7 お姉様
何十もの隠し部屋を丸ごと魔法袋に入れて、わかったことがある。
一番多かったのが、財産を隠した部屋。
次に多かったのが、趣味の部屋いわゆるコレクション部屋であった。
昨日の酒のような粋なものから、ちょっとアレなものまで色々発見してきたのでティティリーヌは、この部屋を見ても驚きはしなかった。
「凄い量のコレクションですね」
ドレスの洪水であった。靴や帽子、小物類も大量にある。
『これは400年ほど前に流行したドレスですね。薄い絹を重ねたドレープの美しい、コルセットのないドレス。現在の身体を締め付けるコルセットと過剰な装飾のドレスは好きではないので、ちょうど良かった。憑依後はこのドレスを着ることにしましょう、サイズもゆったりしているので少し融通が効きますし。保存魔法がかかっているので状態も良いですし』
誰が何故集めたのか、と考えることはとっくに放棄しているティティリーヌは、
「400年前はこんなドレスだったんですね」
と興味津々である。
「わぁ、裾の刺繍が細かいです。こちらは貴重な真珠が。レースが芸術的です」
『おや、この総刺繍の婦人用バッグは魔法袋ですね。クリスタル装飾のバッグも。ティティリーヌとリュリュミーゼの憑依後に1つずつ持つことができて都合が良いですね。先ほどは、王家の宝物庫に匹敵する素晴らしい宝石のコレクションも発見しましたし。過去の神官たちは世俗に染まりきって人生を謳歌していたようですね』
ふぅ、と美女が悩ましげに溜め息をつく。その溜め息ひとつのために全財産を投げうつ者が続出しそうな、心も思考も全てを奪う毒のごとき甘やかさがあった。
「セイリス様は神殿の何もかもをご存じだと思っていましたが」
『誤解ですよ、ティティリーヌ。わたしは主に礼拝堂で百年単位で女神様に祈りを捧げていましたから。時折、礼拝堂から離れるだけで、あまり神殿内部をウロウロしていなかったのです』
「祈りを?」
『はい。早く昇天したかったのですが、逆に神力が上がる結果となりまして神聖魔法や治癒魔法が天元突破してしまいました。ですので300年ほどは祈禱をしていて、残りは幽霊らしくフヨフヨするようになったので、それなりに神殿内部には詳しくなっているのですが』
ティティリーヌは真顔になった。真摯な、ひたむきな眼差しで美女を見る。
「セイリス様は天に昇られることをお望みですか?」
『ふふふ、昔はね。今はティティリーヌとリュリュミーゼの孫をみるのが楽しみですから、わたしのことは心配しなくて大丈夫ですよ』
美女がティティリーヌのふっくらとした子どもの頬をスリリと指の腹で撫でる。幽霊の時は触れることのできない、柔らかな頬。
『子どもはね、食べて眠って遊んでスクスク育てば良いのです。ああ、勉強も忘れてはいけませんよ』
ティティリーヌは複雑な表情をしたが、セイリスに見捨てられる可能性がないことに安心もした。
「セイリス様、ありがとうございます」
『何度も言いますけれども、お礼の言葉はいりませんよ。わたしがティティリーヌとリュリュミーゼを守りたいだけなのですから』
『わたしは過去に戻れて昇天できる魔法があったとしても、500年後にティティリーヌとリュリュミーゼに出会えることを知ってしまったので、今はもう必ずしも昇天したい訳ではないのです。幽霊になって初めて未来を考えた気がします』
『外に出たら何をしましょうか? そうそう、屋台で買い食いをしたことはありますか?』
「外出は禁止されていたので、神殿へ行くことが初めの屋敷からの外出でした。馬車の窓から街が見えて楽しかったです」
美女はしょっぱい顔をした。大神官だったセイリスとて、お忍びで街歩きぐらいはした。ものすごい護衛の人数となってしまいお忍びではなくなってしまっていたが。
