第15話 祖父事
天や玄がそれぞれの敵と戦っている間、先刻前に戦闘航空機から降り立った兵と、都市庁舎の守護を司る衛兵とで戦闘が行われていた。
弾丸が市街地を飛び交い阿鼻叫喚の様相を呈している。
そんな中都市庁舎の玄関部分で戦っている衛兵は他の衛兵たちが押される中、善戦し勝利の二文字をあと一歩の所にしていた。
敵の精鋭に対して互角の戦いを二人の指揮官が手を離せないにも関わらずやってのけるのは衛兵の高い士気や航空機が墜落したことのおかげだろう。
その結果敵側の勝利条件が撹乱して帰還から、戦線を維持し、なおかつ今は攻城戦をしている味方が攻城戦を終わらせアンカラを占領する、に変わったのだ。
そして最も重要な戦線の一つが互いの勢力の6割近くが集結した玄関部分である。
遮蔽を巧みに利用し、小銃を撃ち、手榴弾を投げるというのがずっと続き、終りが見えない。
航空機は敵なき空を闊歩している。
その男は類稀なる投擲の技術があり、専ら仲間から手榴弾を受けとり投げ続けていた。
上空の航空機を見る。
油断したのか航空機は低空から機銃を乱射している。
その男はふと思った。
――行けるのではないか
そう思うと目の前の敵に投げようとした手榴弾を上空に向かって投げる。
いくら低空にいるからと言ってそう簡単に届くわけではない。
ただ投げられた手榴弾は上手く航空機の中に入り前方に転がる。
気付いた操縦士が投げ返そうとするが間に合わない。
――哀れだな
男がそう思った直後航空機は爆発し、奇しくも敵の陣地に突っ込んでいく。
これを神の思し召しと言うならそうなのだろう。
男は再び神になった気持ちで泥をかぶりながら手榴弾を投げ続けた。
「赤の信煙弾が2つ発射されているのを確認しました。 恐らく2機の戦闘航空機が撃墜されたものと思われます。誠に残念です」
壮年の男性が目の前の少年に報告をしている。
「大丈夫です。 いずれ攻城戦が終わりますから」
周りはその言葉に安堵するが当の本人は安堵などしていない。
なにせ彼は敬愛する祖父からアンカラ攻略という大任を任せられ、一人の死者も出さない気でやって来たのだ。それなのに攻略の起点となるはずの都市庁舎潜入班が苦戦し、攻城戦も予定通り上手く行っていないとなれば少しは焦るだろう。
自分の指揮官としての力量も測られるのだ。
ただし、完璧に表情はコントロールしている彼の顔から、事態がただ事ではないと察知する者が一人いた。
――アリス
と言う名の一級戦皇士である。
少年と同い年で幼い頃から付き人として、許嫁として長い時間を過ごしてきた彼女は少年の曇った顔を見逃さなかった。
結局何も言わないと言う事もできたがそれはどうかと思い、少年が一人になるのを見計らって声をかける。
「コウ様」
「なんだい?」
コウと呼ばれた少年の表情には曇りなど無いように見える。
ただアリスには分かっている。
その曇り無き瞳に膨大な量の情報が蓄積し、ただ一心に祖父である大宰相の背中を追いかけている事を。
彼女にとって大切な人でもあるコウは見えない不安を漠然と抱え蝕まれた人なのである。
「その......。 何かあるのなら教えて頂きたい...かな...と」
事が事だけに言葉はとぎれとぎれになる。
実際言葉を変えれば主人の言葉を疑うことになるのだ。
他の貴族家だったら処罰されるだろう。もちろん少年がそんな事をしないのは知っているが分かっていてもそれに縋るのは甘えというものだろう。
少年――コウはその美しい蒼色の瞳をアリスに向ける。
優雅さと高貴さを感じさせる瞳には妙な威厳がある。
「アリスが心配するような事はないよ。 実際少しだけ予定にないことが起こっているけどそんな事で揺るぐほど大宰相様の作戦は甘くないよ」
自信ありげな彼の表情にアリスは立ち去っていく。
後ろ姿を覗かせなら去るアリスを見てコウは表情を取り戻す。
彼は誰かを悲しませても、不安にならせても駄目なのだ。
祖父はそれを完璧にこなし続けているのだ。
祖父は、祖父はまだ遥か遠いところに聳え立っている。




