缶コーヒーを開けたなら、
この日、私は仕事でミスをした。それも、普段は絶対にしないようなミスだった。実は、ここ連日の徹夜続きで頭がぼんやりとしていたのだが、上司にそのことを言ったら、甘ったれんな、の一言で一蹴されてしまった。
「……ふぅ、疲れた」
昼休み、誰もいない倉庫の片隅で昼食を取りながらそう呟く。目の前にはパンが二つと、缶コーヒーが置かれていた。
ふと、
「なあ、アンタ。大丈夫か?」
と、誰かが声を掛けてきた。見知らぬ若い声で、ふっと、顔を上げると、見知らぬ若い男の姿があった。
「誰……?」
そう呟く。
ほんのりと日焼けした肌。少年のようなあどけなさを残した顔立ちで、髪はコーヒーのように濃い茶色をしていて、お洒落な喫茶店のマスターが着ているような服を着ていた。
彼は、私の顔を覗き込みながら、
「……なんかさ、随分と疲れてるみたいだけど?」
と、言った。
「……うん、ちょっと、仕事でね、ミスしたんだ……、」
力なくそう呟くと、彼は、
「ふーん……。ならさ、俺が癒してやろっか?」
と、言って、にこり、と笑うと、私の体をぎゅっと、抱きしめてきた。見た目に反して、厚みのある筋肉質な体つきだった。
「……どう?……こうやって、ぎゅって、すると安心するだろ?」
「……え?」
「そんな顔、すんなよ」
彼が、耳元でそう囁く。甘い声が神経をゾワリと撫で、心臓の鼓動が徐々に早くなっていくのがわかった。
「……俺のこと、好きにしていいんだぜ?」
「……い、いや、私は……、」
「遠慮すんなって、」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる彼。
気が付けば、私は彼の分厚い胸板に顔を擦り付けながら咽び泣いていた。
「よしよし……」
そう言って頭を撫でる彼。「……なあ、我慢せずにさ、泣きたい時には遠慮なく泣けよ、な?……でないと、心が壊れちまうぜ?」
「……うん、」
私がそう言うと、彼は顎を軽く持ち上げ、そっと、唇を重ねてきた。私は目を瞑り彼に身を委ねた……ところで、ハッと、気がついた私の手には、蓋を開けた状態の缶コーヒーが握られていた。
「……ああ、あれは夢だったんだ、」
そう呟きながらコーヒーをガブ飲みすると、昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「……ふう……、さて、と、」
私は軽く一息つくと、ミスした分を取り返すべく仕事に戻った。心は晴れ晴れとしていて、清々しい気分だった。