『外に出たら美味しいものを食べて、たくさん色々なことをしましょう!』
話をしている間もセイリスはてきぱきとドレスの品定めをしていて、
『ティティリーヌ。この婦人サイズのショートマントは、ちょうどティティリーヌのロングマントとなりませんか? フードがついているので顔を隠せますし、布地も上質です。デザインも花の刺繍が入っていて可愛いですね。こっちの青いマントはリュリュミーゼに似合いそうです』
とティティリーヌとリュリュミーゼの服を選ぶ。王子として贅沢な環境で育ったセイリスは審美眼が鋭い。
『隠し部屋は、ほぼ回収しましたから明日には外に出ましょう。リュリュミーゼ、身体から離れますよ』
淡い光とともにリュリュミーゼが10歳の身体に戻った。
「リュリュミーゼ」
「ティティリーヌ」
愛らしく無垢な容姿の双子が抱きあってお互いの体温を確めあう。母もなく、冷遇される侯爵家は寂しくて辛くて、お互いを愛して愛されることで寂しさに耐えてきたのだ。
「リュリュミーゼ、明日は外に出る、て」
「ティティリーヌ、外よ、私たち外に行くのよ」
『ティティリーヌとリュリュミーゼ。外では名前を呼んではいけませんよ。それと憑依後のわたしに対しては、そうですね、お姉様と呼んで下さい』
セイリスが触れることのできない手で双子の頭を撫でる。あたたかい。感触も体温もないはずのセイリスの手は、ティティリーヌとリュリュミーゼに春の木漏れ日のような暖かさを与えた。
「「お姉様?」」
『わたしたちは姉妹の設定にしましょう。なるべくフードを被ってティティリーヌとリュリュミーゼは顔を見られないように。捜索の目が厳しいでしょうから王都では慎重に行動をしないと』
「「はい、セイリス様。え、と、お姉様」」
『ふふふ、まさか幽霊になってお姉様と呼ばれる日がくるなんて思ったこともありませんでしたが、安全のためです。練習もかねて、お姉様と今後呼んで下さいね』
本当はお父様と呼んで欲しかった、と心密かに思ったセイリスであった。
その夜、ふたりでくるまる毛布の中でティティリーヌとリュリュミーゼは眠ったふりをして、こっそり会話をした。
「私たち、ずるいよね……。セイリス様の好意に甘えて」
「いつかセイリス様に恩返し、できたら……」
「うん。恩返し、しようよ」
「私たち、頑張ろうね。まずは、うーんといい子になってセイリス様に迷惑をかけないようになろうね」
「祝福もいっぱい訓練しようね。たくさんたくさん鍛練して上達すれば、セイリス様のお役に立つかもしれないもの」
翌朝。
夜の匂いがまだ色濃く残る、朝霧の王都をフードを深く被ったふたり連れが歩いていた。
母娘か姉妹か。
警備兵が巡回する富裕街なので治安は悪くない街なのだが、ふたりは異質だった。
姿に気品があったのだ。
歩き方や振る舞いが典雅で、身に着けているマントも明らかに高級品だった。
早朝の富裕街で動く者は使用人が大多数である。商人や警備兵などもいるが、馬車に乗ってもいない貴族の姿は珍しい。
夜間に冷やされ地表付近に沈んでいた空気中の水蒸気が夜明けの太陽光に暖められて発生していた朝霧だったが、気温の上昇とともに解消され、太陽が赤いガーベラのように赤々と輝く頃。ふたりは王都一番の宿の前に立っていた。
格式の高い宿にふさわしく剣を腰に帯びた堂々たる体躯の門番は、とまどった視線をふたりに向けた。
馬車にも乗らず使用人もいない。しかし、物腰に品がありマントも上質。宿泊客か否か、と。
その時、年上の娘がマントのフードをおろした。
真正面から見てしまった門番の男は立ったまま気絶しかけたが、海千山千の門番経験の矜持から何とか踏ん張った。が、眩暈にくらくらと足がふらついてしまった。
まさに神々しいほどの美しさであった。
読んで下さりありがとうございました。