第33話 希望的観測
「死んでもいい」
――そう自分の弟から告げられた時、違和感を覚えた。
何故かと思って自分に問いかけると答えが出てくる。
今まで一回も玄が死を肯定したり美化したことが無かったのだ。命より重いものは無い、そんな言葉を時々口ずさむ玄が「死んでもいい」などと口にするのは不可解だった。
そもそも天凪 玄という存在自体が異質なのは兄である天からも薄々感じ取れていた。
幼い頃から大人どころかまるで何百年も生きていたかのような口調で話し、幼子とは思えない発想や戦争や社会情勢などの予言は尽く的を射てきた。
軍事学校に入学して同学年の貴族と交流し始めてからそれは姿を隠すようになったが、根本的な考え方自体は変わっていない。
玄が天にとって大事な人であることに変わりはないが、同時に不思議な存在であることも変わりはなかった。
そんな天の複雑な感情を他所に彼がいる所では兵士たちが慌ただしく動いている。誰もが集中し私語を慎み、できる限り音を抑えているが、大量の人の音はどうしても響く。
事実、外の音は天を置いてけぼりにするほどうるさかった。
「もう少し音を抑えられない?」
「努力はしているのですが......」
玄が去り際に残していった侍従「野宮 帥」に聞く。
見るからに理知的で優しそうな印象を抱かせる少年は、軍事学校では天の一学年下で首席卒業した天才だ。
そのため彼が東京の好意で欧州支部に配属された時、欧州支部が大盛りあがりだったのは公然の秘密だ。そんな彼は入隊したばかりにも関わらず持ち前の明るさで諸将の信頼を勝ち取っている。
階級は大佐で一歳上の天が元帥、玄や空澄が大将や中将であることを考えると低く思われるが、天たちが異常なだけでこれぐらいが正常どころか、普通だったら出世頭だろう。
彼も音のことは気になっていたらしく、既に指示は出していたらしい。
それでこの騒音なら平時ならばさらにすごかっただろう。
「でも折角玄たちが行ってまだちょっとしか経っていないから、もし敵に見つけられると台無しだね」
「はい。 ですがオーストリア軍も夜半ですから気付くのも遅れると思います」
「それならいいんだけど」
堅実家らしい意見を忌憚なく述べる帥は最もだが天は安心できない。
そもそも自分や皇国最高級の知将と呼ばれる玄を欺いた名の分からぬ将が必ずここにいるのだ。
そういう希望的観測に耳を傾ける勇気は天には無かった。




