり自由なのだ。それをしないだけでも皇国軍が比較的親切であることが分かるが、この男はそうしろと言わんばかりに聞く耳を持たない。
堪忍袋の緒が切れ帥は腰の鞘から刀を引き抜く。彼の名字である「野宮」と刻印された鮮やかな名刀だ。恐らく名門の野宮家に代々伝わってきた家宝だろう。
帥はその刀を手に手加減無用と首を両断する気で刀を振る。
衝撃的だったのは次の瞬間だ。
男は刀を華麗に避けたのだ。元々帥は天の侍従を玄から任される程の実力者だ。その実力者の力の入った一撃を軽く避けたのだ。
兵士たちは帥が本気でやったと思っていないのか、少し驚きの声を出すだけだ。
――まさか
しかし男を亡き者にするつもりで斬り掛かった帥はのけぞり、男が実力者であることをある程度予想していた天でさえ絶句する。男の実力を完全に見誤ったのだ。
「お、お前! 何者だ!」
平和的なはずだった脱出劇が一転、全ての兵士が一人の男によって臨戦態勢となる。銃口を男に向け天の合図さえあればいつでも発砲できるように構える。緊張感は長い皇国軍の列を伝播し皇国軍全体が緊張の塊となった。
男が自らの額に手を当てていう。
「俺はオーストリア帝国 無級戦皇士 バタイ リンドウだ」
――男の名乗りを合図に決戦の火蓋が切られた。
と、まではいかなかった。
普通は何かが起こる場面だが、この狂った男が言った所で何かが起こるはずもなく、案の定市街地は閑静なままだ。
そもそも無級の戦皇士と存在しない階級を名乗る時点で、少しだけ強いイカレ野郎と言う評価が目の前の男には確定している。
そんな馬鹿げた名乗りに兵士は失笑し、男の目の前にいる帥でさえも腕を口に持ってきて笑いを隠している。
プツリと切れた緊張の糸はさっきと同じように伝播する。兵士の中でたるみが生まれる。後列の兵など何が起こっているかも分からず緊張し、何も分からずたるむのだ。
ただ大通りを挟む家々の屋根では黒いマントを被った集団が弓や銃を構えていた。
夜中なので並の兵士は音一つ立てない集団に気付けず、狙って下さいと言わんばかりに油断している。
――黒い集団は一斉に敵意を露わにした。
発射された毒矢や銃弾はきれいに命中し、頭がおかしくなりそうな程の悲鳴が突然起こる。無防備な皇国兵たちはバタバタと倒れ、精鋭が揃っている天の周りでも何人かは絶命し、天の軍服は仲間の赤い血で染まっている。
あたりは真空状態のように感じられた。兵士は死に絶えたように呻く。それは引率者たる天も例外ではない。猛烈な音や夜とは思えない火薬の光は頭が破裂しそうだった。
既に全体の何割かが死傷しているだろう。特に状況を理解していない後方の軍は壊滅的だろう。天しか一級戦皇士以上の戦力が今すぐに動けないのが響く。
そして男――バタイ リンドウはさっきと同じ格好で皇国軍の前にいる。変化を余儀なくされたこの戦場において変わらないのはこの男だけだった。唯一変わった点は皇国の歩みを止めるのがこの男だけでは無くなったという事だけだ。
間違いなくこの場の主役はバタイ リンドウだった。
そして天は馬から降り男の前に行く。
「帥は全体の指揮を取って。 僕はこの男をやるから」
「わッ 分かりました」
自分はやれます、という顔をして不服そうにする帥だが、実力差は実感しているのかすぐに後ろにひく。
バタイと天の一騎打ちが始まろうとしていた。




