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9 バジリスクの王

「お部屋にご案内いたします」

 初老の男性に促されて足を踏み出そうとした美女だが、深くフードを被ったリュリュミーゼが動かなかった。


 リュリュミーゼは、ロビーの最奥の椅子に座る黒い手袋をした少年を見ていた。美女はリュリュミーゼの視線を追って、

『あの少年が気になるのですね?』

 とリュリュミーゼの耳元で囁いた。


 少年はかなりの身分があるらしく護衛と従者に囲まれて、ロビーの人々と同じくこちらを見ていた。


 セイリスが魔力視で少年を目視すると、わずかにバジリスクの魔力が少年から感知された。

 念のため鑑定をかけると、右手の指が石化進行中、と判定された。


 リュリュミーゼの祝福は、小石である。

 石のツナガリで祝福が反応したのだろう、とセイリスは理解した。


 だから、わかったのだ。リュリュミーゼはあの少年のことが。

 あの少年が石となって、近い将来に死んでしまうことが。


 美女は嘆息した。


 目立ってはならない、とセイリスに注意されているリュリュミーゼは目を伏せている。助けたいとも、助けてとも言わない。自分たちの足場が不安定でぐらぐらしている状態なのに、人助けをしている場合ではない。


 わかっているのだが。

 目の前で死にかけている少年を見棄てることもできなくて。リュリュミーゼは、しのぎを削ってせめぎ合う葛藤に動くことができなくなっていたのだ。


『あの少年を助けたいのですね?』

 バッとリュリュミーゼが顔を上げる。

 途方に暮れたような表情を浮かべ、小さな口を開き、閉じ、また開くが言葉が出ない。


 震える唇は、助けてあげたい、と動くが声にはならなかった。


 バジリスクは蛇の王とも称される巨大な毒蛇で、石化の魔眼を持つ魔獣だ。

 石化の解呪は難易度が高く、高ランクの治癒師や解呪師でも治療は難しい。それこそ聖女レベルの魔力が必要であった。


 セイリスは生前、王国随一の治癒魔法保持者だった。もちろん石化の解呪も失敗したことはない。


 リュリュミーゼは言葉を綴ることができなかった。唇は蕾のように閉じられ固く結ばれた。

 自分たちはセイリスに保護されていて、セイリスに迷惑をかけてはならない、という逃げ場の無い思いがリュリュミーゼに唇を噛ませた。それにティティリーヌと約束もした。

 まだ飛べぬ雛鳥のような無力さに、リュリュミーゼは俯いてしまった。


 美女はリュリュミーゼの金の髪を梳くように撫でて、

『あの少年を助けてあげましょう。ふふふ、困ったことになったとしても蹴散らしてしまえば良いのです。大丈夫、穏便にと考えていただけで、侯爵家など魔法で踏み潰してしまえる力をわたしは持っていますから』

 と上品に美女は笑った。

『わたしは300年も祈祷をしていたので、とても強いのですよ』


 リュリュミーゼは大きな瞳に涙を滲ませた。

「わ、わがままを言ってごめんなさい……」

『わがままではありませんよ。あの少年を助けることのできる力を持つわたしとリュリュミーゼがこの場にいた、これも尊き女神様のお導きです』


 少年は食い入るように美女を、いやリュリュミーゼを見ていた。

 少年もリュリュミーゼが少年を感知したのと同様に、何かを感じているのだろう。


 少年がゆっくり立ち上がった。


 近付いてくる少年を目の端で確認して、リュリュミーゼの手を引いて美女が初老の男性に案内されて歩き出した。


『あの少年を部屋に通して下さい』

 美女の指示に初老の男性が胸に手を当てる。

「かしこまりました」


 美女の後を何人かの男性が追いかけたが、少年の護衛と従者が柵となって妨害し、少年だけが美女の後ろについて歩いた。


 廊下に敷かれた分厚い絨毯が足音を吸収する。

 初老の男性を先頭に、リュリュミーゼと美女、やや遅れて少年が歩く。


「お部屋はこちらでございます」

 初老の男性が扉を開けた時、躊躇するみたいに立ち止まった少年をリュリュミーゼが迎えに行って、手を取った。


「あの……いっしょにお部屋にどうぞ」


 少年は自分の強さに絶対的な自信があるため、初対面の少女の部屋に招かれても緊張はしない。罠があったとしても返り討ちにする技量があった。

 それでも気後れしたのは、リュリュミーゼに感じた焦がれるような初めての気持ちのせいだった。


 一目で惹かれた

 心が奪われた。


 フードを被っていて顔すら見えないのに、その存在に魅了された。


 だから、ついてきた。

「遠慮なくお邪魔しよう」

 少年は自分の気持ちの正体が知りたくて、リュリュミーゼに誘われるままに部屋に入った。


「先に座って? 私たちは防音の魔道具を設置するから」

 魔法袋から魔道具を取り出して、リュリュミーゼは部屋の片隅に置いていく。

 美女は部屋に準備されていた茶道具で、お茶の用意をした。

 

 マントを脱いだ美女は、古風な衣装も似合っていて聖霊のように美しかった。

 しかし少年の視線は、マントを脱いで容姿が露になったリュリュミーゼに固定された。金の髪が、青い瞳が、全てが可愛かった。


 3人分の茶器を並べ、リュリュミーゼと美女が座った。


『はじめまして。いきなりですが名前と身分はお互い秘密にしましょうか?』

 少年はぎこちなく頷いた。リュリュミーゼの名前を知りたい、と思ったが堪える。今は相手の手の内を探る方が先決だ。


『単刀直入に言います。わたしたちは貴方のバジリスクの石化の治療を申し出たいのです』


 少年は顔色をかえた。

「何故!? バジリスクのことを! いや、石化の治療など国一番の名医すら匙を投げたというのに!」

『ですので防音結界をしたのです。わたしたちは治療をできますが、すがられて朝から晩まで治療だけをする毎日は拒絶したいのです』


 少年は顔を歪めて感情を抑えた。

 強い者に弱い者がすがる。持つ者に持たざる者がすがる。皆のためだからと、仕方ないと犠牲を強いる。そこから逃げ出すことは容易ではない。経験したからこそ、少年は美女の言葉を正しく判断して承諾をした。


『高レベルの鑑定で貴方が石化進行中だと診断しました。わたしたちの治療を受けられますか? そして、このことは内密にしてもらえますか?』

「治療を受けられなければ、俺は死ぬ。命の恩人を蔑ろにはしない」

『では、いつ頃にバジリスクの毒に侵されましたか?』


 真剣な口調で少年は告げた。

「俺も内密にお願いしたいのだがーーこれは血筋なのだ。祖先にバジリスクの毒と魔眼を取り込んだ者がいて、代々受け継がれてきたのだが、俺のように強く力を継承してしまうと石化が表面化するのだ」

 

読んで下さりありがとうございました。

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